朝倉家居館跡に前田利家が築城
府中城ふちゅうじょう
場所 福井県越前市府中1-13
旧国郡名 越前国 丹生郡
別名  
種別 平城
築城時期 1579年(天正7年)
築城背景 朝倉義景を滅ぼし越前国を版図に入れた織田信長から越前国府中を与えられた三人の内の前田利家が居城とすべく築城
名城  
主な城主 前田利家前田利長(城代)、木村重茲、青木一矩、堀尾吉晴、本多富正(城代)
天守  
主な遺構 移築門(正覚寺)
主な再建物  
交通 JR北陸本線 武生駅 徒歩約2分
駐車場 近くになし
徒歩・登山 武生駅〜徒歩2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

越前市役所前の城址碑)

府中城跡に建つ越前市役所
構成 越前国府中の日野川そばの平地に築かれた平城。
縄張りなど詳細は不明。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 城跡は現在の越前市役所辺りと言われている。
略歴
1579年 前田利家が築城し城主に。(3万3千石)
1581年 前田利家能登国23万石を拝領し七尾城を居城に
嫡男の前田利長が城代に
1582年 本能寺の変
1583年 賤ヶ岳の戦の後、北ノ庄城攻めへ向かう羽柴(豊臣)秀吉が立ち寄る
1585年 前田利家加賀国能登国越中国の大部分、合計約115万石に加増される
羽柴(豊臣)秀吉の家臣、木村重茲が城主に。(12万石)
1592年 木村重茲、山城国淀(18万石)へ加増の上転封に
青木一矩が城主に。(10万石)
1598年 豊臣秀吉死没
1599年 青木一矩、秀吉の遺命で北ノ庄城主に。(20万石)
隠居した堀尾吉晴が城主に。(5万石)
1600年 関ヶ原の戦
堀尾吉晴出雲国月山富田城主に。(24万石)
結城秀康越前国67万石を拝領し、家老の本多富正が城代に
1612年 久世騒動
1615年 大坂夏の陣で、本多富正が一番槍の活躍
(後略)