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地質観察会です
==地質観察会 ==

==地質観察会==
◇A.P.とT.P.◇JSAF日本活断層学会ー◇JSAF日本活断層学会100景入選記録2007年までー◇神奈川地学会ー◇Gsj・地質調査総合センター◇日本シームレス地質図◇地質図Navi◇地理院地図◇地図作成マニアル◇電子国土Web

◇最後の地磁気逆転地層、チバニアン◇地学雑誌、2017 126巻 5号◇2017 126巻 5号 テフラ編年と 14C年代に基づく鹿児島湾奥,新島(燃島)の 海成堆積物の編年とその意義、松島義章ほか、 宮田台地宙と緑の科学館 堀内弘栄の生田緑地の地層研究参考・20180609箱根火山OFF会


平成30年地質観察会・講座等―。
181117長沼層― 180930関東ローム層研究― 180505荒崎巡検― 180415飯能巡検― 180228箱根巡検― 180224厚木市七沢― 180217地球博・公開講演会― 180212三浦半島中部― 180201相模原台地の研究― 180124県博友の会地話懇話会
平成29年地質観察会・講座等―。
171209_10銚子ジオパーク― 171024「地球を剥ぎ取る」を観る― 171015大磯丘陵の地質を巡る― 170716鷹取山から池子― 170521横須賀地滑り跡― 170319秩父― 170316大磯丘陵― 170211江ノ島・境川― 170211江ノ島・境川
平成23~29年地質観察会・講座等―。
170211江ノ島・境川― 161015西丹沢― 160903丹那断層他― 160827箱根火山と浅間火山― 160608第5回国土地理院報告会― 160417火山の会OFF会― yyo
160306早春の地形地観察会・川崎― 160305石展へ― 160213大磯丘陵― 160131国府津松田断層― 160124加治丘陵
151220元荒川・古隅田川周辺― 151205高尾記念市民公開講座― 151128西丹沢の深成岩・変成岩― 151112国土交通省・箱根― 151028地話懇話会2― 150919火山研究― 150807地球磁場逆転期の地層― 150803伊那谷研究― 150722県博・友の会地学G地話懇話会― 150719小川町・板碑の採取地を歩く― 150706ふじやま研究― 150621熊谷― 150426酒匂川水系の段丘礫を観る― 150426地滑り地形・地質― 150321毘沙門海岸― 150305平潟湾周辺平潟湾k ― 150221三浦半島南部― 150118中・古生層― 150105地学研究
141221仏子層 141129<丹沢> b 140903_4<南信巡検> 140823<愛川町郷土資料館見学会> 140322<かわさき宙と緑の科学館> 140316<><秩父> 140305鎌倉巡検<神奈川県自然保護協会> 140302葉山巡検T<神奈川地学会> 140222<かわさき宙と緑の科学館> 131215狭山丘陵 131124江戸川のスーパー堤防 131018沼珊瑚層を観る 131005大山亜層群巡検 0921_1130河原の石から神奈川の地質と成立を探る 130615神奈川地学会総会・講演会 130601箱根火山 130501渋沢丘陵 130427駿河小山 130317霞川低地と加治丘陵 130306鎌倉・横浜南部地質観察会 130223生田緑地観察会 130208第3回震災予防講演会 130127日本古生物学会普及講演会 130119神奈川地学会 130216氷取沢 121117中央火口丘から箱根を俯瞰する 120926大涌谷へ 120904箱根を歩く 120825~28白滝geoparkへ 120811等々力渓谷観察会 120708県・保全センタ―、自然保護講座13時30分から 120707神奈川地学会総会兼巡検13時30分から 120616_8 丹後へ。 120503 山北周辺。 120324 湯河原火山。 120318 秩父ようばけ。 120307 相模川観察会。 120307 相模川。 120204 駿河小山、積雪中止。 120128 早川水系(10)積雪中止 111217 一夜城から小田原城へ geop111120_120108箱根ジオパーク 下仁田ジオパーク 111112 鎌倉浦郷層 111105 神奈川地学会 111020 石神井川の地質 東濃の地質 110918 奥秩父の地質 高山不動尊周辺の地質 南の海の火山島だった丹沢 秩父札所27.26.12周辺の地質 平塚博物館 110423_ 箱根火山、雨天中止。 == 110417_ 所沢・小手指ヶ原 == 110306_ 火山学は今!―東大、冬の公開講義 == 110320_ ようばけ、雨天中止 == 小柴層 == 20110220東京軽石 == 20110205_6伊豆 == 20110116矢颪凝灰岩
平成22年地質観察会・講座等―。
== 201010121秩父河岸段丘 == 20101113小仏 == 20101023城ケ崎 == 20100829荒川源流 == 20100821_22富士学会
== 20100610枕状溶岩(内村川) == 20100604~6阿武隈高原から磐梯へ == 20100522根尾村産あやめ石 == 20100522石山寺の珪灰石 == 20100508丹沢の枕状溶岩 == 20100501御殿峠礫層 == 20100430葉山・芝崎海岸 == 20100418武蔵野台地北東縁 == 20100417葉山・芝崎海岸 は4月30日に雨天順延になった == 20100404石垣山 == 100402第四紀のこと == 100331生田緑地地質の研究3 == 100314立川断層 == 生田緑地地質の研究2 == ―p― == ―2010303地震予知シンポ― == ―sa― == ―ta― ―==20100213 駿河小山周辺へ露頭現場悪化中止となった ―==20100105 生田の地質研究へ
平成21年地質観察会・講座等―。
== 箱根町火山防災マップへリンク
==20091226 生田の地質研究へ ==20091223 箱根火山6.6万年前の大噴火と謎 ==20091205 晩秋の地形地質観察会 ==20091128 早川水系の自然観察会 ==20091024 神奈川地学会巡検 ==20090607 地団研神奈川支部総会 ==20090607 三浦半島南端へ ==20090607 三浦半島荒崎、三崎層を再確認へ ==20090425雨天中止、 三浦半島芝崎海岸へ == 火山がつくった伊東の風景へリンク ==生田 090221多摩ローム層 == 090207~8南房総 == 090202浅間山火山灰の観察 == 090115南房総、大房岬の地形・地層の観察==
平成20年地質観察会・講座等―。
== 081218~20南紀の地形・地層の観察== 080927~1108県博、講座== 081123丹沢層のある谷太郎川を歩く== 081103小浅間山へ== 081026伊豆白岩有孔虫化石へ== 080823浅間火山へ== 080730東大地震研一般公開へ== 080728パソコンで箱根を見るへ== 080726産総研特別講演へ== 080510〜11箱根火山巡検== 080207(仮称)小田原・箱根ジオパーク講演会==
―平成18〜9年地質観察会―。
071215大磯丘陵の東京軽石、〃軽石流を見る== 071204再び、大室山と城ヶ崎海岸へ== 071201三島溶岩を見る== 2007_11_08酒匂川、上流・中流・下流・汽水域を見る== 2007_09_21東レ科学講演会、プレートの沈み込みと行方== 2007_09_2岩殿山・猿橋峡谷・上野原河段丘巡検== 2007_07_24~25糸魚川フォッサマグナと立山カルデラ== 2007_07_16信州・富士見周辺の地質== 2007_05_26上田・半過岩鼻の地質== 平成19年5月19日丹沢巡検== 平成19年4月21日、三浦半島・南下浦断層帯を歩く== 平成19年3月17~18日、埼玉巡検へ== 平成19年3月4日(日)茅ヶ崎下寺尾の地層へ== 平成19年2月12日(月祭)三浦半島の活断層へ==
平成19年01月27日(土)秦野盆地・市木沢テフラ観察会
平成18年12月16日(土)大磯丘陵テフラ2観察会

―東大地震研究所―。

平成18年11月24日(金)東大地震研究所一般公開&公開講義
恒例、一般公開と講演会:映画「日本沈没」に見る30年間の地球科学の進歩、等。
―鉱物採集会―。

平成18年11月23日(木/祭)塙町長久木鉱物採集会
塙町長久木は阿武隈の古期花崗岩分布域にある場所。
―猿島の地層―。

平成18年11月18日(土)猿島の地層を見る
東京湾に浮かぶ島、横須賀の猿島にての巡検。
信州―長野市の天然ガスと天然石油―。

平成18年10月28日(土)日本列島の成立と天然ガス資源
長野県松本市から長野市の天然ガスと天然石油の出る露頭観察会。
大磯―箱根火山地形ウオティング―。

平成18年10月14日(土)箱根火山地形ウオティング
神奈川県生命の星 地球博物館友の会の行事。
―大磯丘陵テフラ観察会―。

平成18年9月23日(木)大磯丘陵テフラ観察会
神奈川県生命の星 地球博物館友の会の行事。


―鷹山遺跡群の黒曜石を見る―。

平成18年7月23日(日)長和町・鷹山の黒曜石を見る
長和町・鷹山の黒曜石を見る。
―神縄断層のある皆瀬川を歩く―。

平成18年7月2日(日)神縄断層のある皆瀬川を歩く
神縄断層のある皆瀬川を遡上し、アオサンゴを求めて歩く。
―上高地地質観察会―。

平成18年6月16〜18日(金〜日)山の自然学クラブ信州講座と上高地パークボランティア
槍・穂高連峰は超火山だった。上高地の火山カルデラ縁を歩き、その証拠を検証する。
―神津島観察会―。

平成18年6月3〜4日(土〜日)神津島観察会
日本山岳会の行事の、神津島の観察会に参加した。
―富士山特別巡検―。

平成18年5月27〜28日(土〜日)富士山特別巡検
神奈川県生命の星 地球博物館友の会の行事の、富士山特別巡検に参加した。


―箱根白銀林道巡検―。

平成18年4月22日(土)神奈川県生命の星・地球博物館友の会地質観察会
箱根白銀林道の巡検に参加し、箱根外輪山溶岩の観察をし、箱根火山初期の火山活動を考えた。
平成17年4月23日(日)神奈川県生命の星・地球博物館友の会地質観察会
真鶴半島の巡検に参加し、箱根火山や真鶴半島の成り立ちを考えて見た。


早春の三宅島―2000年の噴火の跡を見る―。

 三宅島は2000年に水蒸気爆発や、弱い火砕流が発生し、全島民が避難したことは、記憶に新しいが、その災害から約5年経った昨年5月から、やっと観光が許可された。有毒な火山ガスの放出は現在も続くが、ガスマスクを携帯しての巡検となった。
平成18年3月17日(金)〜19(月)―三宅島巡検― 一部工事中


地球深部探査船の挑戦。

独立行政法人海洋研究開発機構/神奈川県立生命の星・地球博物館共催の公開講演会に参加した。
平成18年3月4日(土)―地球深部探査船の挑戦へ― 一部工事中


三浦半島の断層群。

三浦半島活断層調査会の講演会に参加した。
平成18年2月5日(日)―三浦半島の断層群へ― 一部工事中


ヒマラヤ山脈の形成とモンスーン気候の誕生。

山の自然学クラブ講座:モンスーン気候は何時、始まったか?の講演会に参加した。
平成18年1月28日(土)―ヒマラヤ山脈とモンスーン気候の誕生へ― 一部工事中
平成18年1月28日(土)―ヒマラヤ山脈とモンスーン気候の誕生―その2へ― 一部工事中


丹沢山塊の大山亜層群を検証する。

丹沢山塊の大山亜層群の凝灰岩から産出する大型有孔虫ネフロレピジナなどの観察に参加した。
平成17年12月11日(日)―神奈川地学会「東丹沢・宮ヶ瀬周辺の丹沢層群観察会」― 一部工事中


日本列島の骨格/基盤岩を検証する。

日本列島の骨格の基盤岩について考えて見た。
平成17年10月15日(日)―信州大学理学部地質科学科公開講座 粛学部12番教室にて―
平成17年10月29日(日)―信州大学理学部地質科学科公開講座◆輯阜県各務原市や七宗町へ巡検 (工事中)


