[ トップページへ] [ Sのトップページへ] [ =地質観察会=]
[ =早田周辺の地層=] [ =粟久保の関東ローム層=]
芦ノ湖西岸歩道を歩く
==芦ノ湖西岸歩道から火山ウオッチング==
==2006_10_14(土)芦ノ湖火山地形ウオッチング==

 2006_10_14(土)火山地形ウオッチング。神奈川県立生命の星・地球博物館友の会巡検。講師:友の会会員、蛯子貞二氏。地球博学芸員、山下浩之氏、 新井田氏、笠間氏。集合は箱根・白百合台バス停10時00分。
     ――何か、気づかれたら、ご一報下さい――
 2006_10_14(土)箱根火山ウオッチング
 後学のためメモを記録し、観察会の様子を記録保存しておく。
 先ず、白百合台から湖尻に移動し、本日の「火山地形ウオッチング」の概要を新藤誠一郎氏(友の会、地学G責任者)から聞く。
 行程:白百合台バス停―深良水門―真田浜(昼食)―白浜―やすらぎの森―箱根町バス停
 2006_10_14(土)箱根火山ウオッチング
 箱根天気予報 曇り、9時〜15時、14℃〜15℃、風速3m/s(川崎は今18℃予報18〜19℃)  0700家=向丘遊園0716=0827箱根湯本0837=白百合台バス停
 1000出発/h770m―1015湖尻(県営キャンプ場)バーべキュー場/h730m
湖尻にて、(県営キャンプ場)バーべキュー場本日の終着の箱根町方面を望む[10時18分撮影]。

 蛯子氏解説:箱根は火山地形のデパートみたいなところ。火山地形を見るのにどこがいいかというと11km位あるがかなりあり普通に歩くと2時間位で行くが、これで行くと疲れる。これを4〜5時間をかけ観察しながら行くからそんなに負担はないと思う。芦ノ湖の西岸は、ここの縁のことを言うが一方、反対側は頭岸という説明から解説が始まった。
(県営キャンプ場)バーべキュー場から頂上にガスがかかりそうな冠岳と神山方面を展望する。
右写真は本日担当の出発前の地質巡検の予定を説明する蛯子氏。

