今川・織田の取り合いの地
安祥城あんしょうじょう
場所 愛知県安城市安城町41
旧国郡名 三河国 碧海郡
別名 浮城
種別 平山城
築城時期 1440年(推定)(永禄12年)
築城背景 三河国碧海郡の領主、和田親平が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 和田親平、松平信光、松平清康、織田信広(城代)、今川家
天守 なし
主な遺構 堀、切岸
主な再建物  
交通 名鉄西尾線 南安城駅 徒歩約15分
駐車場 安城歴史公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

本丸跡に建つ大乗寺

二の丸跡に建つ八幡社

二の丸の切岸

姫塚(安祥城攻防戦の
犠牲となった女性を葬った)
構成 三河国西部の小さな舌状台地に築かれた平山城。

水堀に囲まれた本丸、その西側に二の丸、本丸の西に三の丸という縄張。
城域の西と東は深田で守られ、二の丸の南側には八幡社があった。

「あんじょうじょう」ではなく「あんしょうじょう」と読む。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城域は安城歴史公園として整備されており、本丸の一部は大乗寺、二の丸は八幡社の境内となっており、三の丸には安城市歴史博物館が建てられている。

本丸と二の丸の間の水堀跡や二の丸の切岸のほか、姫塚なども残されている。
略歴
1440年(?) 三河国碧海郡の領主、和田親平が築城
1471年 松平信光が謀略により奪取
以降、安祥松平家の居城に
1524年 城主、松平清康が岡崎城を攻略
1535年 城主、松平清康、家臣の阿部正豊により暗殺される。(守山崩れ)
家督を、子の松平広忠が継ぐ
1540年 尾張国織田信秀に攻められるが守りきる。(安祥城の戦(第一次))
1544年 織田信秀が安祥城を攻め落とし、子の織田信広を城代に据える。(安祥城の戦(第二次))
1545年 松平広忠が、安祥城奪回戦を起こすが敗北。(安祥城の戦(第三次))
1549年 駿河国の今川氏の軍師、太原雪斎に攻められ落城。(安祥城の戦(第四次))(または第五次とも)
これにより織田信秀三河国から撤退
城代の織田信広は今川勢に捕らえられ、のちに松平家嫡男、竹千代(徳川家康)との人質が行われることに
1560年 桶狭間の戦今川義元が討ち死に
1562年 織田信長松平(徳川)家康)が清洲同盟を締結したため、城の利用価値が低下し廃城