平成17年8月27〜28日(土〜日)爺ヶ岳巡検。29日(月) 高瀬ダムと新高瀬川発電所を見学。

平成17年8月27〜28日(土〜日)山の自然学信州講座―爺ヶ岳巡検―
北アルプス爺ケ岳周辺の黒部川花崗岩と爺ヶ岳火山岩について考えて見た。
平成17年8月29日(月)―高瀬川上流・高瀬ダムと新高瀬川地下発電所を見学―
5月29日の高瀬川の岩石と大峰山地の巡検で、どうしても高瀬川の上流を見たいと思い行って見た。


平成17年8月20日(土)秩父鉱山(日窒鉱山)周辺の鉱物採集と観察会。

 日曜地学ハイキング「奥秩父に光輝く石を求めて」に参加した。 ―秩父鉱山の鉱物の採集と周辺の観察会―
下記クリックすると更に詳細な観察会の巡検記録や写真等が見られます。
秩父鉱山の鉱物の採集と周辺の観察会などへ。

平成17年7月23〜24日(土〜日)群馬県の山・鹿岳に登る。

 中央構造線は諏訪湖から八ヶ岳の下を通り関東の下仁田に抜けて埼玉県を通過して大洗海岸方面に通じていると言う。下仁田は筆者の帰省で良く通過するが、下仁田の中央構造線やその周辺の山は荒船山と妙義山の一部位で登山経験は無かった。
 下仁田周辺の山々はクリッペであり、また元、火山も多く、地質学的に大変関心がある。
平成17年7月23〜24日(土〜日)の初日は下仁田・鏑川・西牧川の中央構造線の見学や南牧川の石ころ採取など、翌日は鹿岳に登った。 ―中央構造線と鹿岳火山に登る―
下記クリックすると更に詳細な観察会の巡検記録や写真等が見られます。
鏑川・西牧川にて中央構造線の観察などへ。
群馬県の山・鹿岳の自然と登山へ。

―丹沢山地の地質と生い立ち―Word.docのリンクテストOK

平成17年7月26日(火)。JACで「丹沢山地の地質と生い立ち」についてトークすることになり、資料をテストで、一部、WordでHPが可能であることを確認した。尚、資料は別途作成した。
―丹沢山地の地質と生い立ち―
下記クリックすると詳細な本文や図表が見られます。
「丹沢山地の地質と生い立ち」へ。


平成17年7月3〜6日(日〜水)愛・万博の帰途、地学的観点で知多半島・渥美半島・伊豆半島を周遊。

平成17年7月3〜6日(日〜水)愛・万博の帰途、地学的観点で知多半島(中部国際空港、師崎港)・渥美半島(伊良湖・日出の石門)・伊豆半島(石廊崎・須崎半島・爪木崎・河津七滝・浄蓮の滝など)を周遊した。
―チャートや玄武岩、柱状節理など―
下記クリックすると更に詳細な観察会の巡検記録や写真等が見られます。
渥美半島/伊良子灯台や日出の石門のチャートを見る。
御前崎灯台周辺を見る。
伊豆半島/石廊崎灯台周辺を見る。
伊豆半島/須崎半島/爪木崎灯台と周辺の柱状節理を見る。
伊豆半島/河津七滝や浄蓮滝を見る。
 

平成17年6月21日(火)滝沢ダムの基盤岩を見る。

両神村、四阿屋山麓のハナショウブ園を見たかえり滝沢ダム展望所(管理事務所)に立ち寄りダムサイト基盤岩の標本を見た。
―基盤岩の標本へ―
下記クリックすると更に詳細な観察会の巡検記録や写真等が見られます。
滝沢ダムダムサイトの基盤岩の標本へ。


平成17年5月30日(月)辰野町横川の蛇石と浦の沢トチノキを見る。

平成17年5月30日(月)山の自然学信州講座の帰りに辰野町横川に廻り「蛇石」と「浦の沢のトチノキ」
を見た。


平成17年5月29日(日)高瀬川流域と大峰山地周辺の巡検。

平成17年5月29日(日)山の自然学信州講座
北アルプスと高瀬川の河原や古高瀬川の大峰山地について考えて見た。


平成17年4月23日(日)箱根真鶴巡検。

平成17年4月23日(日)神奈川県生命の星・地球博物館友の会地質観察会
真鶴半島の巡検に参加し、箱根火山や真鶴半島の成り立ちを考えて見た。


平成17年2月3日(木)富士山は4階建て。

平成17年2月3日(木)(財)震災予防協会、(特非法)日本火山学会講演会にて。


平成17年1月23日(日)東京板橋周辺・旧石神井川の地層露頭を見る。

平成17年1月23日(日)東京板橋周辺・旧石神井川の地層露頭を見る。


平成17年1月15〜16日(土〜日)伊豆大島巡検

平成17年1月15〜16日(土〜日)神奈川県立生命の星・地球博物館友の会主催の伊豆大島火山地質観察会。


平成16年12月19日(日)金勝

平成16年12月19日(日)地学団体研究会埼玉支部主催の金勝山周辺地質観察会。


平成16年10月30日(土)中央構造線を見る

平成16年10月30日(土)信州大学理学部地質科学教室の公開講座、日本列島の地質図を眺めたとき、先ず目に入るのは日本を縦断する大断層―中央構造線です。公開講座では、先ず、大鹿村中央博物館を見学したあと、野外で断層露頭を見学した。


平成16年11月27〜28日(土~日)西伊豆巡検
文・写真など1部工事中

平成16年11月27〜28日(土〜日)西伊豆巡検。
NPO山の自然学クラブ講座。講師:東京学芸大学教授小泉武栄先生。

平成16年11月27〜28日(土〜日)西伊豆巡検のメモと写真である。紹介しよう。尚、大忙しで、纏めた。脱落やミスは、おいおい直して行く。気づいた方はご連絡を!!。

 第1日目、平成16年11月27日(土)快晴。
 JR八王子駅南口0910出発。中央高速道路、東冨士五湖道路、東名高速道路経由で沼津に向かう。
今日は新潟は雪、伊豆は天気が良いが、風が強いかも知れない。
 岩殿山の解説。桂川の谷に出来た。大沢崩周辺森林限界は2900mである。
 西桂あたり通過中、左手に段丘が見える。これは小富士の泥流である。この泥流は、この谷を通り桂川を通り平塚まで流れ、遠くまで行った。 氷河時代の小冨士は3000m位でどかんと噴火したのではないかと思う。相模原台地の白い崖の高さ1mの粉っぽいのは小富士泥流である。
 上野原台地は2万年前のものだが、その下はこれと同じ小冨士泥流である。今の時代に当てはめれば凄い被害が出たであろう。2万年前のことであった。
 1130「11℃、富士五湖道路通過中、標高960m位。「11℃無風」と表示あり、今のところ小春日和である。右の車窓には快晴のもと秀峰富士山が青空に映えていた。

写真は富士五湖道路通過中秀峰富士山を展望。

 中越地震が大変である。昔の人は地震の地滑りを承知でそこに家を造ってきた。地滑り地の跡の棚田である。10a当たり500kgと収穫が良かった。これは海の泥などミネラル分が多く美味しい米が採れた。今の魚沼米が美味しいのはその為だ。地滑り起源の地で錦鯉など飼って来た。などなど。
 御殿場IC通過。1100駒止PA。標高360m。

 1150柿田川公園着。

写真は柿田川湧水群の案内図。

 富士山周辺は日本の多雨地帯の1つ。2000〜3000mm/年で22億トン、柿田川は国道1号線の清水町泉頭から14〜15℃の湧水が谷頭から300mに集中100〜200トン/日、W=20m、1.2km流れ、狩野川に合流している。地形図を見ると、富士山南東の降雨は、箱根山西斜面、愛鷹山東斜面で盆上に囲まれているので、やがては三島周辺に集まる。年降雨量は280万トン/日となり、蒸発散量60万トン、河川の流量80万トンを差し引くと、地下水量は140万トン/日だという。水の噴出口を見ていると白い3〜5cm大の軽石が吹き上げているが、これは2800年前に噴出したカワゴ平の軽石で、三島溶岩の末端から湧出した地下水は、その上にのるカワゴ平軽石層を突き破って湧水するため軽石を伴うという。
 柿田川の水はトリチューム年代法によれば、十数年の旅をしてきた湧水で、ほぼ一定の水量と水質を保つと言う。柿田川には、ミシマバイカモ、フサモ、ヨシ、ミゾソバなどの植物と、アユ、アマゴ、ウグイなどの魚がいる(コロナ社地学ガイド静岡県参照)。

 1200湧水群の観察と撮影

写真は柿田川湧水群の湧水状況。左は小谷戸からの円筒に守られた湧水。右は国道沿いの柿田川本流の湧水群を見る。

 1310再出発。1345葛城山、城山は火山だったことや、狩野川の33年水害は熊坂というところが氾濫し部落は全滅した・・・などの話を聞きながら、土肥中浜通過。

 左手に土肥金山がある。白浜層群でここに金が出た。

 1440黄金崎公園着。

写真は黄金崎の遊歩道入口にて。

 景勝・黄金崎とのことであるが、これは、風化した安山岩が黄金色に変化した珍しい変朽安山岩(プロピライト)にあると言う。
 変朽安山岩(プロピライト)は火山活動が盛んであった3500万年前・新生第三紀漸新世の頃に火山活動により安山岩の割れ目から熱水が進入して生成されたもので、それが長い間の風化により緑色・淡青色・黄色・黄褐色と変化し、現在に至っていて、昭和63年静岡県天然記念物指定。との表示がある。

写真は黄金崎の遊歩道展望台から富士山を見る。素晴らしい景観だ。

写真は黄金崎の遊歩道展望台から外海を見る。

写真は黄金崎の遊歩道展望台から白層群を見る。写真右はアップ写真。

写真は遊歩道展望台から硬そうな凝灰岩を見る。写真右はアップ写真。

写真はプロピライト。写真右はスケールと対比した写真。

写真は遊歩道の北斜面に咲くイソギクとツワブキの花。

 1540バスに戻る。

 1610三滝を見に賀茂村の三滝を歩く。天気が曇ってきて鬱蒼とした樹林のため薄暗い。滝見橋で滝を見て折り返す。手前に軍艦岩という巨大転石があり、祭られている。その転石の岩肌に蔓性のフウトウカズラ(コショウ科)へばりついていた。
尚、この辺は、北限だというシロヤマゼンマイ(ゼンマイ科)、ユキノネシダ(コバイノシカグマ科)、リュウビンタイ(リュウビンタイ科)やニセコクモウクジャク(オシダ科)などの群生地でもあるという。

写真左は三滝遊歩道の三滝を見る。写真右は、軍艦岩にへばりつくフウトウカズラ。

 1540バスに戻る。

 第2日目、平成16年11月28日(日)晴、

 今朝の海岸は「べたなぎ」という状態だ。遊覧船は出るであろう。
 堂ヶ島一帯は新第三紀白浜層群の白色砂質凝灰岩でつくられている。強い西風による荒波は凝灰岩を侵食して、地層の層理を浮き立たせて、海岸には、海食崖や海食洞を作っている海岸だ。
 0845堂ヶ島乗船場。0850〜0910洞窟めぐり遊覧船で見学。複雑なリアス式海岸と点在する小さな島々を縫うように進んで天窓洞の洞窟に入った。

堂ヶ島の乗船場にて。

写真左と中は新第三紀白浜層群の絶壁の威容。写真右は象岩といわれる白浜層群で出来ている小島。

写真左は海食堂洞窟に入る。上部は天窓洞と言われる。写真右は今入ってきた洞窟のある海食崖を振り向く。

 0915天窓洞近くの地層を見た。パミスが出ている。上部層赤い/中層はパミスで浮かんで沈むころにより出来た浮石質凝灰岩だ。
クロスラミナもある。/その下の層はマグマそのもので黒っぽい玄武岩質層。地滑りしたような地層もある。

