摂津を任された荒木村重が築城
花隈城はなくまじょう
場所 兵庫県神戸市中央区花隈町1
旧国郡名 摂津国 八部郡
別名 花熊城
種別 平山城
築城時期 1568年(永禄11年)
築城背景 織田信長が上洛した際、いち早く臣下についた池田勝正の家臣、荒木村重により築城された。
ただし、1572年(天正2年)または1574年(天正4年)築城説もあり。
名城  
主な城主 荒木村重、荒木元清
天守 存在したと推定される
主な遺構 なし
主な再建物 模擬石垣
交通 JR東海道線 花隈駅 徒歩3分
駐車場 城跡下の有料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜登る1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
× 登1分

花隈城の模擬石垣

花隈城の模擬石垣

模擬天守台
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構成 摂津国の南西部、国内一の貿易港である兵庫津のやや北側の台地を利用して築かれた平山城。

内堀に囲まれた本丸から二の丸、三の丸を北に向かって並べた連郭式の縄張りで、本丸には天守が築かれていたと推定される。
これらの主郭の東側に侍町や足軽町、西側に町屋が広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 本丸跡は花隈公園となっており、模擬石垣の内部は駐車場となっている。

花隈公園の西150mほどの福徳寺に「花隈城天守閣址」の碑があり、ここが天守跡と推定される。
略歴
1568年 上洛した織田信長の臣下となった池田勝正の家臣、荒木村重が築城。
1570年 荒木村重、主君で池田城主の池田勝正を追い出し、勝正の弟、池田知正を傀儡として擁立し、池田家の実権を握る。
1573年 荒木村重、上洛途上の織田信長を、逢坂に出迎え臣従。
荒木村重摂津国茨木城主となる。
これにより、従弟の荒木元清を城主に据える。
荒木村重、信長に敵対した足利義昭攻めで貢献。
1574年 荒木村重、池田知正や伊丹親興を攻め降し、摂津国の攻略に成功。
そのまま信長から摂津国一国を拝領
1578年 荒木村重、信長に敵対し有岡城に籠城するが信長勢に包囲される。(有岡城の戦)
1579年 荒木村重、単身で有岡城を抜け出し尼崎城(大物城)に入る。
当主のいなくなった有岡城は混乱し落城。
織田信長有岡城内にいた村重の一族や家臣700名近くを処刑。
1580年 池田輝政、池田元介らに攻められ落城。
荒木村重備後国尾道に毛利家を頼って逃れる
花隈城は廃城に。