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三宅島巡検―2000年の噴火の跡を見る―
==三宅島巡検―2000年の噴火の跡を見る==
==三宅島巡検―2000年の噴火の跡を見る==


三宅島、―2000年の噴火の跡を見る― 平成18年3月17日(金)〜19日(日))

 日曜地学の会埼玉支部主催、早春の三宅島・日曜地学ハイキング―事前勉強―  

 第1日目(金)2006_3_17(金)21時00分竹芝桟橋集合^^^さるびあ丸^^^3月18日日(土)5時10分三宅島三池港着。
[ 三宅島巡検第1日]
  
 第2日目(土)2006_3_18(土)港=(荷物を置き朝食休憩7:00・朝食8:30出発)=島内見学(レンタカー)=17:00民宿(学習会、懇親会)。
[ 三宅島巡検第2日]
  
 第3日目(日)2006_3_19(日)民宿=島内見学=13時00分レンタカーを返す=13:30三池港(待機)=1420発^^^さるびあ丸^^^竹芝桟橋21時00分竹芝解散。
[ 三宅島巡検第3日]
  
   三宅島巡検のポイントを要約し、後学のために保存しておく。

 尚、文・写真は*産業技術研究所*、地質総合センターのHPや東海汽船のHP等参照し、事前勉強のため資料やHPより抜粋した。

 尚、「写真等の掲載は*印、東宮昭彦氏 [a.tomiya@aist.go.jp](独立行政法人)産業技術総合研究所、  地質調査総合センター地質調査情報センター地質調査企画室 〒305-8567 茨城県つくば市東1-1-1 中央第7、TEL:029-861-3950 / FAX:029-861-3672。
[http://staff.aist.go.jp/a.tomiya/tomiya.html] の了解を2006_2_27に得た。」

      先ず、三宅島案内図を調べてみよう。

 写真は東海汽船より。三宅島案内図(2007_2_22準備のため送付して貰った)
 写真は東海汽船より。三宅島観光マップ(2007_2_22準備のため送付して貰った)

      続いて、三宅島を写真を見て頭に入れておこう。
 写真は産業技術総合研究所、地質調査総合センターのHP三宅島空撮のカルデラ及び主火口の写真である。
( 三宅島空撮[以下同じ] 2004_11_16の11時頃、産業技術総合研究所 東宮昭彦氏撮影より、 左右2枚を合成した)

 写真は産業技術総合研究所、地質調査総合センターのHP三宅島空撮の三宅島全景を東南東から見る。
(三宅島空撮2004_11_16の11時頃、産業技術総合研究所 東宮昭彦氏撮影)

写真は産業技術総合研究所、地質調査総合センターのHP三宅島空撮の三宅島全景を南東の海上から見る様子。
(三宅島空撮2004_11_16の11時頃、産業技術総合研究所 東宮昭彦氏撮影)

写真は産業技術総合研究所、地質調査総合センターのHP三宅島空撮の三宅島全景。
(三宅島空撮2004_11_16の11時頃、産業技術総合研究所 東宮昭彦氏撮影)
左端に見えている筒のようなものは、COSPEC(火山ガス観測装置の先端部分、また右端には三宅島空港が見えている。
三宅島空港、特にその半分は高濃度の火山ガスがしばしば流れているとあるが、現在はどうだろうか)