白浜層群などを先ほど乗船して見た海食崖の上で地層を観察。岩の人たちは「山の自然学クラブ」の仲間たち。

白浜層群の崖肌。黒っぽいのはマグマ起源の玄武岩質溶岩か。

写真は白浜層群とアップ写真。左はパミスだ。中左は白浜層パミスと玄武岩質との境あたり。
中右写真は大粒の白いパミスがある。右は黒いマグマ起源の玄武岩質の岩肌。

ウバメガシの生育している遊歩道。

 トンボロを見る。干潮時、海の中から道が現れて三四郎島へ渡ることが出来るというトンボロが波で光っていた。

左はトンボロを見る。右は、現地のトンボロ現象の解説板。

左と中は内湾や回りの島々を見る。右写真は天窓洞を上から覗き込む。どうしてこのように穴があいたか。考えてみよう。

 1017〜1035御浜崎着、観察と考察。

御浜崎の地形解説板と内海の景観。

外海は防波堤で保護されているが、南からの潮流により円磨された50〜100cmの巨円礫が凄い
右は内海側内湾砂浜の黒松、植林されたものもあるというが、在来の巨木も健在である。

外海の巨円礫の様子と海岸の景観。

 1148バスに戻る。1150〜昼食〜1203。
 1250バス出発。

 1300ニホンアブラギリ群生地と看板を見て通過。
 1045土肥通過。17号へ入る。

 1308井田池が左手に見える。1310「ときめきの丘」手前にて写真撮影。1313井田の明神池とある。

井田の明神池。海岸側は潮流により塞がったものか。昔のトンボロ跡か。

 1316井田トンネル通過。延長406mとある。〃沼津市に入る。1320「吟蓮の碑」通過。

 1322入口鋭角のため、一寸直進してUターンで1227大瀬崎着。オニヤブソテツが生えている。大瀬崎のビャクシン樹林が有名。へんなところにカイブキイブキが生えるのはなぜ。ごろごろしたところにイブキが生える。イブキはパイオニア植物のためである。
1400カイツカイブキの御神木着。

大瀬崎の景観。左は大瀬神社の鳥居とビャクシンの森が見える。右はそれに続く森と右手に沼津アルプスが遠望された。

大瀬崎先端にある神池の景観。
大瀬崎の基部と大瀬崎神社の高まりに大瀬崎火山の溶岩と凝灰角礫岩が露出している。
火山本体斜面から浸透した雨水は、北に傾き互層する凝灰角礫岩や溶岩を割れ目を流れ、
被圧水となって神池近くの岩体の末端から湧水し、淡水池をつくっているという。
(コロナ社地学ガイド静岡県参照)。

大瀬崎のビャクシン植生図。

ビャクシンの巨木を見る。

このような巨丸礫にパイオニアとして入ってくるのがビャクシンだという。

 1500帰途に付く。130号を行く。1540長岡IC。1600 140号三島市内通過。1615池田氏富士山の植林の説明。8000本植えた。
 1620 246号、東名沼津へ。上石田通過。1430沼津IC。1640駒止PA1655御殿場IC出口。
 1750、大月JC「八王子90分」とある。日曜日のため恒例の55.6kmPost付近で渋滞。1920八王子駅前着解散となった。

 この項 了。


平成16年11月20日(土)柊山鉱物観察会。
文・写真など1部工事中

平成16年11月20日―(観察会記録メモ写真より紹介しよう)―
 平成16年11月20日(土)柊山鉱物観察会
 神奈川県立生命の星・地球博物館友の会
 講師:国立博物館研究員、加藤 昭先生
 茨城県笠間市福原、柊山公園周辺、中世代の堆積岩類を貫いている花崗岩と堆積岩中にある 苦灰岩(Dolomite)との接触部に発達するスカルン鉱物などを観察した。  観察地点と観察鉱物は、
 柊山頂上(標高260m)の東斜面露頭の珪灰石スカルン
 ヘアピンカーブ道路脇露頭(標高210m)の再結晶石灰岩(大理石)
 林の中の露頭(標高185m)にて、透輝石・苦土かんらん石・斜ヒューム石・灰柱石など。
 注1:以下、鉱物名や鉱物化学式など、上記、加藤 昭先生の柊山鉱物観察会案内書参照した。
 注2:スカルン鉱物Skarn mineralsとは方解石Calcite:Ca[CO3]や苦灰岩Dolomite:CaMg[CO3]2と花崗岩から供給される水蒸気を初め珪酸混合物やハロゲン化合物とが高い温度の下で反応して出来るCa・Maの珪酸塩の総称である。語源はSweden語で蝋燭の灯心に良く似た繊維状の鉱物が多いので灯心を意味するskarnとの渾名からきている。
 現地は花崗岩体のよって貫かれた中生代の堆積岩からなっていて、主に泥岩・チャート・石灰岩などがある。ここで観察できるのは、石灰岩とその中に含まれている苦灰岩が花崗岩からの熱や物質の供給を受けて生成されたスカルンの一群のCa,Maの珪酸塩鉱物の集合で十数種の鉱物が見られるという。 先ず、柊山頂上標高260mからの東南方を展望をした。

写真は柊山山頂から眼下を展望。

写真左は珪灰石スカルンのある露頭。写真右はアップして見た。

細長写真の左は珪灰石で繊維状がよく見える。右は粒々の壁開面が良く見える方解石。

 ヘアピンカーブ道路脇露頭、標高210mの再結晶石灰岩(大理石)のある風景。

写真はヘアピンカーブ道路脇露頭、標高210mの再結晶石灰岩(大理石)のある露頭。

写真は再結晶石灰岩(大理石)をアップして見たもの。

 林の中の露頭(標高185m)にて。  こでは灰柱石Meionite、Ca4[CO3|(Al2Si2O4)3]など転石中から見つかった。
またその中に、方解石に伴って斜ヒューム石ClinohumiteMg9[(F,OH)|(SiO4)2]2の色から褐色の粒が見える。

写真は林の中の露頭にて。

写真左は灰柱石。写真右は褐色の粒が斜ヒューム石である。

この項 了


平成16年10月8日(金)赤石構造線や中央構造線そして佐久間ダムと発電所を見る。
文・写真など1部工事中

平成16年10月8日再び天竜川と佐久間ダム・〃発電所を見る−(記録メモより紹介しよう)
主催*千葉県立中央博物館友の会。案内*〃友の会:松田 哲氏。

 JR豊田町駅北口0907出発。
 松田氏の車中にての解説、台風22号中心気圧920hPaが日本に向かっている。生憎の雨の中出発した。
 マイクロバスは天竜川の左岸の扇状地を走っている。天竜川は古い川ではない。この辺は氾濫原であるが、200万年前の古大井川の黒い礫の上に100万年前の天竜川の礫が載っているのである。
 天竜川は、今、河原と同じ高さである。海退したあと海進があり、最後の姿となっている。
 今、天竜川の左岸堤防上の県道343号を行く。遠方が靄(もや)っていてよく遠望が出来ないが、右手に森がある。これは天竜川の河岸段丘である。この河岸段丘は東西に20km、東側に磐田原、西側は三方原が展開している。今、通過しているのは、磐田原であるが、天竜川の右岸は三方ヶ原である。

写真は靄っているが右側遠方を見ると天竜川の河岸段丘が確認された。

 地形の特徴として、南側が上がり北側が下がると言う傾動を繰り返してきた地形のようだ。そのために後背湿地が残っている。ボーリングするとピートの地層が出てくる。房総半島も同じであったであろう。
 右に磐田原の森が見えてきたが、天竜川の扇状地であった天竜川の河川礫は小さく粒度が揃っている。
0920国道374号(左手天竜川の「かささぎ大橋」がある)を横断して、しばらくして(株)S組の砂利場着。その砂利場前の崖を観察した。ここは約80mあるという崖で砂の上に礫が溜まるというセットの繰り返し層が観察された。80mの下層は10万年前のものだと言う。
 崖の下に近づいて見ると、約1千年前の設楽火山群の流紋岩質の凝灰岩や約1億年前の秩父帯のチャート、領家帯の花崗岩などの砂礫が見られる。これらは、10万年で80m堆積したのだと言う。

写真は80万年かかって堆積した砂礫互層。右は傍で見る。


 今、河口から16.2kmを通過。北下がりの扇状地が見えている。343号と浜北大橋のある61号の交差点を通過する。
0952壱貫地から右折し、天竜川左岸に戻る。今河口から20km通過。 正面に第二東名工事中の高架橋が見える。

写真は工事中の第二東名高速道路の天竜川左岸の高架橋付近。

 しばらくして神田入口交差点通過。右側は磐田用水がある。
 浜北市152号◎40号天竜市へを通過して、谷合に入ってきた。二股城のある二股市である。
1000二股川にかかる双竜橋を渡り赤石裂線を横断して40号から国道152号T字を右折し赤石裂線に沿って北上し水窪・春野方面へ。
 断層は1本の場合も数本の場合もあると言う。二光橋を通過。
 赤石裂線のこと。赤石裂線の特徴は、東側は四万十帯で西側は三波帯・秩父帯である。東側の三波帯が四万十帯の下に沈み込む形で四万十帯は捲(め)くり上がっている。(ここに佐久間36kmとある。)
 2.5億〜1.5億年前、秩父帯は陸化した。船切(ふなきら)ダム通過。
1015左手は秋葉第4ダムである。1016横山橋通過。1017(横山町295号◎152号天竜の森・秋葉神社)1020右折し秋葉神社の参道へ入り1021、286号へ左折。石灯篭が有名である。旅人の灯篭であった。秋葉神社の御祭神は火之迦具大神である。今、天竜川の左岸に沿う秋葉街道旧街道の285号は赤石構造線そのものである。
1030、285号へ左折して1031秋葉ダムの堰堤の上を通過し右岸の152号を行く。尚、秋葉ダムは降雨増水のため放水は凄く、これを観察できたのは、降雨時の役得であろう。
尚、ここ秋葉ダムは浜松市の水道の取水口でもある。

写真は天竜川左岸から真近じかの秋葉ダムとダム堰堤をみる。

 この当たりから赤石構造線の深い谷に入る。渓谷の天竜川を楽しもう。

写真は竜山村を通過中国道152号か天竜川を見る。右写真は同じく大輪橋から天竜川を見る。

写真は佐久間町に入って発電所の用済みを流す出口が対岸に見えた。右はそのアップ写真。靄のため写真写りが悪い。

 右手、天竜川にはサルベージ船が出て浚渫をしている。
 水窪川を渡る大井橋を通過。ここから水を取るということで浜松市内の市民運動が盛んとのことだ。ここから赤石構造線を外れ、天竜川の「まめこぼし」という難所の左岸を行く。JR佐久間駅を左手に見て通過。

1110佐久間ダム堰堤(h350m)経由1112佐久間ダム電力館着。

 電力館総務のN氏から説明を受ける。

写真は電力館のN氏から説明を受けた。

 佐久間第2発電所は一度地下発電所で水車を回した水を天竜川の下をサイフォンで通し対岸の佐久間第2発電所で再度水車を回し発電している。
新豊根は秋葉第3ダムのためオーバーフローは無くなった。
参考、奥多摩湖2億トン、宮ヶ瀬湖2億トン、奥只見−電源開発で3億トン、天竜川河川長は214km。
ダムに溜まった堆砂は商品として、砂は兼松砕石がやっているが、砂利はない。ダム近くに流木処理場があり、チップ(合板の原料)や肥料(堆肥)加工されている、また、プラスティックやタイヤなど分別処理して一部、産廃処理される。
 佐久間ダムは予算334億円。現在価値9000億円。3年かかって出来あがった。1245〜1300までビデオ見学。昼食。

