関ヶ原の戦のあとの毛利家の居城
萩城はぎじょう
場所 山口県萩市堀内502付近
旧国郡名 長門国 阿武郡
別名 指月城
種別 平城+山城
築城時期 1604年(慶長9年)
築城背景 周防国長門国の2ヶ国に大減封となった毛利輝元が、居城とすべく、それまでの指月城麓を中心に築城
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 毛利輝元、毛利秀就、毛利綱広
天守 複合式望楼型5重5階天守(非現存)
主な遺構 天守台、石垣、堀、長屋
主な再建物 土塀、土橋
交通 JR山陰本線 玉江駅 徒歩約30分
駐車場 萩史料館の有料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜本丸まで徒歩7分
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩7分

本丸南側の石垣から見た天守台

天守台

内堀

山城(指月山)

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
安政3年(1856年)築
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構成 長門国中央北部、橋本川の河口そばの日本海に面した平地の平城と、標高143mの指月山に築かれた山城(詰丸)から構成される。

平城部は東、南、西側を20間幅の内堀に守られた広大な本丸と、それを南側から取り囲むように配された二の丸が主郭を成し、本丸の南西隅の天守台には、北側に付櫓を備えた5重5階の複合式望楼型天守があげられた。

二の丸には12の櫓があげられ、二の丸の南から東にかけて16間幅の中堀が穿たれ、その南から東一帯に三の丸が広がっていた。

三の丸の南から東にかけて外堀が廻らされた。

指月山山頂の詰丸は、本丸とその西側の二の丸とから成り、ここにも6棟の櫓があがっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 指月公園として整備されており、本丸の天守台や石垣、内堀が遺構として残っている。
二の丸には萩史料館や萩焼資料館などが建てられてはいるものの、石垣が残っている。
三の丸は市街化されている。

詰丸には石垣が残り、土塀が再建されている。
略歴
1604年 関ヶ原の戦後の処分で周防国長門国29万石に大減封された毛利輝元が築城。
1625年 毛利輝元死没。
家督を相続した毛利秀就が城主に。
(後略)