能代平野東側の檜山安東家の本城
檜山城ひやまじょう
場所 秋田県能代市檜山霧山下3付近(登城口)
旧国郡名 出羽国羽後 檜原郡
別名 霧山城、堀内城
種別 山城
築城時期 1460年頃(長禄4年)
築城背景 河北の領主、葛西秀清を滅ぼした安東政季が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 安東政季、安東忠季、安東尋季、安東舜季、安東愛季
天守 なし
主な遺構 空堀、土塁、土橋
主な再建物  
交通 JR奥羽本線 東能代駅 約6.8㎞
駐車場 城内の駐車スペース
徒歩・登山 駐車場~歩3分~本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

本丸

本丸(先端の土塁から)

二の丸

曲輪
構成 能代平野の南東、檜山集落の東にある、標高145mの将軍山と2本の尾根を利用して築かれた、蝦夷館式馬蹄形の山城。

本丸は山頂から西へ下る尾根を平削して作られ、二の丸、三の丸を段下に設けた。

将軍山の山頂は物見の曲輪と推定され、そこから北へ向かい、途中で西へ屈折する尾根にもいくつかの曲輪が階段状に配された。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国の史跡として整備されており、主郭周辺には土橋や土塁などの遺構が残る。

本丸のそばまで車で登ることが可能で、将軍山まではハイキングコースにもなっており、堀切や枡形虎口などが残っている。

西麓の多宝院は、安東家の居館跡と推定されている。
略歴
1460年頃 河北の領主、葛西秀清を滅ぼした安東師季(政季)が居城とすべく築城
1488年 安東師季(政季)、家臣の謀反にあい自害
  安東忠季が城主に
1511年 安東忠季が死没、安東尋季が城主に
1547年 安東尋季が死没、安東舜季が城主に
1533年 安東舜季が死没、安東愛季が城主に
1572年 湊騒動が起こると、安東愛季は150日の籠城に耐えた末、反撃に出て豊島家ら敵対勢力い勝利、秋田郡を平定
1577年 安東愛季、男鹿半島の脇本城に居城を移す
  これにより、嫡男の安東業季が城主に
(後略)