わずか3年で消えた信長の夢の城
安土城あづちじょう
場所 滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6371付近
旧国郡名 近江国 蒲生郡
別名  
種別 山城
築城時期 1579年(天正7年)
築城背景 織田信長が天下平定のための居城とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 織田信長
天守 5重6階天守(非現存)
主な遺構 ハ見寺の三重塔、天守台、石垣、曲輪
主な再建物 石垣
交通 JR琵琶湖線 安土駅 徒歩約30分
駐車場 城跡の有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る15分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登15分

西の湖から望む安土山

大手道

天守台
(5重6階の大天守がそびえていた)



ハ見寺の三重塔
構成 琵琶湖から飛び出た西の湖に面する、標高199mの安土山に築かれた山城。

西の湖の目の前、山の南側が大手で、6m幅の大手道に面して、羽柴秀吉や前田利家の屋敷跡が並び、二の丸、本丸、そして5重6階の大天守がそびえる天守台へと登っていく。

城内の南西の端には信長建立のハ見寺が存在した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 特別史跡となっており、山内には天守台跡、本丸跡を初めとする各曲輪や、信長建立のハ見寺の三重塔などが点在している。
西の湖は、往時は城の南の駐車場のあるあたりまで広がっていた。
略歴
1576年 織田信長丹羽長秀を奉行に築城を開始
1579年 天守が完成
1582年 本能寺の変織田信長が自害
留守居の蒲生賢秀蒲生氏郷父子は、信長の妻子らを伴い、本拠の日野城へ逃げ延びる
明智軍の明智秀満が無人の城を収容
天守、本丸御殿などが消失(明智軍による放火説、織田勢による失火説、放火説など)
清洲会議で三法師(織田秀信)が入城することが決定するが、実現せず
1585年 廃城