今川氏の内紛、花倉の乱の舞台
花倉城はなくらじょう(はなぐらじょう)
場所 静岡県藤枝市花倉909(登城口)
旧国郡名 駿河国 志太郡
別名 葉梨城、花蔵城
種別 山城
築城時期 1353年頃(文和2年頃)
築城背景 駿河国守護、今川範国の子、今川範氏が花倉の居館の詰の城として築城
名城 私の500名城
主な城主 今川範氏、今川氏家、今川泰範、今川範政、今川範忠
天守 なし
主な遺構 堀切、土塁、土橋
主な再建物  
交通 JR東海道線 藤枝駅 約12km
駐車場 東側の尾根の途中の無料駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜徒歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

花倉城の遠景

空堀

二の丸(堀切の向こうが本丸)

本丸から駿河灘方面を望む
構成 駿河国南西部、志太郡の平野を南に見下ろす標高297mの城山に築かれた山城。

南北に長い山頂部の北側に本丸を、堀切を隔てた南側に二の丸を置き、それぞれを土塁を囲んだ。

それら主郭から南へ向かう尾根と東に向かう尾根は、複数の堀切で防御を固めた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡となっており、車の場合は東側の尾根にある駐車スペースから2つの土橋を渡りなが主郭へ約5分ほど歩く。

本丸は樹木が林立しているが、二の丸は比較的整備されており、空堀、土塁などが遺構として残っている。
略歴
1353年頃 今川範氏が花倉の居館の詰の城として築城
1365年 城主、今川範氏が死没。子の今川泰範が家督を相続し城主に
1409年 城主、今川泰範が死没。子の今川範政が家督を相続し城主に
1411年 城主、今川範政、本拠を駿府に移す。これにて廃城
1460年 城主、今川範忠、子の今川義忠に家督を相続
(中略)
1536年 今川氏輝の死後、ふたりの弟、玄広恵探と承芳(今川義元)の家督争い(花倉の乱)が起こり、玄広恵探と福島正成が花倉城に籠城するが、承芳方の岡部親綱が花倉城を攻略