大老職にまで登った井伊氏35万石の居城
彦根城ひこねじょう
場所 滋賀県彦根市金亀町
旧国郡名 近江国 犬上郡
別名 金亀城
種別 平山城
築城時期 1622年(元和8年)
築城背景 近江国佐和山城主の井伊直政が、逆賊石田三成の居城だったことを嫌って、別の地に築城を決意、当地が選ばれた。
井伊直政は築城開始前に死没するので、跡を継いだ井伊直継が築城者となる。
名城 国宝5城  日本100名城  私の500名城  現存12天守
主な城主 井伊直継、井伊直弼
天守 複合式望楼型 3重3階地下1階(現存)
天守に付櫓が付属(現存)
主な遺構 天守、櫓、門、馬屋、石垣、土塁、堀
主な再建物 御殿
交通 JR琵琶湖線 彦根駅 徒歩約10分
駐車場 博物館東側の有料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

3重3階天守(現存)

天秤櫓と廊下橋

隣接する玄宮園(大名庭園)から
望む天守

天守(拡大) 
構成 琵琶湖と中山道にはさまれた小山、彦根山に築かれた連郭式平山城。

山頂部に本丸を置き、国宝に指定されている3重3階の天守や本丸の入り口の太鼓門櫓を置いた。天守は大津城の天守を移築したと言われている。
本丸の南側には二の丸にあたる鐘の丸を配し、本丸と鐘の丸の間には、長浜城の大手門を移築したと言われている天秤櫓を置いた。
本丸の北西部は西の丸で、3重の櫓が築かれた。
さらにその北には、腰曲輪や山崎曲輪が配された。

これら主郭の周囲には内堀がめぐり、大手門は南西の内堀内に開かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国宝4城のひとつだけにしっかりと整備されている。
3重3階天守、太鼓門櫓、天秤櫓などが当時から現存する遺構で、周囲は市街地となってはいるものの内堀、外堀も残されている。

表御殿が再建され、彦根城博物館となっている。
略歴
1602年 近江国佐和山城主となった井伊直政が、別の地に築城を決意
(18万石)(初代彦根藩主)
井伊直政関ヶ原の戦の際に受けた傷が元で死没
幼少の井伊直継が城主に
1603年 彦根城を築城開始
1615年 井伊直継、病弱のため大坂の陣に参陣できず、上野国安中(3万石)に分知の上移封
1615年 弟の井伊直孝が家督を相続し、正式な2代藩主に。(15万石)
1622年 完成
(後略)