5つの稜堡を持つ西洋式防御施設
五稜郭ごりょうかく
場所 北海道函館市五稜郭町44-3
旧国郡名 蝦夷国 渡島国
別名 亀田御役所土塁、柳野城
種別 平城
築城時期 1866年(慶応2年)
築城背景 江戸幕府の新しい函館奉行所として築城
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主  
天守 なし
主な遺構 堀、石垣、
主な再建物 奉行所 
交通 函館市営交通 五稜郭公園前駅 徒歩約15分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 五稜郭タワー南側の駐車場〜徒歩5分〜奉行所
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

五稜郭タワーから見下ろす五稜郭

馬出塁の別名がある半月堡

上部に刎ね出しを持つ本塁南西石垣

本塁中央の奉行所(再建) 
構成 蝦夷地(蝦夷国)南端、箱館の鍛冶村に築かれた西洋伝来の稜堡式城郭。

それまで箱館山麓にあった奉行所は、箱館山や箱館湾からの攻撃に無防備であることから、新たな奉行所として当地が選ばれた。

城は五芒星型(五角星型)で、外縁部の堡塁は高さ7.5m、基底部30mの規模であった。

それを最大幅30m、総延長1.8kmの水堀で囲み、虎口は北と南西の2ヶ所に開かれ、南西側には三角形の馬出し(半月堡)が配された。

城内中央には奉行所が建てられ、そのほか長屋などの建物が25棟建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国の特別史跡として函館観光のメッカとなっている。

堀、石垣、土塁(堡塁)などの遺構がしっかり残り、明治4年に解体された奉行所も平成10年に復元されている。

また高さ110mの五稜郭タワー(新タワー)の展望台から見下ろす五稜郭の全貌は圧巻で、さらには函館山を函館の町全体が見渡せる。
略歴
1864年 新奉行所が設置され、業務開始
1866年 完成
1867年 大政奉還
1868年 箱館府となり、知事、清水谷公考に引き渡される
旧幕府軍の榎本武揚が鷲ノ木に上陸したことからこれを迎撃するが苦戦
松岡四郎次郎により占拠される
1869年 旧幕府軍が大改修し大砲を設置
新政府軍の攻勢を受け降伏
1871年 ほとんどの建物を解体 
  (後略)