 西岸は箱根の外輪山の縁のところで、外輪山の縁のところで、そこから箱根の中央火口丘の縁から北側の外輪山を見ながら、更に南側の古期外輪山を見ながら、新期と古期の外輪山があるが、そのコンストラクト、その間に中央火口丘といういくつのも変わった地形の火山が見られる。ここはそのように地形をウオッチングするには大変優れた場所である。
 今いるところは、芦ノ湖の湖尻、反対側は湖頭というが今地名には残っておらないが、箱根町とか元箱根まで行き、そこで解散する。お昼の場所は途中の真田浜で食す。ここまで行くのに昼時間よりずれ込むかも知れない。午前中は忙しいかも知れない。
 午前中見なければならない所を歩くから、今晴れてはきたが、冠ヶ岳が熊の横顔のように見えるが今丁度ガスがかかっているがその一寸右下の見えているのが、神山である。本来神山の方が高いが少し低く見えるが、低いところから右手に少し高いところがあり神山というところである。その手前は駒ヶ岳からくる尾根のものであるから名前がついていないが、今日は秋のすがすがしい眺望は望めないが、新井田さんが用意した一番最後のページのビンゴの問題になっている写真で見よう。
 それと表紙のデジタル図面は等高線が非常に細かく見える。それだけに地形の皺が良く見える。この地形図と実際の地形を見比べるということも大変重要な、私たちの知見になる。この辺も良く覚えよう。この中にビンゴの問題も 銑Г泙婆声┐靴討い襦この地形は候補地のどこから見たものか体験しよう。忙しく歩く中でやるから大変であるが、歩くところは一般の歩道でいわゆるトレイルがあるから林道を過ぎると人が一人通過するのがやっとで行列になり、ポイントポイントで話が伝わり難いから出来るだけ広い面のある見晴らしのよい所で集合して貰い話をする。
 地形の他に見てもらいたいのは九頭龍神社である。歩き始めて30分で赤い鳥居が見える。なんでそこに九頭龍神社があるのか。ここに半島が出ていて向かい側の大きな山が三国山であるが山の半分が滑り落ちて湖の中に落ち込んでいる。その向に九頭龍神社がある。その半島には逆杉が湖の中に立ち木としてあった。切ってしまったからこういう状態であるがその向に九頭龍神社がある。これは赤い鳥居で目立とう。
 1027ビンゴの説明。山下学芸委員。
 ァ檻皺仟農亞戮廊イらは見えない。ここは湖岸からは見えない。しかし大事なポイントであるから、これを新井田さんに見て貰いこれが金時・火打石岳と書いているところである。今日のコースで富士山は見えるかが問題。見えるか見えないか。
 1037湖尻から、さあ!出発。芦ノ湖西岸歩道を通り元箱根へ!!。
 左に灯台を見て通過。なんでここに灯台があるか。
 1039逆川・早川口堰通過。
 電柱の向うに金時山1212.5mが見える。もう少し北の方によって見ると中央火口丘がないから火打石山が見えるが、火打石岳988.5mは古期外輪山前期成層火山群の一つで、箱根では最も古い火山である。今は山の形をしていないような形になってしまった。これがビンゴbである。ここから反対側に行く。
 1041ここで湖の方向を見ると今湖尻から湖頭を見ている。向うに薄っすらと見えているけれども、古期外輪山の一角で、馬子付山といいアンテナがニョキニョキ立っている。あの山の少し右側に窪んでいるのがあの辺が箱根峠である。あれを超えると熱海や三島の方に行ける。これから行く西岸、東頭は右手と左手に分かれ、右手の方に、一番奥はブナ林で有名な三国山である。あの三国山から外側をぐるっと回るのが古期外輪山の尾根である。その山の一角から滑り落ちたような地形が沢山見えるが「何かの鼻」とか「なんとかの石(せき)」とか言われるが実際行ってみてそんな名前がついていないが地図上ではそう書かれている。それではそれがどうして出来たか。考えてみようというのが一つである。「なんとかの鼻」とか「なんとかの石」とかいうとことろには、湖に潜ってみればかつての逆杉がある。芦ノ湖の逆杉分布図を見ると、時代別に逆杉がいつ湖に落ち込んできたかを示すものであるが、それを時代別に色訳で書いたものであるが、逆杉が沢山あることが解かる。そういうところをこれから歩いて行く。〜1045。

