東海道の要衝に築かれた関家の平山城
伊勢亀山城いせかめやまじょう
場所 三重県亀山市本丸町570(付近)
旧国郡名 伊勢国 鈴鹿郡
別名 亀山城、粉蝶城
種別 平山城
築城時期 1265年(文永6年)
築城背景 伊勢関氏の始祖、関実忠が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 関家、岡本宗憲、関一政、松平家、三宅家、本多家、石川家、板倉家
天守 あり(詳細不明・非現存)
主な遺構 多聞櫓、石垣、堀、土塁
主な再建物 模擬塀
交通 JR関西本線 亀山駅 徒歩約10分
駐車場 亀山神社の無料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜徒歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

高石垣の上の本丸多聞櫓

本丸の高石垣

本丸多聞櫓

大久保神官家の棟門
構成 伊勢国中部、東海道の通る亀山にある若山に築かれた平山城。

主郭は南側を高石垣で固めた断崖上にあり、南東に向かう段下に二の丸、東三の丸を続けて配した梯郭式の縄張りで、本丸の北西には西出丸を隣接させ、さらにこれら主郭の西側には広い西の丸を配した。

その周囲は水堀で囲み、二の丸の南側部分は広い池となっていた。

この縄張りは江戸時代、寛永年間に完成し、本丸には詳細は不明だが天守もあげられ、亀山藩の政庁であり、将軍家が宿泊にも使用した本丸御殿が、二の丸には藩主の居館であった二の丸御殿が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸は亀山公園や亀山神社となっており、高石垣や多門櫓が残されている。

二の丸は小学校などとなっているが、二の丸帯曲輪が復元されている。

堀はほとんど埋め立てられているが、二の丸の南側の「池の側」はほぼ残っている。
略歴
1265年 関実忠が築城
(中略)
1573年 城主、関盛信、織田信長に攻められ開城
1590年 岡本宗憲が城主となり、城を大改修(2万2千石)
1600年 城主、岡本宗憲、関ヶ原の戦で西軍についたため、戦後自害
関ヶ原の戦で東軍についた関一政が、旧領を得て城主に(3万石)
1610年 関一政が伯耆国黒坂藩へ加増の上、転封(5万石)
松平忠明が城主に(5万石)
(後略)