小牧・長久手で秀吉が本陣を置いた
犬山城いぬやまじょう
場所 愛知県犬山市大字犬山北古券65
旧国郡名 尾張国 丹羽郡
別名 白帝城
種別 平山城
築城時期 1469年(文明元年)
築城背景 尾張国守護代家の一族、織田広近が、守護斯波義敏の命を受け築城し居城とした。
名城 国宝5城  日本100名城  私の500名城  現存12天守
主な城主 織田広近、織田信康、池田恒興、石川光吉、平岩親吉成瀬正成
天守 望楼型3重4階地下2階(現存)
主な遺構 天守、石垣、土塁
主な再建物  
交通 名鉄犬山線 犬山遊園駅 徒歩約10分
駐車場 犬山神社横の有料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜徒歩2分〜登城口〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

国宝に指定されている現存天守

天守の真下を流れる木曽川

天守から見下ろす本丸の鉄門
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構成 尾張国美濃国の国境を流れる木曽川を眼下に見下ろす断崖に築かれた平山城。

木曽川に一番近い場所の本丸の北西隅には、3重4階の唐破風天守を置き、本丸の南側には二の丸に相当する杉の丸、桐の丸、樅の丸が配され、その南には三の丸に相当する松の丸が広がっていた。

城の東を流れる、木曽川の支流、郷瀬川も、天然の堀として城の防御力に一役買っていた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 地震や台風による被害を受け、幾度かの修理を経ながらも、天守、城門、櫓などは戦国時代から残っている。
国宝4城(松本城彦根城姫路城、犬山城)の中で最も古い城。
天守からは、小牧・長久手の戦の際徳川家康が本陣を置いた小牧山が望める。
略歴
1469年 織田広近が築城し、それまでの小口城から移り居城に
(中略)
1537年 織田信長の叔父、織田信康が居城とし、岩倉織田家の後見に
1547年 織田信康の戦死により、子の織田信清が城主に
1570年 池田恒興が城主に
1581年 織田信長の五男、織田信房が城主に
1582年 本能寺の変後は、尾張国主となった織田信雄の属城に
1584年 小牧・長久手の戦で、秀吉方の池田恒興が攻略、2万の軍勢を率いた羽柴(豊臣)秀吉が入城し本陣を置く
1595年 石川光吉が城主に
1600年 関ヶ原の戦で石川光吉は西軍についたため、東軍に攻略される
1607年 平岩親吉が城主に
1610年 平岩親吉死没
1617年 跡継ぎのないまま平岩親吉が死没したことからお家断絶となり、替わって尾張徳川藩の付家老となっていた成瀬正成が城主に
(後略)