弘前城へ移る以前の津軽家の居城
堀越城ほりこしじょう
場所 青森県弘前市堀越柏田35付近
旧国郡名 陸奥国陸奥 津軽郡
別名  
種別 平城
築城時期 1336年(建武3年)
築城背景 南北朝時代、平賀郡の地頭、曽我一族、曽我貞光が築城
名城 私の500名城
主な城主 曽我家、津軽為信
天守 なし
主な遺構 土塁、堀、空堀
主な再建物  
交通 JR奥羽本線 新里駅 徒歩約30分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

3重3階天守(現存)

本丸の石垣

本丸から望む岩木山

本丸の石垣と内堀 
構成 陸奥国陸奥、津軽平野南部の平地、平川の支流、前川の北側に築かれた平城。

城域は東西、南北ともに約400mの規模で、内堀に囲まれた本丸、西から北を囲むように二の丸、東に広がる三の丸、北側の北曲輪(仮称)、二の丸の外側の小丸などが配され、水堀や空堀で隔て、南側は広い外構となっており、城の西には羽州街道が南北に通っていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国の史跡となっており、史跡公園(完成は2020年)として整備されている。

城内を斜めに国道7号線が貫いているが、本丸と二の丸、三の丸の一部が城跡となっており、土塁や水堀、空堀などの見ごたえは充分。

本丸には熊野神社がある。

北の曲輪の西側は大きな駐車場となっている。
略歴
1336年 曽我貞光が築城
(中略)
1594年 津軽為信が、それまでの大浦城に替わる居城に
1600年 関ヶ原の戦の際、津軽為信は東軍について出陣するが留守中、家臣により城を乗っ取られる
1603年 津軽為信、新たな居城とすべく弘前城の築城を開始
1607年 津軽為信の嫡男、津軽信建が病没
1608年 津軽為信が死没
  津軽騒動(後継ぎ争い)
1609年 津軽信牧の家督が認められる(第二代藩主)
1611年 弘前城が完成し、居城を移す
1615年 一国一城令により廃城