国府台合戦により滅亡した秋元家の山城
秋元城あきもとじょう
場所 千葉県君津市清和市場618(付近が登城口)
旧国郡名 上総国 周淮郡
別名  
種別 山城
築城時期 1508年(永正5年)
築城背景 里見家の家臣、秋元義正が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 秋元義正、斉藤政房(城代)
天守 なし
主な遺構 土塁、堀切、堀、土橋、切岸
主な再建物  
交通 JR内房線 君津駅 約20km
駐車場 無料駐車場あり
徒歩・登山 無料駐車場〜登10分〜主郭
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

主郭部、西向三段の切岸

千畳手前の堀切

千畳
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構成 上総国南部、周淮郡の秋元荘の西、鹿野山系の東端、東西460m、南北400mの山塊を利用して築かれた山城。

山頂部、御殿の建っていた主郭は切岸により3段構成となっており、西向三段と呼ばれた。

主郭の北には、千畳と呼ばれる広大な曲輪があり、その西には池があり、さらに西へ向かう尾根にはいくつもの曲輪が堀切を隔てて置かれた。

千畳の北東に下っていく尾根にもいくつかの曲輪が階段状に置かれ、麓は子ゴヤ(根古屋)となっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡となっており、堀切、横堀、切岸などの遺構が良好に残されている。
登城口そばには駐車スペースもあり、約10分ほど登ると主郭部に到達する。
略歴
1508年 里見家の家臣、秋元義正が築城
1538年 第一次国府台合戦
1564年 第一次国府台合戦で、里見義弘が北条家に大敗
上総国に攻め込んだ北条家に攻められ落城。城主、秋元義正は負傷しその後自害(異説あり)
北条家の支配下に置かれ、斉藤政房が城代に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めを受け、城兵は戦わずして逃亡、戦後、廃城に