稲村の変の舞台、里見家初期の城
稲村城いなむらじょう
場所 千葉県館山市稲595付近
旧国郡名 安房国 安房郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1486年(文明18年)
築城背景 里見義実が築城し居城とした
名城 私の500名城
主な城主 里見義実、里美成義(実在せず?)、里見義通、里見義豊
天守 なし
主な遺構 堀切、土塁、切岸
主な再建物  
交通 JR内房線 九重駅 徒歩約15分
駐車場 なし
徒歩・登山 九重駅〜徒歩11分〜登城口〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

稲村城

本丸南側の堀切

本丸(奥に土塁)

本丸から館山湾方面を望む
構成 房総半島の南部(安房国南西部)の館山湾から2里(8km)ほど東の、標高64mの小山に築かれた平山城。

頂上部の本丸の西と東に高さ3mほどの土塁を掻揚げ、南と北は丘陵の側面を削り落として切岸として防備した。

本丸以外にもいくつかの曲輪が置かれたが、本丸が突出して広い。

本丸南側の尾根に正木様と呼ばれる祠があり、稲村の変で誅された正木通綱を初めとした正木家の先祖が祀られている。
縄張図
または
現地
案内図

(航空写真)
現状 国の史跡に指定された城跡として整備されているが、主郭周辺以外は畑地などとなっている。

本丸の土塁や堀切、切岸などが遺構として残っており、本丸からの眺望は良い。

登城口は城域東側の民家の間にあり、ややわかりにくい。
略歴
1486年 里見義実が築城
(中略)
1518年 里見義通が危篤、子の里見義豊が家督を相続し城主に
1533年 上総国侵出を狙う北条氏綱が、義豊の叔父、里見実堯やその側近の正木通綱に接近、それを知った義豊らは、事前に危機を回避するために里見実堯と正木通綱を城へ呼び出し誅殺(稲村の変)
1534年 その後実堯の子、里見義堯の反撃を受けた里見義豊は真里谷城の真里谷信清の元へ逃れる
里見義豊、犬掛の戦で里見義堯に敗北し、稲村城に戻り自害
廃城