関東入りできなかった堀越公方の屋敷跡
堀越御所ほりごえごしょ
場所 静岡県伊豆の国市寺家932付近
旧国郡名 伊豆国 田方郡
別名  
種別 平城
築城時期 1458年(長禄2年)
築城背景 室町幕府に反抗し、下総国の古河を拠点としていた古河公方(元の鎌倉公方家)に対し、幕府が新たな鎌倉公方として足利政知を派遣したが、反対勢力のひしめく関東に入れず、伊豆国堀越に留まり、当地に居館を建てた。
古河公方に対して堀越公方と呼ばれた)
名城  
主な城主 足利政知、足利茶々丸
天守 なし
主な遺構 なし
主な再建物  
交通 伊豆箱根鉄道 駿豆線 韮山駅 徒歩約12分
駐車場 周辺にはなし
徒歩・登山 韮山駅〜徒歩12分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
× 徒歩12分

伝、堀越御所跡

現地にある案内板
構成 伊豆半島の根元、狩野川のそばの平地に築かれた平館。

鎌倉時代執権となった北条家の居館跡で、西には狩野川が流れ、南には小高い守山があった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国の史跡となっており、堀越御所跡として保存されている。

これまで発掘調査が繰り返し行われ、庭園の池跡や中国から輸入された高級焼き物などの遺物が発見されている。
略歴
1458年 鎌倉公方として京都から派遣された足利政知が、公方館として建築
1491年 足利政知、病死
二男、足利潤童子が後継者に指名される
これを不服とした潤童子の異母兄で長男の足利茶々丸が、潤童子とその母親を殺害し、第二代堀越公方を名乗る。(豆州騒動)
1493年 駿河国興国寺城主の伊勢新九郎(北条早雲)によって急襲され、足利茶々丸が降伏。(伊豆討入り
北条早雲、半里ほど東に韮山城を築城