奥三河、足助鈴木家の戦国山城
足助城あすけじょう
場所 愛知県豊田市足助町須沢39付近
旧国郡名 三河国 賀茂郡
別名 真弓山城、松山城、足助松山城
種別 山城
築城時期 ????年(????年)
築城背景 鎌倉時代または南北朝時代、賀茂郡を支配した鈴木家が築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 鈴木忠親、鈴木重政、鈴木重直、武田家、鈴木信重、鈴木康重
天守  
主な遺構 堀切、土塁、井戸
主な再建物 再建2重櫓、再建物見櫓、再建長屋、模擬塀、再建台所建物、模擬木橋
交通 名鉄豊田線 豊田市駅 約21km
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

南の堀切そばから物見櫓を望む

台所建物と物見櫓(左上)

物見櫓から見た木橋と再建2重櫓

再建長屋と再建2重櫓
構成 奥三河、賀茂郡の足助の町の東にある、標高301m(比高170m)の真弓山に築かれた山城。

山頂に本丸を置き、四方に向かう尾根に北曲輪、西曲輪、南の丸などを配した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡公園として整備されており、入念な発掘調査に基づき、2重櫓、それに続く長屋、物見櫓などが再建されているほか、台所建物や厨なども建てられている。

2重櫓の2階には武者隠しがある。

さほど大きな城ではないが、戦国時代の山城を堪能できる。

営業時間は9時からで、入場料も必要。

足助城のすぐそばには、紅葉の名所として知られる香嵐渓(足助川の作った渓谷)がある。
略歴
(前略)
1525年 城主、鈴木重政、松平清康に攻められ降伏
1530年 森山崩れにより松平清康が死没
1554年 駿河国の今川家の馬場幸家、堀越義久らに攻められ降伏、今川家に従属
桶狭間の戦今川義元が討ち死に
1564年 松平元康(徳川家康)に攻められ降伏し、松平家に従属
1571年 武田信玄の三河侵攻により、2万5千の大軍に攻められ落城、城主、鈴木重直は岡崎へ逃亡、武田家の支配下に
1573年 武田信玄が死没
徳川家康が攻略し、再び鈴木重直が入城
1590年 徳川家康の関東移封にともない、廃城