大手門の残る庄内松山藩の居城
出羽松山城でわまつやまじょう
場所 山形県酒田市新屋敷36-2
旧国郡名 出羽国羽後 飽海郡
別名 松嶺城
種別 平城
築城時期 1781年(天明元年)
築城背景 庄内藩の支藩、松山藩の居城として第3代藩主、酒井忠休が築城
名城 私の500名城
主な城主 酒井家
天守 なし
主な遺構 大手門、堀、土塁
主な再建物  
交通 JR奥羽本線 余目駅 約6km
駐車場 専用無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩1分〜大手門
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

大手門

馬出の土塁

大手堀

本丸の土塁
構成 庄内平野の東、最上川の東の平地に築かれた平城。

本丸を中心に、その北、東、南を取り囲む形で二の丸を置き、それら主郭の西側から南側にかけて三の丸を巡らせた、変則的な輪郭式の縄張り。

本丸には二重櫓の建築が予定されていたものの完成せず、松山陣屋(中山陣屋)から移築した御殿だけがあった。

三の丸の西、大手門の外側に丸馬出が配された。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は松山城址公園となっており、山形県に残る唯一の城郭建築物である大手門や、大手堀、馬出などが残されている。

二の丸の一部は松山文化伝承館が建てられ、多目的広場が広がる。

本丸はほぼ市街化されているものの、公園内に松山城址館が建てられており、土塁の一部も残っている。
略歴
1781年 酒井忠休が築城し、中山陣屋から移る
(中略)
1868年 戊辰戦争では、城主の酒井忠良は本家の庄内藩とともに奥羽越列藩同盟に参加するが政府軍に敗北、減封となり強制的に隠居させられる
(後略)