 1100 深良水門 にて。
1100深良水門にて。台ヶ岳や中央火口丘方面を望む[11時02分撮影]
 -a/真正面に見える小さい山、台ヶ岳1044.5mが見える。中央火口丘では一番最初に出来た山と言われる。流れたようなよう様子ま見えなくて膨らんだような形をしている。同じような山は右手に小塚山859mがある。右手に抉られたような山が見える。神山の一角の冠ヶ岳が見える。今神山は雲の中であるが、神山である。抉られて地形は、爆烈火口という水蒸気爆発で山の一角が爆発したときに出来たときのである。水蒸気爆発で出来た火山性の泥流がこの湖に向って流れてきた。一種の火山泥流でドライアバランチェナントと呼ぶが、その出来事は、3100年前であった。2900年前には爆裂火口のところに、冠ヶ岳のところに溶岩の尖った塔だということで溶岩尖塔などと呼ぶがそれが冠ヶ岳のごつごつしたのが入ってきて非常に低温で粘性が高くて横には殆ど流れてはいない。岩首/岩頚とも呼んでいる。そのときも泥流が若干落ちているが、それが早川を堰き止めたと言われている。それが目の前にある。つまり、あすこのつまびやかな白いホテルとか別荘が建っているがあれは泥流の上に建っているのである。
 左手の奥に見える一際高い山は金時山1212.5mである。金時山登山は大変であるが、あすこから右にデデデと下がってきたところは矢倉沢峠である。矢倉沢峠から右に登って行くと火打石岳988.5mで、続いて明神ヶ岳1169.1m・明星ヶ岳923.9mと外輪山の尾根道で上がって行く。
 左手の方はぎりぎりで見えているパラボラアンテナは丸岳1156mである。丸岳は少し新しい火山で、古期外輪山の中期の単成火山群である。したがってかなり後から出てきたものである。昔は一緒のものであるということで考えていたが、今は夫々違うのである(資料参照)。〜1105。
 1105再出発、秋が始まったばかりであり黄葉には早いが黄ばん見えているのはアブラチャンである。ノギクが沢山ある。ノコンギク、シロヨメナ、シロヤマギク・・・などが咲いている。
 1108左に迂回してまた林道を行く。タマアジサイがまだ咲いている。1109ヤマアジサイも残り花がある。一部、歩道に穴があり藪こきをして林道に出た。黄葉はこれからである。[参考:この辺にも御嶽や九州姶良テフラはあるという]。
 1115「3月1日から2月間磯釣り禁止」の看板を見る。鼻と呼ばれる地滑り地帯を歩いていく。この辺逆さ杉の沢山あったとろ。この辺の一角は杉が生えたままどーんと落ちたのであろう。3000年前からの地滑りによるのであろう。1回や2回のものではない。深良水門付近では4000年前のものが見つかっている。いわゆる地震の化石である。[参考:縄文時代の前からのものである。縄文地代はベンガラを採取に来たこともあるという。火打石岳の由来は良く解からない。調べてみよう!]。
 1120景観が良くなった。駒ケ岳が見えはじめた。あすこに櫓がある。駒ケ岳のロープウエイの中間地点である。駒ケ岳の頂上はこの山の向うで隠れた見えない。また右手の方に建物が見えるがプリンスホテルの竜宮殿である。左ぎりぎりのところに船着場みたいなのが見えるが、それから一寸出っ張ったところに赤い鳥居が見える。これが九頭龍神社である。ここには普段ななかな入れない。プリンスホテルつまり国土開発がきかしており柵があり入れない。自分の船だけは行けるようにしてエゴイシティックである。とても綺麗な、いわゆる地獄園と呼ばれる一角である。
1100駒ケ岳と山麓の赤い鳥居を見る[11時22分撮影]。
 駒ケ岳の頂上から降りてきたとても綺麗な森林地帯があって丁度標高723mの湖面は冷たい温帯と暖かい温帯との境目である。つまり植物でいうとブナ帯とヤブツバキ帯の接点である。したがって歩いていても大きな葉っぱのアカガシあったりブナがあったりブナ帯のミズナラがあったりというように両方が噛み合っているそういうところである。ガキチョウが鳴いている。
 ここから元箱根の一角が見え始めているが、左手に駒ケ岳とか神山が見えていてその下に九頭龍神社がある。その出っぱりがあって、こちらに三国山がそれがいかにも滑り落ちているように見える。
 1132歩いていると気がつかないが、尖っているところ鼻をぐるぐる回りながら歩いてきたことを実感出来る。振り返って見ると実感出来よう。随分あるいたようだがまだ半分も行かない。
 ここ右手は国有林であり林道を通したがってしょうがないが、この斜面は地滑りのしょっちゅう起きるところで木を切ったら大変だということで「箱根を守る会」などが猛反対してとどめているところである。じはじは木を切って攻めてきているが、これから急な尾根になって外輪山の壁になるが林山道が通っている。従って森が手入れの良い森と手入れの悪い森とが極端にあり、真っ暗であり、ここは少しは間伐して下の方に生えてきてはいるが真っ暗なとろもある。〜1134。
 1136漸く登山道となる。山らしい道である。登山道は国が金を出し県が管理している。景観がよくなった。外輪山の真北の方向を見ている。丸岳から左の方に降りてきてくびれのあるのが長尾峠である。丸岳から右の方にVのところが乙女。乙女峠から上がって△形みたいな山が長尾山である。それからだらだら来たところに一寸雲があるが金時山である。本来、青空であれば富士山が見える。

