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「東アジアをめぐる徐福伝説」 『しにか』(大修館書店・2002年10月号) 秦の時代、始皇帝の命を受け、東海に船出したという人物・徐福の日本各地に広がる渡来伝説を調べている。今夏、視点を徐福の出航地に広げ、中国の徐福の伝承地を訪ねた。山東省から浙江省まで、ほとんどが海沿いの地域である。黄色い海を眺め見ながら、各地の徐福伝説に耳を傾けた。眼の前の海が、これまで日本の調査地で、徐福の渡来を語ってくださった方の背後に見えていた青い海と、一つの伝説で繋がっていることに感銘を受けた。 徐福の故郷と言われる江蘇省贛楡県金山鎮の徐福村を再訪した。十五年前は記念に徐福村碑が建てられていただけだったが、今では隣に徐福故里碑が立ち、背後に徐福祠が再建され、徐福故居遺址記念碑、出航のための造船作坊遺址記念碑などが、県人民政府によって整えられ、文字通りの徐福村と化していた。山東省瑯琊台では、徐福東渡二二一二年式典と徐福像除幕式に参加した。毎年、年を刻んでおこなわれる海辺のこの式典では、徐福劇が人気を博していた。また浙江省岱山県では、来夏に徐福記念館の開館とシンポジウムを控え、工事中の館内で構想をお聞きした。徐福の実在が中国で発表されてから二十年、特にこの十年のこうした過熱ぶりは、中国ばかりではない。日本の多くの伝承地でも、徐福像がつくられたり、イベントが催されたりしている。そして韓国の伝承地も同様なのである。 これらの徐福伝説を取り囲む状況の変化を、伝説が地域おこしのネタに使われているだけで、本来の伝説の伝承とは位相が異なるとして、切り捨てる考えもあるだろう。しかし、伝説の現在は、それを綿々と伝承してきた地域のひとびとだけによって担われてはいない。その周辺には、地域の歴史を掘り起こしてきた郷土史家、徐福を地域振興・国際交流のシンボルにしようと、意欲的に取り組んでいる市町村が存在し、それらは現在の徐福伝説をとらえる上で、無視することができない。むしろ現状としては、こうしたひとびとが現在の地域の伝承をも左右しているのである。 六月に北京で十年振りにおこなわれた、中国徐福会主催の徐福国際学術研討会は、そのような観点からみれば、まさに現在の伝承が形作られていく場でもあった。郷土史家や行政の方は、各地域の独自性を主張しながら、郷土資料を用いた熱心な発表をし、日中韓の各伝承地との情報交換をおこなった。また、今年は大学の研究者が中心となった大規模なシンポジウムも、四月に韓国の済州島でおこなわれた。済州島学会による、初の徐福国際学術大会である。徐福に関する情報は、前記の研討会の方が充実していたが、徐福伝説に対する各専門分野からの発言は、大変有意義であった。そして何よりの成果は、徐福伝説を東アジア共通の研究素材として、今後も定期的に研究発表の機会をもつことになったことである。 地域で語り継がれてきた徐福伝説は、現在、このようなグローバルな文脈の中に投げ込まれ、触れあわせられつつある。これまで徐福伝説は文献資料が多く、政治的色彩からも逃れることができないため、伝説研究としては顧みられることがなかった。しかし、地域で伝承してきたひとびとと、それを取り囲むひとびととが、多様に伝承に関わっている徐福伝説は、これまでの伝説研究とは別の視点を与えてはくれないだろうか。そうした可能性に注目し、徐福伝説の伝承研究を積み重ねていきたいと考えている。 |
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