標高750m以上。武田・北条取り合いの地
足柄城あしがらじょう
場所 静岡県駿東郡小山町竹之下3649付近
旧国郡名 駿河国 駿東郡
別名  
種別 山城
築城時期 不明(1540年頃?(天文9年頃?))
築城背景 相模国北条氏綱が、駿東方面の抑えとして、旧足柄関跡の砦を改修したと推定
名城 私の500名城
主な城主 北条家
天守 なし
主な遺構 堀切、空堀、土塁、井戸
主な再建物  
交通 JR御殿場線 足柄駅 徒歩約90分
駐車場 本丸下の足柄峠駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

主郭

底は小田原まで繋がっていると
言われる雨乞い池(底知らずの池)

三の丸から堀切越しに二の丸を望む

南郭 
構成 相模国駿河国の国境にある、足柄峠一帯に築かれた悌郭式の山城。
足柄街道を取り込むように築かれており、東海道を取り込んだ山中城と同様の概念による縄張りとなっている。

確認されているだけでも大きな曲輪が5つ(主郭、二郭、三郭、四郭、五郭)、出丸が2つ(南郭、明神郭)ある。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、足柄峠の駐車場か少し登ったところに主郭があり、そこから5つの曲輪と2つの出丸、さらには諸砦をめぐることができる。
郭を隔てる堀切や井戸跡、土塁などの遺構が残されている。
晴れた日は富士山の眺めが素晴らしい、とのこと。(2回訪問したが・・・)
略歴
1540年頃 相模国北条氏綱が築城。(推定)
1541年 北条氏綱が死没、北条氏康が家督を相続
1569年 駿府攻めを受けて滅亡した今川家の深沢城駿河国)が、北条の支配下に
1570年 武田家に攻められ、深沢城を奪われる
1571年 北条氏康が死没、北条氏政が家督を相続
1582年 天目山の戦で武田家が滅亡
天正壬午の乱を経て、北条家が駿東を支配
1587年 北条氏光が城番に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めで北条家が滅亡
これにより廃城