明智光秀の縄張りによる丹波の城
福知山城ふくちやまじょう
場所 京都府福知山市字内記5
旧国郡名 丹波国 天田郡
別名 横山城(旧城)、福智山城、臥龍城
種別 平山城
築城時期 1579年(天正7年)
築城背景 丹波国丹後国を平定し、織田信長から丹波国一国29万石を拝領した明智光秀が、旧横山城を大改修。
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 明智秀満(城代)、杉原家次、小野木重勝、有馬豊氏
天守 3重4階天守、2重2階小天守(複合)
主な遺構 石垣、門、井戸、銅門脇番所
主な再建物 再建3重4階天守、再建2重2階小天守(複合)
交通 JR福知山線・山陰本線 福知山駅 徒歩約15分
駐車場 福知山城公園の有料駐車場
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

再建天守と小天守(1985年)
手前の井戸が豊の磐井

天守から望む城下町
 

本丸の石垣
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構成 丹波国北西部、福知山盆地を流れる由良川岸の丘陵を利用して築かれた、平山城。

塩見氏が室町時代に築いた小城を元に、丹波国を拝領した明智光秀が改修の上、福智山城と改名した。

丘陵の先端の本丸は野面積みの石垣上の置かれ、天守台には3重4階の天守と続櫓で連結された2重2階の小天守が築かれた。

本丸の東には法川を利用した大堀を掘り、北側を流れる由良川も天然の堀として機能させた。

本丸の西側が二の丸、さらにその西に三の丸にあたる伯耆丸を配した。
本丸の南には御泉水という庭園や蔵や馬屋敷、さらにその西には内記丸が広がり、本丸の北側にもいくつかの曲輪を配す、連郭式縄張りであった。
大手も北側に開かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 福知山城公園となっており、本丸の石垣が残り、天守台には天守や小天守が再建されている。

本丸には深さ50mと言われる豊の磐井という井戸が残されている。

また、二の丸から移築された銅門脇番所も現存している。
略歴
●横山城
???? 室町時代後期、塩見頼勝が横山城を築城したのが始まり
1579年 織田信長の部将明智光秀、塩見氏を攻め滅ぼす
●福知山城
1579年 織田信長から丹波国一国29万石を拝領した明智光秀が、横山城を大改修し、福知山城と改名
1581年 光秀の娘婿、明智秀満が城代に
1582年 本能寺の変山崎の戦を経て明智氏が滅亡
1583年頃 杉原家次が城主に
1584年 杉原家次が死没
1587年 小野木重勝が城主に(4万石)
1600年 小野木重勝、関ヶ原の戦で西軍につくが、戦後自害
有馬豊氏が城主に(6万石)
(後略)