津軽平野に築かれた津軽家の名城
弘前城ひろさきじょう
場所 青森県弘前市下白銀町
旧国郡名 陸奥国陸奥 津軽郡
別名 鷹岡城、高岡城
種別 平山城
築城時期 1611年(慶長16年)
築城背景 陸奥国陸奥津軽為信が、それまでの居城、堀越城が軍事不向きとして新たに築城を開始し、子の津軽信牧が完成
名城 日本100名城  私の500名城  現存12天守
主な城主 津軽為信、津軽信牧
天守 5重5階天守(非現存)、3重3階天守(現存)
主な遺構 天守、櫓、門
主な再建物 番所
交通 JR奥羽本線 弘前駅 徒歩約25分
駐車場 城域周辺の有料駐車場
徒歩・登山 城北側の駐車場〜徒歩5分〜天守
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩7分

3重3階天守(現存)

本丸の石垣

本丸から望む岩木山

本丸の石垣と内堀 
構成 陸奥国陸奥、津軽平野南部の平地、岩城河畔の小高い丘陵に築かれた平山城。

5重5階天守(消失後は3重3階)をあげた本丸を中心に、内堀を隔てた周囲に二の丸、北の郭、三の丸、西の郭などを廻らせた輪郭式の縄張り。
本丸だけには石垣が使われた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 1811年(文化8年)に再建された3重3階天守が現存しているほか、二の丸には辰巳櫓、未申櫓、丑寅櫓の3基の櫓も残っている。

また、三の丸の追手門、東門、二の丸の南門、東門、北の郭の亀甲門も遺構である。

二の丸には番所も移築されている。

内堀、中堀、蓮池、西堀などの水堀も残っており、城域全体は桜の名所として名高い。
略歴
1603年 関ヶ原の戦後、所領を安堵された津軽為信が、それまでの居城、堀越城が軍事に不向きとして新たに築城を開始
1607年 津軽為信、死没
1609年 2代藩主となった津軽信牧が築城を再開
1611年 完成
1627年 5重5階天守を消失
(中略)
1810年 9代藩主、津軽寧親が3重3階天守(御三階櫓)を再建
(後略)