江戸時代に築かれた徳川譜代の広大な城
福山城ふくやまじょう
場所 広島県福山市丸の内1
旧国郡名 備後国 深津郡
別名 久松城、葦陽城
種別 平山城
築城時期 1622年(元和8年)
築城背景 福島正則の転封にともない、福山10万石を拝領した水野勝成が、不便な神辺城に替わる居城として築城
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 水野勝成、水野勝俊、水野勝貞、水野勝種、水野勝岑、水野勝長、松平氏、阿部氏
天守 5重6階地下1階天守(層塔型)、2重3階の付櫓の複合式(非現存)
主な遺構 石垣、伏見櫓、筋鉄御門、鐘楼
主な再建物 天守、付櫓、鏡櫓、月見櫓、湯殿
交通 JR山陽新幹線 福山駅から徒歩3分
駐車場 福山駅周辺の有料駐車場など
徒歩・登山 福山駅〜登る3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

三原城の天守と
月見櫓(手前)、鏡櫓(中) 

天守と2重3階の付櫓
  

伏見櫓(伏見城からの移築)

本丸の石垣

筋鉄御門(伏見城からの移築)

湯殿(再建)
構成 備後国の東南部、瀬戸内海に面した三原にあった標高20mの常興寺山に築かれた輪郭式の平山城。

石垣の上の本丸は複雑に屈曲した形状で、5重6階地下1階(半地下)の天守と2重3階の付櫓(小天守と言っても過言でない)があげられた。

この本丸とそれを取り囲む二の丸には、天守以外に合計22棟もの櫓や御殿が建ち並んでいた。

これらの主郭を内堀が囲み、その外側の平地は三の丸で、その外側を外堀が取り囲んでいた。

10万石の大名の城にしてはかなり大規模な造りで、周辺の外様大名を睥睨するに充分な城郭であった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸部分は福山城公園となっており、伏見櫓、筋鉄御門、鐘楼が現存している。
戦災で消失した天守や付櫓、鏡櫓、月見櫓、湯殿などが再建されている。

本丸の南側には山陽新幹線が東西に貫き、二の丸はほとんどが市街化されている。

福山駅、博物館、美術館などは三の丸のあった場所にあたる。
略歴
1620年 水野勝成、福山10万石を拝領し神辺城主に。
1622年 不便な神辺城に替わり福山城が築城され、水野勝成の居城に。
(後略)