南常陸支配のための佐竹家の城
堀之内大台城ほりのうちおおだいじょう
場所 茨城県潮来市堀之内1009付近
旧国郡名 常陸国 鹿島郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1594年(文禄3年)
築城背景 謀略により小領主33人(南方三十三館)を滅ぼした佐竹義宣が、常陸南部支配のために築城
名城  
主な城主 小貫頼久(佐竹家の城代)
天守 なし(天守替わりの三重櫓)
主な遺構 なし
主な再建物
交通 JR鹿島線 潮来駅 約4.7km
駐車場 なし
徒歩・登山  
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
× × × 歩1分

城跡

城址碑の建つ牛堀中学校 

説明碑
noimage
構成 常陸国南端、霞ヶ浦を西に臨む行方台地の先端に築かれた広大な平山城で、大坂城や聚楽第を参考に築城された。

丘の東南に一曲輪を置き、北西へ向かって二曲輪、三曲輪を並べて配した連郭式の縄張りで、少し離れた丘には出城を置いた。

曲輪間は堀切で隔て木橋を架けていたが、一曲輪と二曲輪の間の堀切には廊下橋が架けられていた。

関東には珍しく、曲輪の周囲を空堀ではなく二重の犬走や切岸で囲んだ。

一曲輪には、枯山水庭を持つ主殿や三重櫓が建てられた。

城の東南、すぐそばに、佐竹家が滅ぼした島崎家の島崎城がある。
縄張図
または
現地
案内図
noimege
現状 牛堀中学校が建てられており、遺構は残されていない。
中学校の門の横に城址碑と説明碑がある。
略歴
1594年 佐竹義宣が南常陸支配の拠点とすべく築城し、小貫頼久を城代に据える
1596年 佐竹義宣常陸国54万石の大大名に
1600年 関ヶ原の戦
1586年 佐竹義宣出羽国羽後秋田18万石に転封。これにより廃城