 三宅島の成立を後日調べたい。


[事前勉強1]
 「2000年三宅島噴火における東京都の対応と研究者の関わり」 [www.dpri.kyoto-u.ac.jp/~kazan/coe_ws/08.pdf] という笹井洋一氏(東京都災害対策部)・宮崎務氏(東京都防災顧問)の論文を読んだ。今回の巡検にあたり、頭に入力しておきたい事項を抜粋させて貰った。尚、宮崎務氏の以下の内容は昨年、講演会で拝聴したことがある。
 2000年の三宅島の噴火は、20世紀に起きたそれ以前の3回の噴火体験を踏まえある程度の事前準備がなされていたが、
〕汁曚気譴討い深_麒火より早く、2000年6月26日に突然始まった。
▲泪哀泙寮省海域への貫入に刺激されて、神津島・式根島・新島方面でM6クラスを含む強震の群発活動が起こり、流紋岩質火山の噴火も憂慮される事態となった(幸い8月末までに地震活動は終息に向かったが、大きな地震災害と主産業の観光事業に壊滅的なダメージが残された)
7月8日山頂陥没事件の後、山頂噴火が発生し、7月26日以降、堆積した火山灰と大雨により泥流・土石流という三宅島の過去の火山災害とは異なる被害が起きた。
8月18日と29日の噴火はそれまでに4回の噴火と比べて全島規模で噴出物による被害をもたらし、全島民の島外避難を余儀なくされた。
テ瓜に始まった大量の火山ガス放出により、住民は2年半以上にわたって島外での生活を強いられている。 2000年9月中は火山灰噴出を伴う活動が数回起こったが、結局大規模な噴火には至らなかったが代わって数万T/日に達する大量のSO2ガスの放出が続き、これが島民の帰島はおろか、防災要員の三宅島滞在さえ阻む最大の原因となった。9月4日から10月6日まで都が借り上げた東海汽船の「カトレア丸」夜間は宿泊し、日中に上陸して保安作業・火山観測などを行う「ホレルシップ」体制がとられた。尚、筆者らはこの「カトレア丸」でなく、「さるびあ丸」で、巡検当日乗船往復する。
2003年1月から週3回東京から直行便が寄港。
─峪安霤臧興基本計画」かある。
これは噴火災害からの復興を含みながら、三宅村が目指す「人と自然にやさしい健康で豊かな村」実現に向けた、帰島後10ケ年計画である。基本理念を。「生活再建」、「地域振興」、「防災しまつくり」の3本柱として、「観光産業」を実現のための経済的基盤である。
 今回の噴火が無かったとしても、三宅村の将来のため抜本的な再建策が必要であるとして、観光事業では島の豊かな農業・漁業生産物を味わって貰う「エコーツーリズム」を中心に、長期滞在・繰り返し来訪のお客を引きせる方向が目指されている。
 三宅島ではバード・ウオッチング、自然生態観察のためのアカコッコ館が運営されている。  火山観光は、今回の活動で出現した新八丁平カルデラは、火山ガスの危険が去った将来、その迫力で十分多くの観光客を引き付けると期待される。とある。

