北遠江の有力領主、天野家の山城
犬居城いぬいじょう
場所 静岡県浜松市天竜区春野町堀之内20付近(登城口)
旧国郡名 遠江国 周智郡
別名  
種別 山城
築城時期 不詳(鎌倉時代)
築城背景 承久の乱後、周智郡山香荘の地頭となった天野家が、居城とすべく築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 天野家
天守 なし
主な遺構 堀、土塁、土橋
主な再建物 天守風展望台
交通  
駐車場 春野高校の東側にある登山道入り口そばの駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜登る20分〜本曲輪
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登20分

天守風の展望台

本曲輪の虎口

城跡から見下ろす堀之内地区と気田川
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構成 遠江国北部の山間部、蛇行する気田川(天竜川の支流)を南に見下ろす、標高250mの行者山に築かれた山城。

城域は東西600m、南北650mの規模。

山頂に物見曲輪を置き、東へ向かう尾根を平削した本曲輪、二の曲輪、東曲輪などを並べた連郭式の縄張り。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡となっており、麓から20分ほど登るが、登山道は東海自然歩道の一部にもなっている。

土塁や堀などの遺構が残るほか、物見曲輪には天守風の展望台が建てられている。
略歴
1310年頃 周智郡山香荘の地頭、天野家(天野経顕?)が築城
(中略)
1340年頃 南北朝時代、天野家は南朝方、北朝方に分かれて対立
(中略)
1540年頃 天野家、この頃、今川家に属す
1547年 城主天野景泰、今川義元に従軍した三河国で戦功をたてる
1560年 桶狭間の戦で、主家の今川義元が討ち死に
1563年 天野景泰、元景父子が今川家から離反したことをきっかけに、天野藤秀が城主に
1568年 武田信玄が今川家の本拠、駿府に攻め入る(駿府攻め
1570年頃 武田信玄に属す
1572年 武田信玄が3万の大軍による上洛戦を開始
三方ヶ原の戦
1573年 武田信玄死没
1574年 武田勝頼高天神城を奪う。(高天神城の戦(第一次)
1575年 長篠の戦で、武田勝頼織田信長徳川家康連合軍に大敗
1576年 徳川家康に攻められ、城主、天野景貫が退城し、廃城