写真は昼休み中、昭和30年前後、突貫工事で建設された佐久間ダム建設中のビデオを見た。
筆者は当時、学生でダムの基盤建設の仮排水工事が出来たあと、現地を見学したので感慨深いものがあった。

1300〜1415午後の部、土木、電気の担当者から説明と質疑応答。
 堆砂とその対策など。水質の測定のこと。ダム堰堤の寿命のことなど、説明を聞く。建設時、ダム基盤にグラウト処理したこと。淡路地震相当を考えて地震はチェックしている。現在、建設から半世紀経ったが十分に保たれていて、問題はない。
 発電機については、水撃やバックウオーターの問題で、慎重に水量の調節をしている。
 連系しようとする発電機と電力系統(2つの歯車で解説、歯車の中心からの刃先の角度とkHz。
回転数を合わせる。――0.2kHz以内。
位相を合わせる。――角度−10%以内。
電圧を合わせる。――大きさ−10°(deg)以内。
 電力館内見学と展望台から佐久間ダムを見る。台風22号の影響で5本のうち2本が増水分を豪快に落水させていた。500t/sec/1本とのこと。これも雨天の観察会で豪快な落水が見れたのは幸運であった。

写真は平成16年10月8日の今日のダムの放水状況を電力館の屋上展望台から眺めた。


ダムゲートからの豪快な放流を拡大写真で眺めてみよう。

 地下発電所見学
1425〜1505まで。天竜川を潜るサイフォンの入口306t/sec―→100t/sec対岸サイフォンの出口。

写真左は地下発電所の地上の配電施設部分。中写真は発電水車を回した水は天竜川の河川下を潜るサイフォンに向かい、
対岸の第二発電所の水車を回す。右の写真は地下発電所からの排水孔。

1510〜1530まめこぼしトンネルを出で旧道を一寸戻り、まめこぼし河原に到着。
 ここは赤石構造線で罅(ひび)が入って出来た地形だ。ここの河原には遠山川のチャート、設楽火山の凝灰岩、小渕川・遠山川の泥岩、三波帯の緑石、赤石岳の赤褐色〜赤石。・・など、いろいろの石が見られる。h200m位。

写真はまめこぼしの河原の景観。

写真はまめこぼしの河原のいろいろな石ころ。


 中部交差点通過。「設楽37km」とあるを見て、
 1542〜1555下川合着、大千瀬川の下川合橋上から、上流側と下流側の断層丘陵と断層鞍部を見る。天竜川はここを通って川上に逆流していたという仮説を立てた学者がいたが、今はそれを信じる人はいないとのことだ。

写真は下川合橋上から上流側と下流側の断層丘陵と断層鞍部を見る。

上流側と下流側の断層丘陵と断層鞍部を見る。上流側と下流側の断層丘陵と断層鞍部を見る。 帰途バス中でK氏の質問と松田氏解説。
 古瀬戸内海は500万年前まであった。飯田まで古瀬戸内海であった。大鹿村の小渋川にはその当時の、木の根、木の節=きぶし粘土が出て目が細かくて重宝がられた。
 天竜川は若いらしい。これは、誰もが疑わない。
 領家帯は25億年前から数億年前まで。中央構造線は1億年代前のものである。
 領家花崗岩は西の白砂青松の瀬戸内海の島々から東は筑波山まで続いている。
1615大井橋で水窪152号◎152号浜松で右折し帰途に着く。1618今16℃と道路情報だ。大輪橋で天竜川の右岸に出た。1635秋葉ダム右岸のトンネル通過。午前中通過したトンネル左は秋葉ダムだ。竜山村役場付近の西川橋通過。1707第2東名建設中の高架橋を潜る。1730国道1号線の手前を右折して立野郵便局を右折。
1740豊田町駅前着解散。

 特記:(往)家出発0530=0545あざみの0601=0619新横浜ぅ曄璽0429/0642=#119-5E=小田原0559=0807掛川着0815=0832豊田町0907出発。
(復)1757JR豊田町発=1820掛川1840=1946小田原2005=サポート16号=2159向丘遊園駅2205着。

この項了。



平成16年9月25日(土)海洋起源の白骨石灰岩/玄武岩と大陸起源の船津花崗岩を見る。
文・写真など1部工事中

 平成16年9月25日信大理学部地質学科、公開講座「地学で学ぶ海洋と大陸」の野外巡検に参加した。以下、巡検メモと主な写真など紹介しよう。
 案内、信大理学部地質学科、吉田孝紀助教授

 0905出発h610m=
 バス中にて、長野県は大陸地形と海洋地形があり地質に恵まれている。
1980年の高校地質教科書には、プレートテクトニクスのことは書かれていなかった。2億年後は人類はもういないという。それは、2億年後は気圧配置が変わり、気候が変わる。6大陸が1つになり、大陸の真ん中は乾燥して、モンスーンが出来上がるであろう。2億年前も、4億年前もそうであった。植物も変成し、動物も何とか生きようと進化するであろう。オルドビス紀、シシル紀に両生類が出てきた時代は海が干上がっていた。海にいた魚類は肺呼吸を手に入れたのでる。
 本日は、松本から白骨温泉へ、安房トンネルを通過して岐阜県飛騨市の神岡・古川まで行く。乗鞍から白骨温泉に向かう。白骨温泉では現代から2.5億年前の化石見れる。無脊椎動物の貝の二枚貝・紡錘虫など化石である。
 日本の最近の墓石の花崗岩は中国とベトナム産である。
 神岡町の花崗岩は、大陸の石で、花崗岩から出来ていると言ってよい。飛騨はロシアと北朝鮮にくっ付いていた。
 飛行機から見た状態で海を干上がらせて見ると高さ3000~6000mの山脈が海洋部分に見えるであろう。これは侵食されていからである。白骨も海底山脈でつくられた。
 一般に大陸の真ん中は安定していて、周りは不安定である。
 浅間山は今噴火で話題となっているが、桜島の噴火は常時であり、浅間山は心配ないだろうと鹿児島の人はいっている。
 浅間山の下には花崗岩(マグマ)の源がある。
 将来、日本列島は大陸に変わる。また、現在のアイルランドも噴火は大変な国である。
 海底火山と珊瑚礁はペアである。これらは暖かい静かな海に出来たものである。
 満月と新月、潮の干潮も地震に影響するそうだ。地震学者によれば、地球潮汐もあるという。
気温と地震も関係あるらしい。100年、1000年オーダーであるようだ。
 0953奈川渡ダム通過=、この辺は2〜1.80億年前の美濃帯である。昔の海溝5000〜10000mに溜まったものであろう。マリーンスノー、プランクトンの死骸などが混じっている。ここの美濃帯は今も隆起しているから、山が急峻なのである。
 山が割れる現象は活断層である。今、通過している国道158号線は活断層に沿っている。梓川はそのものである。この辺は秋口に来ると解るが、真っ黒い土壌が見える。黒い崖崩れだ。樹木の生えてないガレバのようなところは断層である。
 断層→地滑り→大水の時、ダム→崩壊→災害発生する。
 1980年紀ノ川大水害はこれがおこった。尚、断層グージは断層粘土で色は黒い。
 乗鞍岳は白亜紀火山岩がベースにあり,現在の形は第四紀の火山のものである。乗鞍高原は、海溝産物の上に火山岩、そして上部に火山灰がある。
付加体はくっついてしまった体を意味する。
 1013上高地乗鞍スーパー林道入口着標高1400m=。1017しばらくして山岳をトラバースしてバスは急峻な道を行くが、左手が白骨石灰岩の岩塊であると、吉田先生の解説。炭酸カルシュームCaCO3の石灰分であると。石灰分の基、珊瑚は22℃〜28℃の熱帯または亜熱帯の静かな海のものだ。1018蛭窪トンネル通過して、

 =1022ストップ2着、標高約1500m。白骨温泉海山石灰岩の観察。ペルル中期の地層だ。白い石灰岩はざくんざくんと波が高い砂浜の珊瑚の砂、黒いのはラグーン=入江でよどみがあり有機質もあるところの珊瑚の砂だ。


写真左は蛭窪トンネル通過してまもなくの標高1500m付近の露頭で白骨石灰岩を説明する吉田信大助教授。
右写真は、白骨石灰岩の岩相を見ると、小さな珊瑚が見える。


写真の左右で有機物もあるよどんだ入り江=ラグーンのへどろ交じりの珊瑚の砂が起源である。
白いほうはザブンザブンと波高い渚の珊瑚の砂が起源である。

 1117再出発。1123泡ノ湯、大野天風呂を通過して、白骨温泉バス停着。1126ここでトイレ休憩。 沢渡4km、平湯14km、松本45km、高山55kmの標識ある。
 ここはトラバーチンというローマ帝国で建築材に使ったという同じ温泉噴出丘と球状石灰岩が有名である。チボリ公園は石灰岩の温泉沈殿物である。

 1145ストップ1着、ここ標高1200m。海底玄武岩の地層である。 海底玄武岩質マグマが表面に出たものである。


写真左は柱状玄武岩のある露頭にきた。先ず下流を見ると左側左岸がその柱状玄武岩のある急斜面。
写真右は上流側を見る。右側のろころが、柱状玄武岩のある急斜面だ。


柱状玄武岩のある露頭をアップしてみよう。


川の中を見ると柱状玄武岩がごろごろとある。

 深海6000mで出来たものである。玄武岩は黒っぽい、白っぽいと言われるが、中は緑色である。約2億年の経年により、黒から白緑色になったものである。
 元来、枕状玄武岩と珊瑚石灰岩は同じところに出来たものである。
放散虫はアメーバと同じようなもので、星砂の仲間でもある。
 日本は北緯40°の温帯、その当時は暖かい南の海か熱帯であった。四国は南緯10°出来たものであろう。1億年〜1.5億年かかって日本列島までやって来た。
 六角形の良い形の柱状節理はすぽんと抜けるものがあり、墓石にも使用された。形は正三角形が基本で六角形のほか、平行四辺形もある。
 ここにはドロマイトを含む石もある。これは沈殿するとき、菱鉄鉱・磁鉄鉱など混じって赤くなっている。
また、緑泥石の中に緑簾石が含まれているドロマイトもここにある。

1230再出発、H1210m。
 岩石は細かく砕くほど黒っぽい。断層粘土はそのため黒っぽい。断層があるかどうか。
1237スーパー林道が終わり、158号へ出て、安房峠に向かう。
 この辺の山谷の崩壊は、断層にからむものと温泉に絡むものとがある。火山ガスと熱水による変質があり赤い白いは温泉によるものであろう。尚、安房トンネル内の真ん中は60℃もあるという。
 1245中ノ湯バス停通過。赤く見えるのは、バクテリアによる、鉄の酸化のようだ。
 安房トンネルは火山地帯の真っ只中を通っている。維持管理費が普通のトンネル(或るいは高速道)の3倍はかかると言う。要は水の管理費で10年でパイプが駄目になるという。安房トンネルを抜けた左側から温泉が出ている。

 1250平湯料金所を通過して1253アルプス街道平湯着〜1320昼食。

 1330再出発。今、新福地。この辺、付加体と大陸の境で一億年前の古い断層である。
蛇紋岩が地下20km位から地表に上がってきている。糸魚川・姫川は蛇紋岩の巣で、地滑りが止まらず、住民の集団移住があった。雨が降ると地滑りが続く。
 今、断層帯を通過している。古生代はここにある。オルドビス紀の地層が1997年に発見された。 今国道471号通過であるが、国道左に標高1036mとあるを見て通過した。一宝水=上地ヶ根バス停付近か。この辺、地層のメッカであった。
 また、オーストリアの一部であった。オースストリアに近縁性がある。オーストリアの岩石がある。4億年前のものか。同じものが、アメリカ・カナダの西海岸にある。カナディアンロッキーの西側にも日本と同じ玄武岩がある。酸性凝灰岩、珪長質凝灰岩である。
 高原川の向うは飛騨大陸であった。飛騨花崗岩は2億年前のものである。いろいろな金属鉱物を含んでいる。この辺の右手の山は、鉱山が多い。1347国道471号を行く。標高約700m。