 1140アカガシの大木の下とその前後で。
左に赤い鳥居が見えてきた。写真撮影。[11時38分撮影]。右に林班界標と案内板を確認。[11時41分撮影]。
林班界標には「96|97/林野庁」とあり、案内板には「←5.6km白浜◎深良水門2.1km→」とある。
 左に赤い鳥居が見えてきた。写真撮影。九頭龍神社である。アカガシの大木の下にきた。アカガシは実のビロード色の袴がとっても綺麗である。
 九頭龍神社、つまり、この辺に逆杉が沢山あった。何故、九頭龍神社があるか。ということであるが想像であるが九頭龍とは「崩れ」ということばにも関わりがあり、またこんな静かな芦ノ湖がなんで龍が飛び出してくるような大荒れ起きるかというと、地滑りすべなんかが起きて龍が暴れると!。その暴れる悪い龍を箱根権現の万巻上人が祈りによって諭したという。箱根異文というところにそれが書いてあるが、それによるとこの辺にあった逆杉にその龍を繋いだという。それでその向に九頭龍神社を造った。今でも確かに7月最後の日に九頭龍神社のお祭りがある。赤飯を炊いて、花火大会があるようだ。とにかく、これが大きな地滑りの跡で湖が荒れたということは何も伝わっていないのは一寸残念である。〜1143。
 1143今その地滑りの先端のとこにいる。地滑りは陥没地形により起きている。今古期外輪山の縁を歩いている。1145あと15分ぐらいで「真田浜」の地点である。ガビチョウが鳴いている。
 アズマネササやミヤマスズタケ、ハコネザサ・・・ヤマボウシなど生えている。 1151ビンゴの1の地形は1−c。ミヤマシキミが出てきた。赤実が綺麗い。
 1155[深良水門まで3km◎白浜まで4.7km]とある。約半分である。  案内標柱の写真撮影。
左、案内板写真撮影。[11時56分撮影]。 右、 珍しいウバユリの実を観察。
 1157左に格好の良いアカマツがある。松だけは生えるか。波の音が聞こえ出した。  1200真田浜が見てきた。足元注意!。真田浜が見えてきた。湖面の水が多い。食事場所はあるか。看板の森林地区境を見る。
 1205ウバユリの実、感動的な種が入っている。1枚1枚がニンニクをスライスしたような実が入っている。

