出羽柵とも呼ばれた最北の城柵官衙遺跡
秋田城あきたじょう
場所 秋田県秋田市寺内大畑3付近
旧国郡名 出羽国羽後 秋田郡
別名 出羽柵(いでわのき)
種別 平城(古代城柵)
築城時期 733年(天平5年)
築城背景 庄内地方にあった出羽柵を、勢力拡大にともない北方へ移動させた
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主  
天守  
主な遺構 土塁跡、井戸跡
主な再建物 復元門、復元塀(築地)、政庁跡
交通 奥羽本線 土崎駅 徒歩約40分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩3分〜政庁跡
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

外郭東門(復元)と築地(復元)

政庁の正殿跡

政庁の東門(復元)
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構成 雄物川の河口そば、秋田郡の高清水岡に築かれた古代城柵。

東西、南北ともに約550mの城域を持ち、外周(外郭)には3mの高さの瓦葺屋根の築地(土塀)を2.2kmに渡って巡らせ、東、西、南の3ヶ所に外郭門を開いた。

その中央に、東西94m、南北77mの方形の政庁が置かれ、正殿や脇殿などの建物が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国の史跡として整備されており、外郭の東門や築地(土塀)、12m幅の大路、政庁跡の東門や築地(土塀)、建物跡などが復元されている。

城域の北西から南にかけて道路が貫いており、道路の西側に資料館が建てられている。
略歴
733年 庄内地方にあった出羽柵を当地へ移動
760年 秋田城に改称
  その後、国府が置かれる
804年 国府が別の場所に移される
830年 出羽大地震により倒壊
878年 元慶の乱が勃発し俘囚に占拠されるが、派遣された鎮守将軍、小野春風が和解に持ち込む 
その後、廃城