早渕川そばの丘、小机城の支城
茅ヶ崎城ちがさきじょう
場所 神奈川県横浜市都筑区茅ヶ崎東2-26付近
旧国郡名 武蔵国 都筑郡
別名  
種別 平山城
築城時期 14世紀末〜15世紀前半と推定
築城背景 詳細不明
名城 私の500名城
主な城主 山内上杉家、北条家、徳川家
天守 なし
主な遺構 空堀、土塁、土橋
主な再建物  
交通 横浜市営地下鉄 センター南駅 徒歩約5分
駐車場 駅周辺の有料駐車場
徒歩・登山 センター南駅〜徒歩5分〜登城口〜登る3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

茅ヶ崎城

東郭と中郭の間の空堀と土橋

東郭から望む中郭(左上)

土塁に囲まれた中郭
構成 武蔵国南部、早渕川の南側の小丘を利用した平山城。

東西350m、南北220mの城域に、東西に3つの曲輪(東郭、中郭、西郭)を並べて空堀で隔て、土橋でつなぎ、中曲輪の北側の一段下に北郭を置いた。
本丸にあたる曲輪は、東郭と推定される。

城域の南側の平地には幅20m程度、東西600m程度の根古屋が広がり、城主や家臣の居館が建てられていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 2008年6月に茅ヶ崎公園として整備された。土塁、空堀、土橋など中世城郭の遺構を目の当たりにすることができる。
略歴
1400年頃 築城
(中略)
1516年 北条早雲、新井城の三浦道寸(義同)、三浦義意父子を攻め滅ぼし相模国を平定
1519年 北条早雲死没
その後、北条氏綱が、武蔵国進出の拠点である小机城を支配下とし、笠原信為を城主に
これにより、茅ヶ崎城も小机城の支城として北条家の支配下に入ったと推定
1524年 北条氏綱、上杉朝興の居城、武蔵国江戸城を攻略
1525年 北条氏綱武蔵国岩付城を攻略。これにより武蔵国南部を支配下に
1557年 小机城主、笠原信為死没
1560年 北条氏堯(北条氏綱の四男)が小机城主に
1562年 小机城主、北条氏堯、死没
1569年 北条三郎(上杉景虎)小机城主に
北条三郎(上杉景虎)、相越同盟の証として、上杉政虎(謙信)の養子として越後国
1570年 北条三郎(上杉景虎)の弟、北条氏光が小机城主に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めで落城。北条氏光は高野山へ追放される
廃城