 1215真田浜―昼食1245―ビンゴ4−bはここ。/725m。波の音が煩かった。
真田浜にて。[11時06分撮影]
 bの地形は二子山が半分見えて右の方に屏風山がある。山の形が違うのが解かる。屏風山は山なんだか俎板みたいななんであれが屏風かという感じで屏風にはとっても見えないが近くによると屏風に見える。屏風山の上は平である。従って対照的に双子山はお茶碗を伏せたようなお饅頭みたいである。小田原方面から見るともっと丸く見えるが、bのところがそうであるが、もう少し行くと4つに見えるので裏四つ子と呼ばれ、物凄く粘性が高い山と粘性が物凄く低い山が近くに並んで見えるのである。箱根でもいろいろの火山地形があるが、対照的な二つである。一つは流れ易い。一つは流れないでお団子になる。この二つの山が対照的に見える。
 資料の後ろ11頁の「箱根火山中央火口丘群の生成に関する新しい視点」は新しい研究の紹介であるが、まず図面(左上:生成史平面図)を見よう!。ここから駒ケ岳の頂上駅が見えるが、この図面ではKoと書いてあるところは駒ヶ岳であり、隣にJi陣笠山が正面のところで、その向うの雲のかかり始めたのがKm神山の角が見える。Ftの二子山、その隣のYSと書いてあるのは新期外輪山YoungerSonmerの略であるが屏風山である。
 図面(中右:中央火口群溶岩名)は黒く塗りつぶしたのは駒ヶ岳の溶岩流である。今霞んできて見えなくなっているが、いくつかの溶岩の流れの一番表面の三つの流れが見える。どの隣に箱根園溶岩があって重なるように陣笠山溶岩があるが左手の今下側の雲の上にはっきり頭が見えるのが陣笠山である。幸いにも今は良く見えるので観察しよう。
山下学芸員の話1253〜1310
真田浜にて、ビンゴの賞品の論文など解説し、ビンゴ8問の問題とヒントを示す山下学芸員(左)。
尚、右は資料を纏めって下さった新井田学芸員。背後は、笠間学芸員親子。[13時02分撮影]
 8番の問題―なんで溶岩流のことが解かるかと言うと、地形で解かるのである。地形を見ると火山地形はたかだか9万年かかっていないから、変わっていないのである。あすこに溶岩があったあすこに一枚あると解かるのである。昔から地形学者が見れば解かるのであるが、大体こんなものがあると解かるのであるが、最近地質学者もやることが少なくなってきて良い研究対象を探すのは大変のようである。従ってそうすることで、細かい溶岩流の名前を付けたりしている。従って山下氏は溶岩の化学組成・溶岩の持っている既成の成分を調べていると紹介。日本大学の高橋直樹先生の学生もこれらを調べている。また今、見えている中央火口丘の石は全て安山岩で出来ている。
 SiO2―56〜63%、安山岩の中でも中央火口丘の中でも見分けが難しいが、駒ヶ岳の黒く塗りつぶしたところはニオブNb=Niobiumという元素が高い。これは一寸異常である。普通の箱根の溶岩であればニオブは2ppm以下。駒ケ岳については3〜4ppmである。駒ケ岳だけはニオブが高く回りは低いのである。
 そもで、問題、ビンゴ8、二子山(SiO2―58〜60%+)と駒ケ岳(SiO2―56〜58%)についてであるが、溶岩を区分するのはSiO2の含有量であるが52%より低いのは玄武岩とか高ければ流紋岩とかSiO2で区分している。問題は駒ケ岳と二子山ではどちらがSiO2の量が多いか?これは考えてみれば簡単なことである。この辺の山がハワイの山、或は伊豆大島の山がどいういう形を作っているか昭和新山がどういう形を作っているかを考えれば、駒ケ岳と二子山とでSiO2がどらがSiO2が多いか直ぐ解かるであろう。Ansは二子山である。〜1302。
 尚、屏風山の溶岩はSiO2は70%近いのである。よってあういうフラット面が出来た。その他温度が高いとか水蒸気の多寡にもよる。
 前の頁、10頁、[ご存知のように箱根火山はもともと2700mの山であったが中央が陥没して出来たのであるが、最近は、沢山の成層火山の集まりであったというのが最近の研究であるが、その岩体を集めたいのである。今日、このコースを見ていくと丸岳の岩体。深良岩体。山伏峠岩体とか海ノ平岩体とかがこの湖畔沿いに出ている筈である。それを叩いて見て歩いた。結構、石のバリエーションはあるようだ。これらも気をつけて見て歩くと面白い]と紹介があった。  
1310再出発(55休憩した)  1328ビンゴポイント7−gである。ここの目的は屏風山を見ることである。赤い素敵なの建物は岩崎弥太郎男爵(三菱財閥の創業者)の別荘であった。今は山のホテルでツツジとシャクナゲが見事である。左手の方に緑青の生えたような建物がある。プリンスの竜宮殿というホテルである。山のホテルは二つありヒルトップで赤い屋根の裏にあるのが二子山である。二子山は歩く間に大分変わってきている。二子山の変わりようを覚えておこう。左はアンテナの沢山ある方は上二子山、右は下二子山神奈川県が鉄条網を張って入山禁にしている。多分来年は溶けると思う。 ハコネコメツツジの群生地で保護のためてあった。左はNTTが作ったかつての中継基地である。東西を結ぶ中継地であったが今は用はなしていないが施設だけが残っている。箱根の問題である。どうやって自然に戻すかが問われている。
 そこに箱根ホテルが見えるが、脇に島が見える。200年前の古い地図の地図には沖ノ島という島があった。今湖面下4mである。地震のあかしの箱根町断層の裏にあり、その断層と平行な断層があり、地震の度に、丹那断層の続きであるので、その活動の度に沈んでいっているようである。あの沖ノ島である。上に建物がある左の方である。尚、昔の思い出の地図には載っている。
 筆者注:大変関心があるので後日調べてみよう!  
1337梢越しに二子山方面を展望。写真撮影。
湖頭を遠望。[13時38分撮影]
1337展望良し。写真撮影。
湖頭を遠望。[13時38分撮影]