 1350ストップ3と同じ岩石露頭着(上宝中山にて)。花崗岩という岩石の顔つきを見よう。

 後ろを振り向けば、高原川の左岸、ここからは、高原川の右手であるが、白亜紀の手取層群が花崗岩の上に載っている山だという。今いるここは、その花崗岩を見ている。つまり船津花崗岩である。


ここは上宝中山であるが、後ろを振り向けば、今来た平湯温泉の方面である。
ここの写真右手側に花崗岩の上に白亜紀の手取群層が乗っているという。



写真左、高原川の右岸、中山地区の花崗岩露頭は崩壊防止の金網がかかっている。
中写真はネット越しに岩相を覗き込む。写真右はそのアップ写真だが、石英や斜長石の結晶の 大きいのが見える。
これは、花崗岩がゆっくり冷え固まったことによるもので、大陸起源の証拠だと言う。


 当時、大陸内部は乾燥していた。その地層と同じものが、手取層群である。
 ここの花崗岩のピンク色の鉱物はカリ長石である。灰色は石英、中間は斜長石である。
石英とピンク色のカリ長石の富むものは大陸の花崗岩の特徴である。見た目は粗くて粗粒度である。 緑色は緑泥石である。本来のものが変質しものである。
 飛騨山地は放射年代で見ると、古いものは3.5億年前で新しいものは1.0億年前である。
ここのものは、中間で2億年間前である。
 宇奈月変成岩と飛騨変成岩がある。これは変成作用としては同じ大陸の衝突で2.1億年、年代史で言うと2.4億年前である。北中国大陸と南中国大陸の間の衝突帯に大別山があるが、ここでダイヤモンドが出る。秦嶺山脈は3.5億年前のものである。
 1428再出発
 福井県し庄川村、手取層群からイチョウの化石が出る。現在イチョウは1属1種であるが、1億年前栄えた植物で、白亜紀500種あったようだ。1437桂峰寺通過。車中で、白亜紀の木の根の化石を吉田先生に見せて貰う。
 1437飛騨市に入る。1445神岡城を見て左折。
 船津花崗岩について、片麻状花崗岩(眼球状花崗岩)の標本を見る。
 飛騨地域に限っては、地層は平坦である。ここは基盤がつよいのである。よって地震にも強い。

 1430神岡の高原川の露頭着。標高400m位。船津花崗岩の露頭だ。
ここの花崗岩をジルコンで年代を見ると、花崗岩の中の芯に17億年前の中国の衝突帯と同じ年代のものがある。更に3.5億年のものから1.0億年のものが周りにある花崗岩である。


写真左、神岡市船津地区の船津花崗岩のある高原川の景観である。
中写真は同じ高原川の右岸よりを見る。同じく船津花崗岩の巨大転石?を撮影。根っこはあるか、興味深い。


写真は真近で船津花崗岩を覗こう。右の写真は一方向に変成されている様子が見える。

参考、信大からここまでの走行距離は120km。

 1530再出発。バス中で、日本列島で違うものが2つ。
1、 伊豆半島の衝突。2、北海道の東半分の衝突。
 秩父は、石炭系で3.5億年前のもの。石炭紀は付加体である。
 地学の話題、
 1980年ごろからプレートテクトニクスの理論で新展開があった。
 最近では、全地球凍結したのが6.5億年前で前カンブリア紀であること。三畳紀に恐竜がどう発生したか。
 一つの新しい発見は火山であろう。今研究者が少ない。防災に関する研究が必要だろう。
 梓川は断層上を流れている。稲刻地区は崩壊地が多い。もと、崩壊した土砂がダムとなり、これが決壊して災害になった例がある。今、梓川にはダムが沢山あり、現在はあぶないと思われるが、建設時は誰もそんなことを考えなかった。
 新有明トンネルの上はチャートの山であるが、それが崩壊する前は外側の梓川に国道があった。
 北海道の塩豊浜トンネルの話。―災害の発生の確率1%の意味について解説があった。
 牛伏寺群発地震があった。

この項 了


平成16年9月10日(金)冨士山須走グランドキャニオンと太郎坊のテフラ群を見る。
文・写真など1部工事中


 平成16年9月10日放送大学地球科学研究会有志で冨士山須走グランドキャニオン(標高約1400m)のテフラ群と太郎坊(こちらも標高約1400m)の新富士テフラ群を巡検した。
 この日は天気はまずますであったが濃いガスのため見通し悪く、写真撮影侭ならずであったが一部紹介しよう。

案内:地球科学研究会仲間の満岡さん。

1000JR御殿場駅出発=須走=ふじあざみライン=旧馬返付近下車1050―地層観察(昼食含む)―1230再出発=太郎坊駐車場着1305―地層観察―1415再出発=1430水ヶ塚公園=469号横断=153号=264号横断=セブンイレブン=JR御殿場駅前1410着解散。

 1100〜1210須走グランドキャニオンでテフラ群を観察。

 最下流部北側露頭で、宝永スコリア層〜御殿場岩屑流期の新富士降下火山砕屑物(テフラ)や火山堆積物を観察した。


写真は須走グランドキャニオン北側露頭の景観。下半は1.7〜2.2万年前のやや風化した古冨士テフラ。
この層準は相模野埋設土層と呼ばれる強風帯の土壌帯とのことであった。その上に新冨士系テフラが載っている。


写真は〃箇所の上部(表土)の状況。最上部に1707年噴火の宝永火山のスコリア層がある。


写真は、グランドキャニオンの北側露頭に近づいて見よう。左はここから下流の須走方面を見る。
写真中は大型のフジアザミが最盛期で大きい花を付けている。右写真は上流の富士山頂上方面を展望する。
中の写真をクリックすると「フジアザミを見る」へ


写真は〃枯木の地点の景観を見る。


写真は〃Slush flow面や崩壊箇所面に見られる溶岩転石と周辺Slush flowのスコリアの状態。

 1310〜1410太郎坊―東南方向―でテフラ群を観察。
模式的な新富士テフラ群とされる、各種の火砕流を観察した。この辺は側火山列直下北側のため、山頂まで裸地が続き火砕流が何層にも挟在しているとのこと。


写真左は太郎坊周辺南東から富士山と宝永火山を展望。
南東テフラ群観察中の仲間たち。ここも侵食のためV字谷を形成している地形だ。


南側露頭のテフラの表土部分。この辺は宝永火山のスコリアが1m位堆積している。
写真左のスケイルは1m。写真中、スケイル下の赤い部分から上が宝永火山のスコリア。
写真右は南側露頭の景観。


平成16年8月5日(月)「静岡県小山町・足柄層群を見る。」 文・写真など1部工事中

平成16年8月5日地団研川越総会巡検で静岡県小山町の足柄層群を見た。ストップ1の富士紡績のある対岸は昭和40年の東名高速松田鮎沢舗装工事の拠点であり、誠に感慨深いものであった。
この日は天気悪く蒸し暑く、写真撮影侭ならずであったが一部紹介しよう。

案内:宮城晴耕(箱根発生期団研)さん。車:赤松先生{乗車:雨貝(あまがえ)、諸戸(もろと)、堀内}他3人/計8人。

1028松田北口出発―1049サンクス246号(山北)―1110394号左折h225m―

 1115ストップ1―鮎沢川発電所付近。

 小山火砕層の酸性凝灰岩がほぼ垂直の構造になっている。酸性凝灰岩の中には安山岩の角礫が多く含まれる部分が見られた。酸性凝灰岩には角閃石を多く含むものと紫蘇輝石を多く含むものがある。安山岩の大部分は角閃石安山岩である。玄武岩質の角礫も見られるが、カンラン石を含んでいる。{宮城晴耕(箱根発生期団研)の解説による、以下同じ}


写真は富士紡績下の鮎沢川の足柄層群の中部層と上部層の境界がある付近にて。
左と左中は鮎沢川の上流を見る。中右と右は下流を見る。


写真は富士紡績下の鮎沢川の足柄層群の中部層と上部層の境界がある付近にて。
いずれも垂直構造の酸性岩類。この中には、当時の化石木が入っている。


写真左は白っぽい火山性凝灰岩。右は火山性の角礫岩。

 酸性の白い塩沢の中部層の凝灰岩である。小山火砕流―今長さんが研究した―60万年前である。  左 中部層=粒が揃っている、礫岩らしいもの。  右 上部層、白っぽい、何か他のものが混じっている。大体が角閃石安山岩、白いのは火山灰である。

〜1045―1210遊女の滝を通過して―

 1220ストップ2―大沢川左岸の大露頭。h400m付近。

 最下部に急傾斜の塩沢類層中部層の礫岩があり、それを不整合に覆って水平な礫岩、砂岩の互層(湖成層)が見られる。材化石(化石木)がしばしば入っている。その上に、黒色火山砂があり、さらにその上部に火砕岩が重なっている。


写真、ストップ2の地層断面。


写真、ストップ2の直ぐ下流の景観と断層断面を見る。断層にはやはり、黒い化石木がある。

 h400m中部層を見る 上に湖成層がある。泥岩と砂岩との間に化石木がある。箱根噴火する前のもの。中部層の根拠は固いことである。マトリックスはアルコース質(石英・長石の多い)である。(尚、火山灰がマトリックスであるのはストップ4である。)この上に金太郎溶岩が3枚乗っている。

〜1232h400m。1245元祖大露頭h400m、断層がある。

1255戻る〜1310〜昼食〜1330h450mの滝の前の林道にて。尚、今日は蒸し暑い。

 遊女ヶ滝―遊女ヶ滝入口h465m、この辺に転がっている岩は安山岩である。 1345遊女ヶ滝着。ブレチャードライバーという岩である。遊女ヶ滝を見る。


写真は遊女ヶ滝という看板を見て、急坂をおりると、大沢川左岸に出た。上流を見ると遊女ヶ滝があった。
左から滝の全体景観。中は傍に近づき見る。右は右側からアップして見た。

 1410再出発―滝沢林道を行く―大沢川―大沢滝がある―今、滝沢川―峠のピーク540m通過―

 1422右手の崩壊地を見る― 下側は礫岩―塩沢層の上部層、上側が箱根火山性の礫岩層である。


写真は大沢川の右岸の崩壊地を見上げて見た。下側は礫岩―塩沢層の上部層、上側が箱根火山性の礫岩層である。
左から滝の全体景観。中は傍に近づき見る。右は右側からアップして見た。

 ストップ3―大沢川左岸溶岩露頭は厚さ10m前後の柱状節理の発達した安山岩溶岩。この地域では3枚の溶岩層が水平に連続しており、ここで見られるのは真ん中の溶岩で劇場溶岩と呼ばれている。この露頭のつくる岩壁がまるで円形劇場のように見えるところから名づけられた。カンラン石を含む安山岩である。この溶岩の下に火砕岩が見られるが溶岩の低部との間に10cm程度の白い火山灰HBP(八王子黒雲母軽石層で約40万年前のもの)が見られる。

 大沢川左岸溶岩露頭は時間の関係で巡検中止。

 1450ストップ4―滝沢川左岸東名高速横の沢

 下部に塩沢類層上部層の礫岩がシルト岩と互層をなしながら分布している。 それを不整合に覆ってスコリア質の角礫を持つ火砕岩を始め種々の火砕岩が出現し、さらに安山岩 の溶岩が見られる。この溶岩の下位に厚さ約10cmHBP(八王子黒雲母軽石層で約40万年前の)ものが見られる。

 東名高架を潜り御殿場方面の谷川を登る。ヤブ多し。h375m正断層のあるところ着。 1520下山h385mで引き返す―1535東名高架下着。H340m。25分休憩。 下側は礫岩―塩沢層の上部層、上側が箱根火山性の礫岩層である。