[事前勉強2]
 「日本の火山 新しい火山観を目指して―三宅島―」という宇都浩三氏(産業技術総合研究所)の 「ゑれきてる」 の「談」を読んだ。今回の巡検にあたり、頭に入力しておきたい事項を抜粋させて貰った。
 三宅島は海上部分が直径約9km、海中部分を含めると約25kmの伊豆小笠原弧の火山フロントにある比較的若い活火山である。
 三宅島は過去500年間、山頂での噴火は無かったが最近は規則的にほぼ20年間隔で山腹割れ目噴火を繰り返していた。
 それは、2000年6月26日気象庁三宅島測候所から「緊急火山情報」が出され島西部の阿古地区で地表に盛り上がりや割れ目が生じた。翌日に阿古の西方沖で海水が茶色く変色し、海底噴火が起こった。
 7月8日に水蒸気爆発、翌日、直径800mにわたり山頂が200mほど陥没しカルデラが形成された。2ケ月間山頂の陥没が続き450mの陥没、直径1.6kmにまで広がった。
 ところが火山灰などの噴出物がほとんどなく、陥没したことは従来の火山学では考えられないことであった。これは、山頂がなくなったから陥没したのではなく、火山の内部の深いところが無くなって落ちたと言うわけ。もはや、三宅島噴火の過去の経験から説明できないので、地震現象、地殻変動、それから重力変動、噴出物の調査、火山ガスの現象観測データから、地下で何が起こっているかモデルを立てて解釈した。
 更に予期しなかった大量の火山ガスの噴出あり、現在まで続いているとのこと。ちなみに私達の巡検観察には状況によりガスマスクを使用となっている。(2006_2_26現在)
 2000年8月18日今回の火山活動で最大規模の山頂噴火が起こった。噴煙は高さ15000mにも及び、全島に降灰があり、海岸まで噴石を飛ばし、大量の火山ガスを放出した。以降、三宅島は小休止をしたが噴石物は無いが徐々に火山ガスが増えた。また8月29日に火砕流があった。
 火山ガスにはSO2、H2Sなどの有毒ガスと水蒸気、CO2なども含まれる。この由来は地下のマグマ由来であると火山ガスや噴出物の化学成分の調査で解った。
 火山活動の影響が生活圏にも及ぶようになり9月1日全島の住民が避難した。避難解除になる2005年2月まで実に4年5月の長きに渡った。
 2000年12月には23万トン/日と記録的な火山ガスは放出され平均数万トンが長きに渡って放出された。これは世界の火山でも初めてという。
 火山ガスの測定にはNOX、SOXなどの大気汚染を測定する機械が開発された。COSPE(紫外線分光吸収計)は太陽光の紫外線が噴煙を通過する間にSO2を吸収される量を測ることが出来る。ヘリコプターに搭載し上空からも観測出来る。今、人口衛星からの画像を利用した火山ガスのリモートセシング(遠隔測定)が出来ると言う。更には手のひらサイズのDOASで火山ガス測定精度も良くなった。いずれにせよ、これらの分野は火山学のフロンティアだという。
 火山ガスは何故出続けるか。
 火山ガス研究は遅れていた火山学にとって、今回の三宅島噴火の最大の問題は、火山ガスの放出が何時収まるか。止まるのか。
 火山ガスが出続けていけるのは、いわば、ビールの栓が抜けた状態で、火山がビン、マグマがビール、火山ガスが炭酸ガスCO2だという。マグマが三宅島の外へ出て行ったにも拘らずガスが出るというのは、横への流動は止まっているが、新しいマグマが下からまだ供給され、ビンの中をぐるぐると対流しているということである。
 三宅島の深部は丁度魔法瓶の中のお湯のようにマグマが対流してバランスが取れている状態である。(素人の筆者にも大変良くわかりました)8月18日の噴火で山頂付近がぐさぐさに壊れガスが自由に上がってこれるくらいの隙間が出来て、栓の役割が無くなった状態だと言う。どんどん下から新しい炭酸入りのビールが上がってくるのに栓が開いているから、ガスはどんどん外に出る。
 ゆっくりマグマが対流しているので延々とガスだけ抜けている。今、ガスの噴出状況から判断して、マグマの供給も増えることがなく定常状態になったので、徐々にガス噴出は落ちついていると考えられ避難解除がされたという。
 火山ガスは何時止まるか。
 〆のぐさぐさの栓の隙間がガス成分などによってセメントされるような形で埋められてしまう。
 ⊂紊って来たマグマ自身が固結してしまう。かであると言う。
 写真は、大変勉強になる図ですので、 三宅島火山マグマプロセス簡略図 の原図より写真撮影したもの。
 今までの三宅島は割れやすい若い火山であった。若い火山の場合、成長が早いので、どんどんマグマが上がってくる。そのマグマが火山の中で止まって冷え固まってしまうマグマが多ければ、お餅のように膨れる。このマグマがあちこちでたまると、表面積は変わらないので、お餅で言えばプーと膨れ表面がバッリと割れて中の餡子がビューと出る。これが三宅島の山腹噴火の多かった原因である。
 今後は、山腹噴火を繰り返すという経験則は通用せず、山頂へ向かうマグマの通路が今回の噴火で出来ているので、山頂噴火の可能性は残されいるという。
<2005_06>付け。(以上、大変勉強になりました。以上を頭に入れて、現地の巡検に参加します―筆者2006_2_26)

[事前勉強3]
 東京の自然をたずねて[新訂版]1998_5_1新訂版第1刷より。
 192頁に図116三宅島の案内図がある。これより写真撮影したもの。
 今度の三宅島は2000年6月26日に突然始まったのであるから、この案内図と現在とを現地で違いがどのようにあるだろうか。
 三宅島は伊豆大島と同じように活発な火山活動を繰り返し行っており、伊豆諸島の代表する火山島の1である。島全体が噴火で生じた玄武岩質の溶岩や火砕岩が分布しており、火山地形を見学するのはもってこいの場所。とくに、1983年の大噴火による傷跡などが、今も生々しく残っており、火山噴火の驚異をこの目で確かめることが出来るとある。
 また、島々にはスダジイやタブなどの原生林が広く分布している。この中で珍しい野鳥も観察出来る。とあるが、今回はどのような景観や自然に遭遇するだろうか。


(この項 了)

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