 1343白浜が左手に見えてきた。

 1345豆相大震災碑前にて。豆相大震災殉死者の記念碑である。/h735m。
豆相大震災殉死者の記念碑。[13時46分撮影]
 ここは昭和5年に地震があった。このときに、ここは御料地であった。今の営林署になるのであるが、その御料地の造林の飯場があった。豆相大震災でその造林小屋が地滑りの直撃を受けて殉死者が多数出たのであった。その場所である。下は珍しく砂浜になっている。ここは何とかの鼻に対する窪地である。ここは表層が落ちている。この辺では狢窪と呼んでいる。窪とは駒ケ岳山頂から見ると年々はっきりしなくなってくるのであるが、それでも未だ流れて地滑りをした痕が薄い黄緑の植生で覆われていて周りとはっきり区別がつく。こういう日が経っているので殆どの人は知らないのであるが、芦ノ湖の成り立ちを考えるのにとても大事なことである。ここから狢窪を中心に土砂が板へ流れ落ちたのであるが、ここにS字状に流れて来た。この上は海ノ平である。白浜の上も同じところにいくのであるが、梅ノ平は「海の平」と書くが、昔からグジュグジュした、腫物の生膿(うみ)が出たところ、この上がそういう汚いグジュグジュしたところである。つまりここも一つの断層面である。そういうところから滑ってきてこういう浜を作る、窪を作る。そういうことが考えられる。〜1350。尚、観察するのに、表の目と裏の目とは全然違う。両方見ることが必要である。
湖尻方面を見る。[13時51分撮影]
 1353箒ヶ鼻通過。6−d。箱根神社は直ぐそこに見える。

