摺上原の戦の舞台となった会津若松城の支城
猪苗代城いなわしろじょう
場所 福島県耶麻郡猪苗代町古城跡
旧国郡名 陸奥国岩代 耶麻郡
別名 亀ヶ城
種別 平山城
築城時期 1191年(建久2年)
築城背景 会津四郡を拝領した佐原義連の孫、佐原経連が築城し、猪苗代氏を名乗った
名城 私の500名城
主な城主 猪苗代家、蒲生家、上杉家、加藤家、保科家
天守 なし
主な遺構 石垣、空堀
主な再建物  
交通 JR磐越西線 猪苗代駅 徒歩約25分
駐車場 本丸下、大手口の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜3分登る〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

本丸下の石垣

虎口

本丸から望む磐梯山

本丸から見下ろす帯郭と
野口英世出身の猪苗代小学校
構成 陸奥国岩代のほぼ中央にある猪苗代湖の北、磐梯山の山襞が一部、平野部に突出した丘に築かれた平山城。

山頂部の本丸を中心に、周囲に帯曲輪を廻らせ、東の麓に大手口と二の丸、さらにその東側に三の丸が広がっていた。

城の北の丘陵には猪苗代盛国の隠居、鶴峯城があり、摺上原の戦で蘆名家敗戦のきっかけとなった猪苗代家の寝返りに重要な役割を果たした。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は亀ヶ城公園となっており、本丸や大手口などの石垣、空堀などが遺構として残っている。
略歴
1191年 佐原経連が築城し、猪苗代氏を名乗る。
(中略)
1536年 猪苗代盛国誕生。
1585年 猪苗代盛国、嫡男の猪苗代盛胤に家督を譲り、すぐそばの鶴峯城に隠居。
1589年 摺上原の戦の直前、猪苗代盛国は猪苗代城を占領し盛胤を追放、伊達政宗に味方し勝利を呼び込む。蘆名家は滅亡。
伊達政宗、猪苗代城の本城、黒川城(会津若松城)を居城とする。
1590年 奥州仕置
伊達政宗陸奥国陸前玉造郡など58万石へ減封の上転封となると、猪苗代盛国も岩井郡東山へ転じる。
1591年 会津を拝領し、黒川城(会津若松城)主となった蒲生氏郷の支配下となり、家臣の町野左近が城代に。
1595年 蒲生氏郷、死没。
1598年 越後国から転封になった上杉景勝の支配下に。
1600年 関ヶ原の戦で、上杉景勝が味方した西軍が敗北。
1601年 米沢30万石に減封となった上杉景勝に替わり会津を拝領した蒲生秀行の支配下に。
1627年 蒲生家に替わり会津を拝領した加藤嘉明の支配下に。
(後略)