写真は東名高速沿いの下り線脇の谷川を行く。上の写真は鬱蒼とした森林だ。下は、谷川の状況。硬い溶岩が塩沢層に挟まれ小滝を形成している。

 1600出発―1610車に戻るh335m。

 1620まとめ―上部の中部層はしっかりした礫岩である。上部の上部層は礫はずくずくである。火山灰が入っている。不整合に覆われている。その上に中部層に載っている箱根火山灰など載っている。立っているのは70万年前、箱根は60万年前、縦から水平になる。―劇場溶岩と名づけた。

 1630帰途に着く―1700新松田着―1706新松田発―1811向丘遊園駅着。

この項 了


平成16年6月25日(金)「秩父・日野断層と若御子断層洞を見る」 文・写真など1部工事中

平成16年6月25日秩若御子断層洞・日野断層を見た。
若御子神社から若御子遊歩道を登って行くと若御子断層洞の入口に出た。大変関心が湧いたので記録した。この日は天気悪く写真撮影侭ならず、また来よう。

若御子山遊歩道1145――1155千手観音堂――1207清雲禅寺――1210若御子神社――若御子遊歩道1215h300m――1215写真撮影h350m若御子断層洞(県指定天然記念物)――1237h405mここから急坂1246再出発――1249ベンチあり――h420m――1300h510m◆宗1313p606m国見の広場――1329高圧線鉄塔奥秩父線#2h565m――1349若御子遊歩道ダム側入口h425m(左岸)――1353裏山ダム通過h425m――1400高圧線鉄塔秩父線2.313への巡視路を見る――大きいヘアピンを2つ超える――裏山山荘1411着h295m


写真は若御子遊歩道案内図。


写真左は日野断層を標高350mあたりの遊歩道から見た景観は絶壁だ。
写真中は日野断層・若御子断層洞の構造図。右は2500万年前の秩父盆地の想像図
(写真中・右は地学のガイド新版埼玉県’97.2.20初版第2刷より)

(現地看板) 県指定天然記念物 若御子断層洞及び断層群 指定日 昭和35年3月1日
 若御子断層洞は、若御子神社の南約100mのところにぽっかり口をあいている。断層洞のある崖は、秩父中・古生層のチャートというとても硬い岩石で出来ている。
 断層洞とは、断層破砕帯の中の粘土や礫が、地下水によって洗い流されたために生まれた空間のことで、世界的に見ても例の少ない、貴重なもの。洞内の岩肌には、断層によって生まれた、平らで磨かれたような断層の面(鏡肌)が見られる。また、鏡肌には、断層が生じるときのする傷(条線)も観察できる。
 またこの一帯には、無数の断層がほぼ東西方向に走っている、このような断層の集まりを断層群といい、ここは「日野断層群」と呼ばれている。
 以上のように、この地域は、断層面・鏡肌・条線・断層粘土・断層角礫など、断層に関する種々の現象が観察できる、学術的に貴重なところある。
(現地の断層洞前の看板) 昭和33年に調査されたこの断層洞は秩父層群に属するチャートの中に存在するので、他には例を見ない断層による大きな洞窟である。
 若御子断層洞は約2500万年前に堆積した秩父盆地の地層と約1億5000万年前頃の奥秩父山地の秩父層群との境界をなす日野断層に生まれたものである。
 日野断層の全体の落差は1000m以上に及び、地層がずたずたに切られ、多くの断層が見られる。


写真は若御子断層洞の詳細図。(現地看板より)天気悪く曇・薄暗くデジカメの反応悪し。

岩が砕けた断層破砕帯は、断層角礫や断層粘土が見られる。現在の断層洞は、断層角礫だが、地下水によって流されて出来た空洞であると考えられている。
 この付近に見られる日野断層や断層洞は、秩父盆地形成の一翼を物語っており、地質学的に重要である。


写真左は、国見の広場の標柱、標高606m。写真中・右は、国見の広場から裏山ダムに直接下山した途中、
標高500m辺りの杉・桧の人工林を抜けると裏山ダムが眼下に広がった。

(参考)行程
向丘遊園0659=新宿0725新宿発0729=0738池袋=西武秩父着0953−お花畑1009発=武州中川着1030着―JAちちぶそば道場あらかわ亭1040〜1140・h300m
若御子山遊歩道――1155千手観音堂――1207清雲禅寺――1210若御子神社――若御子遊歩道1215h300m――1215写真撮影h350m若御子断層洞(県指定天然記念物)――1237h405mここから急坂1246再出発――1249ベンチあり――h420m――1300h510m◆宗1313p606m国見の広場――1329高圧線鉄塔奥秩父線#2h565m――1349若御子遊歩道ダム側入口h425m(左岸)着――1353裏山ダム通過h425m――1400高圧線鉄塔秩父線2.313への巡視路を見る――大きいヘアピンを2つ超える――裏山山荘1411着h295m
1550裏山山荘のバス=1605西武秩父着・西武秩父1625発=1745池袋着=新宿発1714発=向丘遊園着1740=

(この項 了・平成16年6月26日記す)


平成16年6月20日(日)「江ノ島地層巡検」 文・写真など1部工事中

――平成16年6月20日(日)「江ノ島地層巡検」――
地団研神奈川支部巡検、講師:風間友博(神奈川県立生命の星・地球博物館)
 ここでは、地層について記述する。三浦半島には時代の異なる3種類の地層がある。
葉山層群 三浦半島の骨に相当する地層。激しい変動を受けている約1500万年前、新第三紀中新世の地層(日本海拡大期、グリ−ンタフ運動)。江ノ島には大山層が分布する。礫(関東山地系など)や軽石、材化石を含む部分がある。
三浦層群 三浦半島の肉に相当する地層。北方に傾くが、激しい変動は受けていない。約1000万年前〜300万年前、第三紀中新世〜鮮新世お地層。江ノ島には池子層(岩相から)あるいは逗子層(ミウラニシキの産出)が分布する。
相模層群 三浦半島の皮に相当する地層。ほとんど水平。片瀬山には片瀬層(長沼層に対比?、不整合を境にいくつかに分かれそうだが露頭消滅で詳細不明)と竜口寺礫層(相模礫層の続き、昔の相模川の石)があり、江ノ島にも竜口寺礫層が見られるが、段丘は複数ありそう。竜口寺礫層の上には関東ロームがのる。

 江ノ島に渡る前に竜口寺の地層を見た。基盤の三浦層群(池子層)とそれを不整合に覆う相模層群(更新世中〜後期の氷河性の海水面変動の影響を受けて出来た地層群:海成の片瀬層と河成の竜口寺礫層)が観察できた。


写真左は、竜口寺三重の塔裏の三浦層群と相模層群の不整合の露頭。
写真中・右は竜口寺三重の塔至る階段の東側のカット部には不整合が良く露出しいる露頭。

 三浦層群の露頭は、現在あまり残っていない。江ノ島に関して言えば葉山層群の大山層は塊状なので、層理のはっきりした三浦層群の池子層(あるいは逗子層)とは容易に区別が付く。江ノ島に渡って青銅製鳥居から右に降りた海岸は三浦層群であるが、現在工事中であるが、干潮時のみ岩本桜脇から回り込んで観察可であるが、その先、すぐ塊状の葉山層に変わってしまう。
 先ず、天台山の西側海岸の葉山層群を観察した。


写真左は、急傾斜地崩壊危険区域とある看板・左上は葉山層群が見られ上位置は天台山を示す。
写真中は葉山層群が引き潮のため露出した。右は、右上が天台山のある葉山層群の崖。


写真左・右は葉山層群の表面サンプル。

 次に、天台山の竜口寺礫層(=相模原面を作っている層)を観察した。
ここは、葉山層群と竜口寺礫層の続きと考えられる礫層との不整合が観察された。


写真左・右は、江ノ島の竜口寺層を見る。写真の真ん中横筋は不整合線で、
竜口層は10万年位だが下層は70万年位でどういう層か不明という。

 江ノ島の山二つの少し手前に関東ローム層の露頭がある。
上空から降ってきた降下軽石層がいくつもあるが、いずれも箱根火山の新期カルデラ形成期の噴出物である。その中で最も厚いものが東京軽石(TP,火砕流を伴う)で、新期カルデラ形成期最大の噴火である。噴火時代には絶対年代測定から5万年前あたりの年代が測定されているが、気候変動パターンに当てはめるとかなり寒冷な時期の噴火で、6万〜6万数千年程度と推定されている(酸素同位体ステージ4)。TPの下が三浦軽石(MP,火砕流を伴う)というやはり火砕流を伴う噴火の産物である。こちらはマグマ水蒸気的な要素が強い小ぶりの噴火である。TPの上に散っている軽石は三色旗軽石(SP)、その上のオレンジ色の2枚の軽石層は箱根火山中央火口丘軽石(CCP)群と思われる。新期カルデラは一気に形成されたものではなく、小原台軽石(OP:火砕流を伴う。ここでは見えない)からSPまでの間に形成され、東側は中央火口丘の火山群によって埋められていると考えられている。


写真は関東ローム層の露頭。

 波の浸食による地形
江ノ島南側の磯では、平らに広がった海食台と背後の高い海食崖が良く観察される。
構成する岩石は、葉山層群大山層の塊状の凝灰質砂岩である。層理がはっきりしないので、走行、傾斜が解りにくいが、良く見ると泥質の部分や軽石や材化石(亜炭状になっているものもある)が灰っている。
 海食台の面には丸い穴が見られるが、これは甌穴といい、岩の割れ目に入った石が波の力で回転して下の岩を丸く削りこんだものである。海食台上には区別がしにくいが、割れ目や断層が沢山ある。磯の地形も良く見ると、これらの方向に規制されている様子がわかる。
 葉山層群大山層は主に砂質凝灰岩からなっているが、礫に富む部分や、軽石に富む部分、泥質の部分、炭化材化石を多く含む部分など岩相の変化がある。しかし、それらを追って行くと直ぐに断層によって移動していることが解る。


写真左は稚児岩と海食台。中は海食台そのもの。右は、海側から見る。いずれも葉山層群である。


写真はここも葉山層群の露頭。

 聖天島
東京オリンピックの際、埋め立てで残ったところだが、聖天島は2つの岩が並んでいて、それを聖天(歓喜天)に見立てて付いた名前だが、この島は、三浦層群から出来ていて、この付近に東西方向の向斜軸があり地層はほぼ水平である。軽石やスコリアが多く含まれ、クロスラミナが見られる。


写真は聖天島の三浦層群のの露頭。


平成16年3月27日(土)「十島地層巡検」 文・写真など1部工事中

平成16年3月27日(土)「十島地層巡検」―山梨県高麗郡南部町十島周辺―
神奈川県立地球の星・地球博物館友の会主催
 水で造られた地層、火山で造られた地層、貫入する脈を見る。
平成16年3月27日(土)十島地層観察会
県立生命の星・地球博物館友の会主催、講師:加藤昭元国立科学博物館名誉研究員。 バス中での加藤先生の解説、地層を造っている岩石、造っていない岩石を見る。岩脈の中の岩石を見極めて地層とは何か。どういうものか、なにから出来ているか。地層よりあとのマグマの岩石または水の中で出来た岩石が同じ場所で見つかる。ここは写真写りの場所でもある。採取した記録を残すようにする。バス中で曹灰長石(白色)・含クロム透輝石(緑色)・束沸石(白色の脈)・普通輝石(黒色)・菱沸石の標本を先ず頭に入れる。


写真、富士川の露頭全体を上流に向かって見る。

12時前、十島駅前着。富士川の露頭現場にて、各自標本を採取。 堆積岩がある。岩脈がある。状態を見よう。安山岩の露頭である。この安山岩中に曹灰長 石(白色)・含クロム透輝石(緑色)・束沸石(白色の脈)・普通輝石(黒色)・菱沸石がる。 ここだけにある白い筋は沸石鉱物グループである。


