下伊那の要衝として信玄が利用した
飯田城いいだじょう
場所 長野県飯田市追手町2
旧国郡名 信濃国 伊那郡
別名 長姫城
種別 平山城
築城時期 1200年頃
築城背景 信濃守護、小笠原一族、坂西長由が、居城とすべく築城したと推定。
名城  
主な城主 坂西家、秋山信友、毛利秀頼、京極高知、小笠原秀政、脇坂安元、脇坂安政、堀家
天守 なし
主な遺構 土塁、石垣、城門(移築)
主な再建物  
交通 JR飯田線 鼎駅 徒歩約18分
駐車場 飯田市内の有料駐車場
徒歩・登山 飯田駅〜徒歩20分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
駅20分

移築された赤門(桜丸の門)

飯田城跡
構成 信濃国南部、天竜川の支流である松川と谷川に挟まれた河岸段丘を利用して築城された平山城。

段丘の先端の崖上の山伏丸から、本丸、二の丸、桜丸、三の丸と並べた連郭式の縄張りで、本丸御殿のほか7棟の建物から構成された。
縄張図
または
現地
案内図
noimage
現状 本丸は長姫神社のあった場所で、二の丸は市立美術館、桜丸は合同庁舎などとなっている。

赤門と呼ばれた桜丸の城門が残っているが、明治になってから一時、郡役場の正門として利用されていたものを再び移築してきたもの。

また、市内の経蔵寺や松尾久井の民家にも移築門が現存する。
略歴
1200年頃 坂西家が築城
(中略)
1545年 武田信玄、上伊那を攻略
その後、下伊那も攻略され、飯田城は武田家の支配下に
1570年 伊那郡代、秋山信友により改修を受ける
1573年 武田信玄死没
1582年 織田信長の武田攻め(天目山の戦)が始まり、城将の保科正直は織田信忠に攻められ開城
戦後、伊那郡を与えられ高遠城主となった毛利秀頼の支配下に
本能寺の変が起こると、毛利秀頼は尾張国へ逃亡
1593年 京極高知が城主に。(6万石)
1600年 関ヶ原の戦後、京極高知丹後国12万3千石へ加増の上転封される
1601年 小笠原秀政が城主に。(5万石)(初代飯田藩主)
(後略)