下総に君臨した千葉家の本拠
亥鼻城いのはなじょう
場所 千葉県千葉市中央区亥鼻町1
旧国郡名 下総国 千葉郡
別名 千葉城、猪鼻城
種別 平山城
築城時期 1126年(大治元年)
築城背景 千葉家の初代当主、千葉常重が大椎城に替わる居城として築城
名城 私の500名城
主な城主 千葉家
天守 なし
主な遺構 土塁、堀切
主な再建物 模擬天守
交通 タウンライナー 県庁前駅 徒歩約8分
駐車場 亥鼻公園周辺の有料駐車場
徒歩・登山 亥鼻公園西側の駐車場〜登3分〜天守
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

三の丸跡に建つ模擬天守

千葉介常胤の像

模擬天守から望む千葉市街
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構成 下総国の南端、上総国との国境近く、神明川のにある小丘、亥鼻山に築かれた平山城。

神明川のそばの崖上に本丸を置き、二の丸、三の丸を連続させた連郭式の縄張り。

ふたつの外郭が主郭部から東方に広げられ、最東端には矢作砦が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は亥鼻公園となっており、本丸は神明神社のある部分、模擬天守の建つ部分が三の丸、その間が二の丸跡である。模擬天守の内部は市立郷土博物館。

千葉大学医学部がある矢作トンネルの西側一帯が外郭で、テニスコートや運動場のある部分は外郭を東西に分ける広い堀切であった。
矢作砦は、浄水場などとなっている。
略歴
1126年 千葉常重が築城。
(中略)
1180年 千葉常重、死没。千葉常胤が城主に。
(中略)
1455年 幼少の城主、千葉胤宣が、家臣の原胤房に攻められ死亡。
これにより千葉宗家の嫡流が途絶える。
出家していた馬加康胤が入城。(推定)
1457年 将軍、足利義政の命を受けた東常緑に攻められ、馬加康胤が逃亡。
これにより廃城。