写真左、富士川の露頭の砂岩に貫入する安山岩を見る。写真右はその安山岩を破砕し
この安山岩中に曹灰長石(白色)・含クロム透輝石(緑色)・束沸石(白色の脈)・普通輝石(黒色)・菱沸石などを探す。


写真左、富士川の露頭の砂岩の裏側を見る。ほぼ、垂直に地層が立っている。 右写真は層の裏・つまり下側には、虫などの歩いた痕跡も見えた。

 どういう石かをみること。砂泥互層の砂岩に安山岩の貫入したものがある。上下関係は 砂の粗さで見る。粗粒砂岩・細粒砂岩を見る。 芝川溶岩。厚さ10m×20km。1420下車〜1425まで、露頭を見学。芝川溶岩。新蒲原駅前9kmとある場所だ。


写真左、富士山の約6000年前の溶岩流れは、この富士川橋の下流まで到着した。 黒く見えるのは溶岩である。
右写真は芝川溶岩流はこの国道396号まで押し寄せた痕跡が一杯確認出来た。

 加藤先生のバス中での解説、良い露頭がありましたが、溶岩の観察というものは、はっ きり溶岩と解かっている場合は、これは玄武岩溶岩であるとか様子がわり、石の名前とか 溶岩ということが解かってくる。
予備知識がないときは、識別のポイントは丸い気泡があるか。ここは真っ丸であること は、気泡が自由な球面を造ることが出来て、周りの温度が相当に高温、粘度は非常に低かったことがわかる。球の形をした気泡が出来る。という証拠である。温度ははっきりわからないが、粘性が低かった、なぜなら気泡が球に近いからである。 やに白いですね。という質問があったが、気泡が多いこと。球形のかたちが保たれているのは、かなり気泡の形が崩れる前に急に冷やされ固化された証拠であるからガラス質であること。ガラス質であると窓ガラスではないけれど普通の有色鉱物より、又、普通の無色鉱物より光を通しやすいから全体として白っぽく見えてくるのである。玄武岩と言われる岩石でも、ガラス質玄武岩であると、普通の玄武岩より色が薄く見える。慣れてくると玄武岩の色を見ただけで、ガラス質だな!斑晶質だな!と解かる。よってやや白く見えるのである。ここは芝川溶岩の端っこのものであるが、斑晶の長石が比較的多いのである。芝川溶岩の真ん中は斑晶が少ない。先ずは溶岩か溶岩でないかを識別するには穴を見る。その次は穴の形を見る。という順序である。
「ポイント1つは穴の有無を見よう。次に穴の形をお見よう。穴があったらガラス質であり、色を見て色が白っぽいけど玄武岩かなそうじゃないかな、穴の有無を調べよう。」 1430午前中休憩したろころ通過。富士川大橋の下にある黒っぽいのは富士山の山頂から富士川大橋の右側40km余にわたり富士山の山頂からの一番遠くにある溶岩流である。実際にはこれは富士山の西の麓から出たものらしい。 流れた口はNNW・SSEに流れ出しているのが何点かあるが、Wからの溶岩流も何点かある。勿論、今確認されたものにおいてである。次の溶岩で埋められて噴出し口の解からないものもまだ一杯ある。噴出し口のわからない溶岩も沢山ある。 今左手に美しい富士山が見える。40kmは恐ろしいものが流れてくる。そういう国に我々は生きていることを認識しよう。富士山は奇麗であるがエネルギーを秘めた山である。ひとたび活動を始めるとえらいことをしでかすであろう。安全というか、この辺一帯に及ぼすのことを地質屋は心配するものである。

行程
(往)0730家出発=向丘遊園発0750=0850新松田0940バス出発h55m=1026富士IC・h50mΕ押璽函瘉原通過=富士停車場線から国道396号へ右折=1051富士川橋を渡る=1052トイレ休憩h35m=1105再出発=トンネル通過1107第2東名工事中の下のトンネルを通過している=1110右側は富士山の露頭だ。玄武岩である。=1113芝川溶岩である。柱状節理がある。(左へ由比とある交差点の右に大橋が見える)=1115富原橋を渡る。10号を行く。この辺の溶岩はコンクリートでまかれて見えない。=1118釜口橋 左側の富士川の中も溶岩の露頭である。1120号から398号を行く。富士川左岸である。1125正面の左に800m位の堆積岩の露頭がある。稲子駅から歩いて行ける交通は不便。469号とある。こちらは×。1126戻り左折し稲子川橋を渡る。ジグザクとなる。=1128山梨県となる。(峠)=1130十島駅前着10分で富士川の露頭現場に着く。駐車場1133着h95m。1138踏切h105m。向は白鳥山だ。1145堆積岩の露頭着、岩脈がある。状態を見よう。安山岩の露頭である。

(復)1400十島出発=途中芝川溶岩見学して、蓼原交差点を左折すると真正面に富士山が美しい。国道353号と139号のY分岐である=1453東名富士TG=1455高速に入るh55m=1513第2東名工事中通過(御殿場)ピアの撮影。=1520 足柄SA 1530再出発h440m=1547松田町文化センター前、72号(右は711号)1548延命寺前で下車解散。1608新松田発=1520向丘遊園着―1545家着。


平成16年3月21日(日)秩父の海の始まりを訪ねて。 文・写真など1部工事中

平成16年3月21日(日)秩父の海のはじまりをたづねて―秩父盆地牛首峠周辺―
日曜地学ハイキング主催
 信州上田出身の私は、秩父市を通る国道299号線を経由して数回帰省している。又 両神山や武甲山に登山したとき、いずれも秩父盆地を通過したので、ここの成り立ちについては関心事であった。数年前、小鹿野町と万場町の境にある父不見山に登った記憶をたどっているうちに倉尾支所バス停に到着した。
 岡野先生の解説を受けながら吉田川の左岸の道路沿いのこの辺の地質基盤であるという中生代2〜1億年前のチャートと粘板岩が重なった露頭を見た。殿谷戸の部落を流れる石灰岩が露出している吉田川の橋を渡り沢沿いや川底に、1700〜1400万前に沈降し堆積して出来たという地層があらわになっている。輝緑凝灰岩や緑色岩の角礫岩の数cmものが沢山含むものだ。牛首沢を遡るに従い、地層に含まれるものが円礫岩となり、又、石英閃緑岩などの花崗岩を含むものも見られた。


写真左・中は秩父盆地の基盤であるという中生代2億〜1億年前の露頭を見学。
粘板岩の上にチャートがのっている。写真右は露頭の拡大したもの。

 私は石英や長石を70%以上含むというアルコース質砂岩というものに関心を持った。 牛首峠へ至る露頭や日尾城址の頂上567mに至る途中に多くのアルコース質の露頭が多く見られた。日尾城址から観音山に至る手前に岡野先生から「かっては海岸の白浜であった所でしょう」というアルコース質砂岩の巨大山塊の上での解説に感激した。「この辺は海から陸に変わる河口近くであったであろうと!」


写真左・中はアルコース質砂岩で出来ている標高530m位の尾根筋にて。
写真右は急坂を降下中、標高698mの観音山が見えた。

 急坂を下りると第31番札所の観音院についた。絶壁の下に立つ観音院であるが、アルコース質砂岩礫岩互層で「新生代第3紀(2000年前)の地層、花崗岩質砂岩と礫岩の互層、ノジュール(結核もある)」と解説板があった。
 この地はテーマである「陸から海への証拠 の平行葉理や斜交葉理また生痕化石も見つかっている。1700〜1400万年前に海水の流れで砂が運ばれて作られている。と考えられる。」と岡野先生の解説があった。

写真左・中はアルコース質砂岩で出来ている絶壁の根元、標高410m位の観音院境内にて。
ここで生痕化石が見つかっている。写真右絶壁の下に立つ不動明王もアルコース質砂岩を背にしている。

 296段の階段をおり石造日本一とある仁王尊を見て栗尾バス停に到着、散会となった。


写真は西武秩父駅前から見た武甲山は昨日3月20日に降った雪で太陽光に映えて白く光っていた。

この項 了



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平成16年3月14日(日))「滑石と緑色岩などを見る」―埼玉県都幾村― 文・写真など1部工事中

平成16年3月14日(日)「滑石と緑色岩などを見る」―埼玉県都幾村―
神奈川県生命の星・地球科学博物館友の会主催
平成16年3月14日(日)埼玉県都幾川村巡検記
神奈川県立生命の星・地球博物館友の会主催。講師:加藤昭国立科学博物館名誉研究員。 今日は松永鉱山跡で滑石など観察、都幾川川原で藍閃石、リーベック閃石、スティルプノメレン片岩などを見る。
○松永鉱山手前で:h90m―1105結晶片岩の片理構造、方向と向きを頭にいれること。白か緑か。


写真は地層の見方について。2点紹介しよう。

○松永鉱山跡地にて:h135m。滑石は部分的に発達している。緑色片岩+蛇紋岩が反応して透閃石が出来た名残が見られる。 透閃石と滑石の名残、緑色片岩の名残である。滑石は農薬のバインダーに利用された。 また、皮膚病のシッカドールや製紙の添加剤として利用された。 繊維状のものは透閃石である。写真は左、緑色片岩、右は緑泥片岩である。 破砕岩、蛇紋岩である。写真撮影。反応した残りで、黒い部分はアンチゴライトが残っていたものである。曹長石のある脈も見える。〜1430まで。


写真は松永鉱山跡の滑石のある露頭にて。


写真は松永鉱山跡の滑石を採掘して近くで拡大してみたもの、繊維状にものは透閃石。

○都幾川川原にて:h110m、緑色片岩他の露頭着。 △黒いところは青色片岩というべきであるが、緑色片岩である。△茶色はスティルプノメレン片岩、雲母、角閃石を含むリーベック閃石である。△青黒色は、緑色片岩である。△緑は緑泥岩と緑簾石である。△白いのは石英と曹長石である。 茶色はAl,Caが少ない。緑はAlが少ない。粒が細かい。褶曲しているのが解る。 リーベック閃石はここだけに産出するとのことである。


写真は都幾川の緑色片岩のある露頭とアップ写真。

行程(交通機関) 家0800=登戸0826=0851立川0900=0913拝島0919=0949高麗川1022=1043明覚 1400明覚1441=1505高麗川=1532拝島=1536拝島=1550立川=1616登戸

平成16年2月29日(日)放送大学地学会火山講演会。 文・写真など1部工事中

平成16年2月29日(日)放送大学地学会講演会
主催 放送大学地学会
講師
1、千葉とき子 国立科学博物館名誉研究員、前日本火山学会会長
     火山活動と火山噴出物について
2、長井雅史  東京大学地震研究所、火山噴火予知研究推進センター、研究生
     箱根火山の研究史と最近の研究
     尚、写真と記事は講演会時取材したもの。



左右、写真は講演会終了後、説明の済んだ岩石標本などを整理している、千葉とき子先生。いずれも写真中央。

1、千葉とき子先生の講演、火山活動と火山噴出物について(午後2時〜3時半)



左写真は有珠山軽石と伊豆大島スコリア、右写真はカンラン岩を包有のアルカリ玄武岩、島根県隠岐郡西ノ島産


左写真は灰長石の結晶包有が見えるクリスタルラピア、東京都三宅島産。
写真右は黒曜石、北海道紋別郡白滝村産。


左写真はイタリアのポンペイ発掘後の町並み。写真真ん中はアイスランドのギャオ。
同じくアイスランドのホットスポットを飛行機内から見たもの。いずれも、世界中の火山についてのスライドの一こま。

2、長井雅史先生の講演、箱根火山の研究史と最近の研究について(3時半〜5時)



