海を手に入れた武田信玄の駿河攻めの拠点
江尻城えじりじょう
場所 静岡県静岡市清水区江尻町14-63
旧国郡名 駿河国 庵原郡
別名  
種別 平城
築城時期 1568年(永禄12年)
築城背景 駿河国を領有した武田信玄が、今川家攻めの拠点として築城
名城  
主な城主 山県昌景穴山梅雪、穴山信治、横田隼人
天守 不明
主な遺構  
主な再建物  
交通 東海道本線 清水駅 徒歩約15分
駐車場  
徒歩・登山  
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
× × × 歩1分

本丸跡に建つ清水江尻小学校

城域すぐ西を流れる巴川
構成 駿河国の駿府の東北東、約3里(12km)の清水に築かれた輪郭式の平城で、折戸湾にも近く、武田家の水軍拠点としても機能したと推定される。

巴川を天然の堀として、すぐ横に本丸を置き、周囲を堀って川の水を導いて内堀とし、本丸の西、北、東を取り囲む形で二の丸を配し、さらにその外側も水堀で囲み外堀とした。

その外には三の丸が広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸は現在清水江尻小学校のあるあたりになる。

城域は完全に市街化され遺構は残っておらず、本丸のそばで蛇行していた巴川も、現在では真っ直ぐに流れを変えられている。(新巴川)

小学校の北にある小芝神社(当時は三の丸)に説明板がある。
略歴
1568年 武田信玄が築城し、山県昌景が城代に
武田信玄今川氏真を攻め掛川城に追い駿河国を一時平定。(駿府攻め
1573年 武田信玄死没
1575年 長篠の戦山県昌景が戦死
穴山梅雪が城代に
1582年 天目山の戦徳川家康の仲介で織田信長につく
天目山の戦で武田家が滅亡
徳川家康の支配下に入り、梅雪の子、穴山信治が城代に
1587年 穴山信治、病死
1590年 徳川家康が関東に移封される
代わって駿府城主となった中村一氏の家臣、横田隼人が城主に
1601年 廃城