信濃の依田家が7年かけて築いた
後閑城ごかんじょう
場所 群馬県安中市中後閑310付近(登城口)
旧国郡名 上野国 薄井郡
別名  
種別 山城
築城時期 1445年頃(文安2年頃)
築城背景 信濃国御嶽城主、依田忠政が築城し居城とした
名城 私の500名城
主な城主 依田忠政、依田政知、依田光慶、北条政時、新田景純、後閑(新田)信純、後閑弥太郎
天守 なし
主な遺構 土塁、堀切
主な再建物 櫓(復元)、模擬門
交通 JR長野新幹線 安中榛名駅 約8.8km
駐車場 公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜3分登る〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

下から見上げる本丸

大堀切

本丸の模擬門

本丸から見下ろす東廓
構成 上野国西端、信濃国との国境に近い安中にある、後閑川と九十九川の合流地点に突き出した丘陵に築かれた山城。

本丸は丘陵の南端に置かれ、西に階段状に3つの大きな曲輪を配し、東の段下には東廓を置いたほか、その下も多くの曲輪が配された。

本丸から南東へ向かう尾根には大堀切で隔てて二の廓を配した。

主郭の北は4ヶ所の堀切で防備した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡公園として綺麗に整備されており、主郭のそばまで車で上がって行け、駐車場も完備されている。

遺構としては、堀切や土塁などが残っており、遺構ごとに説明板が設置されているので戦国の山城の縄張りを堪能できる。

本丸には模擬門と東屋(休憩所)が、ニの廓には模擬櫓が建てられている。

妙義山を望むこともできる気持ちの良い公園でもある。
略歴
1445年頃 信濃国御嶽城主、依田忠政が築城し居城に
(中略)
1538年 城主、依田光慶が鷹巣城に移る
その後、北条(きたじょう)政時が城主に
1555年 新田景純が北条(きたじょう)政時を滅ぼして城主となり、後閑氏を名乗る
後閑景純、箕輪城主の長野業正に従う
1563年 城主、後閑信純、武田晴信(信玄)に寝返る
1564年 武田晴信(信玄)が安中城、松井田城を攻略
1566年 武田晴信(信玄)箕輪城を攻略(箕輪城の戦
1573年 武田信玄死没
1579年 城主、後閑信純、嫡男の後閑信久とともに戦死、子の後閑重政が城主に
1582年 天目山の戦で、武田家が滅亡
本能寺の変織田信長が死没
神流川の戦で北条家に敗北した滝川一益上野国から撤退
後閑重政、厩橋城北条高広に従う
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めの際、後閑重政は小田原城に入城
北条家の滅亡とともに廃城