隅を欠いた鬼門櫓が残る木下家の居城
日出城ひじじょう
場所 大分県速見郡日出町2606付近
旧国郡名 豊後国 速見郡
別名 暘谷城(ようこく)、青柳城
種別 平城
築城時期 1602年(慶長7年)
築城背景 日出藩の初代藩主、木下延俊が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 木下延俊、木下俊治、木下俊長、
天守 複合式層塔型3重3階天守(非現存)
主な遺構 天守台、石垣、堀、移築櫓、移築門、移築藩校
主な再建物  
交通 JR日豊本線 暘谷駅 徒歩約7分
駐車場 歴史資料館の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

北東隅を欠いた鬼門櫓(移築・復元)

本丸西の堀

裏門櫓(移築・復元)と移築門

本丸東側の石垣と犬走

天守台の石垣(右上)

目の前の別府湾(正面は高崎山城)
構成 豊後国東部、かんたん湾(現、別府湾)が南に広がる日出に築かれた平城。

縄張りは義兄の細川忠興が行い、石垣は忠興の家臣、穴生理右衛門の指揮で穴太積みで積まれた。

広大な本丸には、海に面した東南隅に複合式層塔型3重3階天守があげられたほか、鬼門である北東隅には建物の北東隅をあえて欠いた2重櫓(鬼門櫓)や、南西隅の望海櫓、そのほか3基、計6基の櫓があげられた。

本丸の北には、堀を隔てて二の丸と三の丸が広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸は日出小学校となっているが、天守台をはじめとする周囲の石垣は綺麗に残されている。
天守は現存していない。

二の丸の周囲の堀は埋め立てられているが、本丸の堀は水こそないもの、一部を除き現存している。

鬼門櫓と裏門櫓、二の丸に移築・復元されている。

また鬼門櫓の西に藩校の到道館が移築されており、こちらも見学可能。
略歴
1602年 日出3万石に転封された木下延俊が築城
1614年 木下延俊大坂冬の陣に参陣
1615年 木下延俊大坂夏の陣に参陣
1626年 木下延俊、御水尾天皇の行幸に参列
1637年 木下延俊、島原の乱の平定戦に参陣
1642年 木下延俊、江戸にて死没
  (後略)