中国の覇者毛利家が本拠とした平城
広島城ひろしまじょう
場所 広島県広島市中区基町21
旧国郡名 安芸国 佐東郡
別名 鯉城
種別 平城
築城時期 1589年(天正17年)
築城背景 毛利輝元が、吉田郡山城に替わる居城として築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 毛利輝元福島正則、浅野長晟
天守 5重5階大天守、3重の小天守の連立式(非現存)
主な遺構 堀、石垣
主な再建物 天守、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓、表御門
交通 JR山陽本線など 広島駅 徒歩約20分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 広島電鉄 縮景園前駅〜徒歩7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩7分

広島城大天守(再建)

二の丸表御門(再建)

天守から見下ろす堀と広島市街
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構成 太田川の作る三角州に築かれた平城。

5重5階の大天守と2基の小天守を渡り櫓で繋いだ連立式天守のある本丸と、その南側の二の丸からなる主郭部を内堀が囲み、その外部に三の丸が広がり中堀で囲み、さらにその外側は太田川の支流も利用した長い外堀で市街地を囲んだ惣構えであった。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 主郭部には昭和33年に再建された大天守のほか、二の丸平櫓、多聞櫓、太鼓櫓などが再建されている。
三の丸や外郭は市街化されており、城域の南西端は広島球場(旧)付近、南東端は八丁堀付近、北東端は常葉橋のほとり。
略歴
1589年 毛利輝元が築城。
1591年 毛利輝元が入城。
1600年 関ヶ原の戦で、毛利輝元は西軍総大将だったことから、毛利家は大幅減封。(周防国長門国29万石へ)
東軍につき戦功のあげ、安芸国を拝領した福島正則が入城。
1619年 洪水による被害を受け修築が行われたが、これが幕府への無届であったことから福島家は信濃国川中島4万5千石に減封。
替わって浅野長晟(浅野長政の子)が広島藩主となり、入城。
(後略)