江戸時代、浜田川河口そばの丘陵に築かれた
浜田城はまだじょう
場所 島根県浜田市殿町123付近(登城口)
旧国郡名 石見国 那賀郡
別名 亀山城
種別 平山城
築城時期 1620年(元和6年)
築城背景 伊勢国松阪から石見国浜田など5万4千石に転封となった古田重治が居城とすべく築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 古田重治、古田重恒、松平家、本多家など
天守 3重天守(非現存)
主な遺構 石垣、移築門、堀切
主な再建物  
交通 JR山陰本線 浜田駅 徒歩約25分
駐車場 護国神社の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

移築門(津和野藩庁の門)

移築門そばの石垣

三の丸の石垣

本丸から外の浦を見下ろす
構成 石見国中央、松原湾に注ぐ浜田川(当時は石川)の河口そばにある標高68mの鴨山(または神山)を利用して築かれた平山城。

江戸時代の築城だけに石垣がふんだんに使用され、主郭は北西から本丸、二の丸、三の丸を連続して並べ、本丸の西には出丸が配された。

高石垣と塀に囲まれた本丸の北西隅には、3重の独立式天守があげられた。

丘陵の西には浜田川が流れ天然の堀となっており、防備が手薄な東にはヨシ沼を利用した外堀と、その内側には内堀を穿った。

さらに鴨山から山陰道を挟んだ南側には夕日ノ丸が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城山公園となっており、中腹の石見護国神社から5分ほど登ると本丸に着く。

主郭部の石垣が綺麗に残されているほか、津和野藩庁の門(その後、津和野県庁の門、那賀郡役場の門)が移築されている。

ヨシ沼は埋め立てられてしまっており、内堀も断片的に残っているに過ぎない。また夕日ノ丸も市街化されている。
略歴
1620年 古田重治が築城し居城に
1623年 古田重治が隠居し、養子の古田重恒が2代浜田藩主となり城主に
1646年 古田騒動
1648年 古田氏が改易に
1649年 松平康映が藩主に
(後略)