賤ヶ岳の戦の柴田勝家の本陣
玄蕃尾城げんばおじょう
場所 長浜市余呉町柳ヶ瀬
旧国郡名 近江国 伊香郡(越前国敦賀郡にも)
別名 内中尾城、内中尾山城、柳瀬城
種別 山城
築城時期 1582年頃(天正10年頃)
築城背景 賤ヶ岳の戦の前に、柴田勝家の甥、佐久間盛政が築城(異説あり)
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 柴田勝家
天守 不明
主な遺構 土塁、空堀、土橋
主な再建物  
交通 JR北陸本線 新疋田駅 約9.9km
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登15分〜歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

大手口郭の虎口(東虎口)

主郭の空堀に架かる土橋

見張台(張出郭)

主郭と櫓台

搦手口郭

搦手口郭の土塁と空堀
構成 近江国越前国の国境、標高439mの柳ヶ瀬山(中尾山)に築かれた山城。

城域は南北250m、東西150mの規模で、北東隅に櫓台を伴うほぼ正方形の主郭を中心に、北西に馬出とその先に大きな搦手口郭を、南にも馬出と、虎口郭、大手郭、腰郭などを、また東には張出郭(見張台)を配した縄張り。

各郭の周囲には土塁を掻き上げ、空堀によって隔てられた。

柴田勝家が、対立する秀吉との戦に備えて、近江国を睥睨する拠点として築城した、という説が有力だが、それ以前に築城されたとの異説もあり、築城者についても、柳ヶ瀬秀行、疋壇久保、疋壇景連(玄蕃助)などの説がある。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国史跡として整備されている。

登城口は、滋賀県側から県道140号を走り、対面通行の柳瀬トンネルを出てすぐのT字路を右折、そのまま道なりに進んだ先にある。

登城口から10分ほど登ると平坦部に着くが、そこから5分ほど進むと城域に達する。

石垣のない土の城ながらの空堀、土塁、土橋が綺麗に残っており、巧妙な縄張りを堪能できる。
略歴
1582年頃 尾山城(金沢城)主となっていた佐久間盛政が築城
1583年 賤ヶ岳の戦では、柴田勝家が本陣を置く
賤ヶ岳の戦で、柴田勝家羽柴(豊臣)秀吉に敗北
廃城