 1357奥の方が屏風山。手前の方が堂ヶ島。
湖頭尻方面を見る。[13時57分撮影]
湖尻方面を見る。[13時58分撮影]
 建物は記念館で2階建てで、地震のことも書いてある。かつての昭和5年の図相地震の起こる前には日本館と西洋館の2つの建物があった。日本館の瓦葺の大きな建物はその時に崩壊した。その時の管理者は寝ている時にそのまま湖に落ちていったという。その後に瓦屋根が落ちたという。奥の方が屏風山である。その間のとこに箱根町断層が通っている。その箱根町断層は丹那断層の箱根断層の延長である。その先はどこに行くか。人が住んでいるから明瞭には言えないが1号国道と二子山と駒ケ岳の間を抜けて行くであろうと思われる。そうすると小涌園のあたりを通ってどうなるかな!と。この断層はとても大事な断層で箱根の火山活動とされているもう一つの要素は二つあるがその中の一つの大な断層である。資料の最後の頁という平行した断層がある。資料「箱根火山の活動と周辺地域の地学的かかわり」に書いてあるように、丹那断層と平山断層が中央火口丘で先端が互いに平行し、お互い左横ずれ断層のために中央火口丘のところが常に引っ張られて穴が空く。その穴のところにマグマ活動が起きて今でも、ごとごと言うのである。その断層は何かというと丹那・平山断層と1本で書いてあるが、以前に伊豆単成火山の巡検は雪で引き返し、スイセンを見に行ったことがあるが、ここに単成火山が入ってきて矢印の方向に向ってこの国府津松田断層に向って開いて行く。開いて行くために共役断層というが横にづれる断層・実はこの箱根町断層である。 [共役断層=横にづれること]
従って心配している大きな矢印で向うに進んでいくとここの国府津松田断層に歪がたまるから大きな地震が来るのであるが、箱根の火山活動も、それに係わっているのである。
 更に、最近の研究では単成火山が活動しているが、その前の時代には、その単成火山は箱根にあったのである。箱根の古期外輪山活動というのは全部今の伊豆の単成火山と同じような活動をしていた。ここにあった活動が今、南の方にジャンプして伊豆単成火山を作っているのだという。よって箱根の単成火山はかつての伊豆単成火山が今のような姿になっているのである。その地形が見えるのが堂ヶ島の裏の山のところであるが、そこは今日の解散地点であるからこれから行くが、ここから良く見えるので解説した。
 今まで芦ノ湖を挟んで湖尻と湖頭の間でそういう事件が起きている。昼休みのところは、この穴の中のことである。なかなかロマンに満ちているので、箱根ロマンチック街道と言えよう!と解説があった。
 1403ロープのある崩壊箇所通過。ミニ逆杉が出来そうなところである。
1415「芦ノ湖西岸歩道」の標識を見る。
 1419ゲート通過。ここまで車は入れる。/h730m。  1420休憩1430。トイレあり。地点の標識撮影。2001の箱根巡検のとき紫の煙を見た。これも地震活動のものであった。ニ酸化硫黄のガスであった。それで2001年は本当に危険であった。あの時は温泉ボーリングが暴発してくれたお陰で圧力が抜けて良かった。ガスは2月続いた。木が枯れたところが見えるが小さい噴火孔がある。大涌谷の文献にある小林さんが調査しているがOw1、2、3とあるがどこが出口か解からない。多分その辺だろうと!。
 1434ここは函館。虻田町。箱根と虻田町は同じ火山で兄弟同士である。襟裳岬。知床岬。・・・東屋通過。
 1437/h775m。創作ひろばとある「箱根やすらぎの森」とある手前。ここで芦ノ湖西岸歩道は終わった。富士山はガスって見えない。ここから△に見えるのは三国山である。駒ケ岳が見える。  ここには丹那断層から分かれた断層が入ってきている。 馬子付山とか川入の集落がある。ここはモミの木が立ったまま200m豆相地震とき流されて滑ってきた場所である。万福寺と本元寺という二つの寺が小さな丘を挟んであるがその間に断層崖が出来て今では幅1.5mぐらいの坂道になっている。 箱根断層が通っている。はっきりしないが、ある時期の地質図には新期外輪山から落ちてきたものであるとしている。これが沖ノ島でもう一つ段差があって、かつては湖の上にあったという。花を見ながら歩くのも良いがそういう視点で歩くのも良い。青いのは集落の色である。
 1443早川これから渡るが、明神川がある。沢入というところ常に流れている川がある。もうひとつ芦川がある。
 1450再出発。
 1504箱根五宿のこと。一つは小田原側、一つは三島側が負担をしていた。ここは芦川と言いあすこに石畳が見える。ここから石畳になって箱根峠に抜けている。そこには石塔石像群がある。宿の一番外側に作るものがあの辺にある。庚申塔とか子福地蔵とか首のないものもある。ここが東海道最後の芦川というところ=「あしがわ」という。これが早川の源流の一つである。/芦川橋があるが恩賜公園に持っていった。バス停の近くに明神川もあり早川源流の一つであり沢入集落までいっ
ている。そういう地形である。/h730m。〜1505。
 1505
 1510箱根町芦ノ湖湖畔に着く
 1515解散。

=以下工事中=

この項 了


 特記事項:
2006_10_14芦ノ湖火山ウオッチング
家0700=向丘遊園0716=特急=0827箱根湯本0837=0940白百合台1000―1015湖尻1037―深良水門1100―芦ノ湖西岸歩道を歩き箱根火山巡検―=1515箱根町バス停1530=1630箱根湯本1648=1748町田1752=1815向丘遊園1820=1830家
白百合台から箱根町バス停までの休み=22+3+昼55+豆相5+10+やすらぎ5=1:40
∴1515-1037≒4:35‐1:40≒3:00/昭文社は約3:20よって相当の早足だった。

[ =早田周辺の地層=] [ =粟久保の関東ローム層=]
[ トップページへ] [ Sのトップページへ] [ =地質観察会=]