歴代の名将が居城とした
会津若松城あいづわかまつじょう
場所 福島県会津若松市追手町
旧国郡名 陸奥国岩代 会津郡
別名 黒川城、若松城、鶴ヶ城
種別 平山城
築城時期 1379年(永和5年/天授5年)
築城背景 1379年に会津を拝領した蘆名直盛が、居城とすべく築城し黒川城と命名した。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 蘆名直盛、伊達政宗蒲生氏郷上杉景勝蒲生秀行加藤嘉明
天守 望楼型7重5階天守(再建)
主な遺構 堀、石垣、土塁
主な再建物 天守、櫓、走長屋
交通 会津鉄道 西若松駅 徒歩約15分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 県立博物館そばの駐車場〜徒歩7分〜天守
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩7分

鶴ヶ城の天守と走長屋

天守から見下ろす干飯櫓と南走長屋

天守から見た会津の町と磐梯山
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構成 陸奥国岩代のほぼ中心に位置する会津に築かれた平山城。

望楼型7重(5重5階と地下部2階)の天守のある本丸を中心に、それを取り囲む内堀、その外は、本丸東の二の丸、その北東部の三の丸、本丸北の北出丸、本丸西の西出丸などから構成され、東国には珍しい石垣を多く使用した城郭。

城の南には湯川が流れており、天然の堀として機能した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 鶴ヶ城公園となっており、出丸を含む主郭部の各曲輪はほぼ原形をとどめている。
展示室を兼ねた天守は1965年に再建された。
また、天守から鉄門を通って干飯櫓へ続く走長屋なども再建されている。
本丸広場には、茶室麟閣も移築されている。
略歴
1384年 蘆名直盛が黒川城として築城
(中略)
1588年 佐竹家から来た蘆名義広が蘆名家を相続
1589年 摺上原の戦伊達政宗蘆名義広に勝利し、蘆名家滅亡
出羽国羽前南部、陸奥国岩代陸奥国陸前南部など150万石を支配した伊達政宗が、本城とする
1590年 奥州仕置
伊達政宗陸奥国陸前玉造郡など58万石へ減封の上転封となる
1591年 蒲生氏郷が城主に。黒川を若松に改名
1593年 天守が完成
1598年 越後国から転封になった上杉景勝が城主に
1600年 関ヶ原の戦で、上杉景勝が味方した西軍が敗北
1601年 米沢30万石に減封となった上杉景勝に替わり、蒲生秀行が城主に(60万石)
1627年 加藤嘉明が城主に(40万石)
(中略)
1868年 戊辰戦争で会津が戦場に
旧幕府軍は、松平容保を中心に徹底抗戦。白虎隊を組織するなどの奮闘も空しく敗北し、開城
1874年 廃城