広大な惣構に改修された荒木村重の居城
有岡城ありおかじょう
場所 兵庫県伊丹市伊丹1-12
旧国郡名 摂津国 河辺郡
別名 伊丹城
種別 平城
築城時期 ????年(南北朝時代)
築城背景 南北朝時代に、当地の支配のため伊丹氏が築城したと推定。
戦国時代、伊丹親興の時に荒木村重に攻略され、村重の居城となってから有岡城と改名され、大規模な改修がなされた。
名城 私の500名城
主な城主 伊丹親興荒木村重、池田元助
天守 不明
主な遺構 石垣、空堀、井戸跡
主な再建物  
交通 JR宝塚線 伊丹駅 徒歩1分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 伊丹駅〜徒歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

伊丹駅から見た本丸方面

本丸跡の石垣

本丸の西側の空堀跡
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構成 摂津国の中央の段丘(伊丹段丘)に築かれた平城。

東を流れる猪名川を天然の外堀とし、その西側に広がる城域に町屋まで取り込む惣構(そうがまえ)とされ、南北1.7km、東西0.8kmの広大な城に生まれ変わった。
本丸など主郭部は城域の中央東端にあり、城域の要所には堅固な砦が作られた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 本丸跡がJR伊丹駅のすぐそばに史跡公園として残されているが、石垣がわずかに見られる程度。
本丸西側には空堀跡が残っている。
主郭部の東側はJRの開通時に大きく削られてしまった。
また各砦を含むほとんどの城域が市街化されてしまっている。
略歴 ????年
南北朝時代に伊丹氏が築城。

(中略)

1568年
織田信長が上洛してくると(信長の上洛戦)、城主伊丹親興は信長の臣下に。

1573年
織田信長と将軍足利義昭が対立した際、城主伊丹親興足利義昭に従う。

1574年
信長についていた荒木村重に攻められ、城主伊丹親興が自害。

摂津国一国を拝領した荒木村重の居城となり、大改修が始まる。

1578年
荒木村重織田信長に敵対し籠城。
説得に訪れた黒田官兵衛を捕らえ幽閉。

1579年
城主荒木村重が、毛利氏を頼るために城を出て尼崎城に入ったことから落城。

1580年
池田元助が城主に。

1583年
池田家が美濃国へ転封となったため、廃城。