左写真は箱根火山の解説はこの写真から始まった。
写真右は箱根火山もプレートテクトニクス理論で解明できるようになった。


写真は、最後に3D画面で箱根の岩石構造を色分けして解説された。

長井雅史先生の講演まとめ
 箱根火山古期外輪山は1万〜10万年程度の期間活動した中小の成層火山体、
北西、南東方向に配列する多数の単成火山・岩脈群が識別された。成層火山が玄武岩〜安山岩組成であるのに対して、スコリア丘・溶岩ドームなどからなる単成火山は組成のバリエーションが大きく多くは安山岩〜デイサイト質である。カルデラ付近で大規模な 珪長質プリンニー式噴火の発生した時期にも山腹に生成している。
単成火山群や岩脈群の形成に伴うと見られる北西―南東走行の正断層群に加え、丹那―平山断層系の通過する付近には南北走行、東西走行の横ずれ断層群が発達し火山体に変化が生じている。明神ヶ岳周辺における火山地形、溶岩等の変位から断層群は0.3-0.2Ma以降に活動開始した可能性が高い。
古期外輪山には新期外輪山、中央火口丘と同様の岩石も産する。記載岩石学的には区別がつかない岩石群もいくつかのグループに分類できる。液相濃集元素の含有比から起源の異なる少なくとも2種類の苦鉄質マグマが供給されていた。珪長質のマグマも液相濃集元素の含有量が異なる少なくとも2種類のマグマが噴出しており、およそ0.24Ma頃を境に含有量が多いものから少ないものへと変化している。
 これらの珪長質のマグマを既知の苦鉄質マグマからの主要造岩鉱物の分別による結晶分化作用で導くことは難しく、生成には地殻物質の同化や部分溶融を考える必要がある。大部分の安山岩質マグマは苦鉄質マグマと珪長質マグマがマグマ混合して生じた可能性が高い。
大規模プリニー式噴火の開始、珪長質マグマのタイプの変化、平山断層系の発達はいずれも0.25Ma前後に生じている。このころに衝突・付加の進行による伊豆半島地殻の変化様式や地殻応力場に変化が生じたためとみられるが、珪長質マグマの生成・貯蔵プロセスにも影響を与えたと考えられる。

この項 了、(平成16年3月3日纏め)。



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平成16年1月18日(日)東伊豆火山地形観察会。 文・写真など1部工事中

平成16年1月18日(日)東伊豆火山地形観察会

主催 生命の星・地球博物館友の会地学グループ

 東伊豆火山地形観察会、集合場所 小田原駅新幹線側バス乗り場、集合・出発時間 8:00
観察地 伊東市城ヵ崎海岸・大室山、下田・爪木崎など、積雪のため一部中止。
講師 万年一剛氏(温泉科学研究所)
 万年一剛氏(温泉科学研究所)の話、時間を早朝にしたのは、小田原を抜けるのに、ラッシュ時間は混むので、早朝に通過する。本巡検は山下氏の企画である。集まった人たちがマニアだから良い観察会が出来よう。
 蛯子貞二氏、田口氏―来年17年の企画を考える。山下さん―今日の遊撃隊長である。
蛯子貞二挨拶、新藤氏―忙しいので入江氏が企画した。今日は晴れて、昨夜の雪で、雪景色の単成火山群が見られよう。神奈川県土の地学を理解するのに良いだろう。これを実行することにより、「友の会」の巡検の示唆が見えてこよう。
 以下万年一剛氏の解説、東伊豆単性火山群と天城火山との違いは
天城火山は1つ前の40万〜20万年終わりごろの成層火山活動であるが、東伊豆単性火山群は1回きりの噴火によるので10万年〜現在のものであるといえる。
伊豆半島の噴火は40×30kmの大きさで沢山の火口がある。今アクティブなものは、富士山・箱根・東伊豆で北から南へと古くなっていく。
湯河原・多賀(熱海)・は50万〜60万年前、宇佐美火山は70万年前に活動したものである。
0825今左に初島が見える。第三紀の火山岩でできており、古いものである。初島は平らな面である。隆起の過程で海面すれすれの時、浸食が激しく平たくなった。そしてある時パッと隆起すると、このような海食台となるのである。8万年前に離水した。
0830熱海市に来た。多賀火山の麓である。熱海は基盤上にあり、裏山が多賀火山である。
0826今は初島の西側を通行中である。ここから初島が良く見えるが、北側に平らな面が傾斜しているように見える。北落ちである。地殻変動の影響であろう。断層があり北へ沈み込んでいるので、南が高いのである。
{蛯子氏、左にリゾートマンションが見えてきた。2年前、加藤昭氏の講座の時、流紋岩(Rhyolite、リュウライト)や鉄カンラン石(Fayalite、Fe2SiO4)など見られた場所である。}
0845小さな島=手石島が見えてきた。1989年に群発地震があったとこだ。低周波地震もありマグマが動いていることによるものだろう。1986年に大島、1989年に手石島、1993年に富士山が低周波地震か記録されている。
手石島の1989年の噴火により東伊豆が活火山と認定された。
S状に噴く―――2900年前、カワゴ平の噴火―3200年前、手石が――――3000年前、大室山の噴火――5000年前、
0855テ擦留悵謀譽泪螢鵐織錙次Ε疋薀ぅ屮ぅ鵑乃抃董
 前方に大室山が見えてきた。5000年前の噴火とされている。
0925stop1着。(伊東市富戸払町−富戸港)


左写真は富戸港での観察会の風景、中写真は大室山からの溶岩でここは3000年前の黒色の柱状節理となっている、
右写真は裏山は白っぽい溶岩で5000年前の溶岩の山肌。

溶岩は柱状節理で東伊豆単成火山より古いものである。海の方の黒いのは5000年前の大室山から噴出したもの。黒いのは安山岩である。薄片でしらべたら、玄武岩ではない。尚、玄武岩の中にクリストバライト(Cristbalite)が入ってるのはおかしくない。ラメラ葉片を立てたように見える。
1018大室山の麓・浅間神社・シャボテン公園駐車場着、山頂は雪が凄い。今除雪中。危ない状態とのことで午前中は登山不可である。
1025stop2。大室山真北の駐車場近くの露頭にて、クリンカー状の溶岩を見学。


左写真は大室山の北西にある駐車場から北東に大室山の葦原(カヤト)から頂上を展望、今日頂上へ積雪のため行けなくて残念!
右写真は〃駐車場から大室山の西に展開する矢筈山を雲の中に見る。



矢筈山をアップしてみよう。大室山はスコリア・コーンであるが、こちらは溶岩ドームである。尚、伊豆の山々の雪化粧は誠に美しかった。

1030クリンカー(Crinker)の露頭にて、 岩ノ山・矢筈山・伊雄山が2700年前噴火、矢筈山は溶岩ドームである。むくむくと出て固まった。
箱根の二子山・台ヶ岳のようなものである。小塚山もそうだ。平成新山もそう。大室山は5000年前に噴出、カワゴ平は3000年前に流出した安山岩質である。Fe/Mgが多い。スコリアコーン(Scoria cone)であるが噴出様式は弱い。スコリアとは軽石の黒いのを言いい、これが噴出する。
中間の灰色はスコバミ・パミス(Pumice)ともいう。そのほか、火山弾やスパター(糞状のもの)など。
来年大島に行くが、噴水状にスコリアやスパター(Spatter)が円錐状に噴出する。安息角は40°である。潅木しかない。毎年焼を入れている。ぶつぶつであり、侵食されにくい。流水がない。地形の持ちがない。
後ろの露頭はアー溶岩(Aa lava)である。中は緻密で表面はクリンカーである。発砲したものである。一番先にクリンカーが固まる。泡だらけと成ったおり、地下のマグマの珪長石は水を含む性質があるから発砲するのである。中にある気泡は軽いからでてくるのである。遅延発泡により点状に空くができるのである。〜1050まで。
1055再出発。予定を変更して、スイセンと白浜層群を見に行く。
 万年一剛氏の解説
東伊豆火山群の周りにある、雄山・矢筈山・岩ノ山はいろいろで、スコリア丘やドームもある。
珪長質(SiO2)が多いのは真ん中の珪長質を溶かしながら上がってきたからではないか。これらについては未知の世界で、今後、岩石学的に面白い研究材料だろう。
東伊豆単成火山群は静岡大学の小山教授によれば、変わった火山である。マナズツルマイクロプレートがあり、伊豆半島の東側は西と異なる動きをしている。PHF-NEJは北西に、HIJは北東に動いている。結局、伊豆は北西に動いている。丹那断層は左横ずれ断層で北東方向に動いている。そして、北東側に開く動きをしている。地殻が広がるのは、単成火山群を作るためといって良いだろう。丹那断層の東側にそれらの火山群が集まっている。
天城山火山は20万年前、東伊豆単成火山群は10万年前の活動であった。1110まで。
さて、仁科層群は2000万年で一番古いものである。溶岩や火山灰から成っている。
丹沢層群も古いものとしている。
湯ヶ島層群と丹沢層群をどこで区分するかは難しい。湯ヶ島層群は海底火山であった、白浜層群は陸地になっていた――箱根の早川層群と同じである、爪木崎は500万年〜300万年の柱状節理である、熱海層は海成層で100万年前のものである、達磨山・・・など古い火山である。
 伊豆半島で、西伊豆の井田・達磨・柵場火山と東伊豆の多賀・宇佐美・天城火山が中央で別れているのは、プレートが動いたものであろう。
 1125稲取の手前で左に伊豆七島が見えてきた。左から利島・鵜渡根島・新島・式根島・神津島と見えてきた。利島・鵜渡根島は玄武岩質で三角形の山になっている。
新島・式根島・神津島は溶岩円頂丘で先の2島と違い、海の中を通る火山岩がサージになり、平らな地形になった。
 1130山下氏解説、
新島は流紋岩で白い石が多い、まれに玄武岩もある、安山岩は全くなく、バイモーダルな火山活動によるものである。式根島・神津島には玄武岩はない。
 1135今井浜海岸通過、右に神津島が見える。大島・利島は玄武岩質である。新島は北側にちょこっと玄武岩を出している。大島は黒曜石だらけである。
1200漸く爪木崎着。この間昼休み。1300山下氏解説。
柱状節理は、黒色は角閃石、白色は斜長石、五角形・四角形・七/八角形もある。


左写真は柱状節理のある海岸風景、右写真は白浜層群が断片的にニョキニョキと、
突っ立ていて不気味わるいが、良く見ると乱泥流の固結した砂岩などのようだ。

白浜層群はクレハラサーマルライトを含むこともある。
1330講評、 白浜層群と柱状節理 はどちらが早くできたかわからないが、前者が先かもしれない。 白浜層群は乱泥流で溜まったようだ。石英・パイライト(黄鉄鉱)を含んでいる。熱で変質して、緑色になっている。1985年東大の松本さんの調査によれば、変質時期は500年前、今は300万年前と言われている。
万年氏の研究では、早川礫層が300万年以降であるから意外と古くはないのである。看板に爪木崎は500万年と書いてあるが疑問である。高千穂峡谷は溶結凝灰岩がもとで柱状節理である。と解説があった。
 1355爪木崎出発、1410、 300万年前の貝化石を見に白浜神社脇の海岸に立ち寄る。見晴らし広場200mとある場所から歩く。


左写真は白浜海岸神社鳥居のある岩礁で約300万年前に成立したもの、この中に当時生存した各種の貝類の化石がある。
右写真はその貝化石に一つ、左にある水性ボールペンの長さは135mm、奇麗に貝殻が保存されている。

 田口氏の解説
白浜層群は500万〜200万年前である。微化石が入っていることで解かる。今見たのは、石灰ナノ化石で300万年前と言われている。
神奈川県では、宮ヶ瀬層・落合層600〜500万年前、中津川層300万〜250万年前で、上総層群も、もしかして比較できよう。
 白浜型・南方型ヒヨクガイ(ホタテガイの小さいもの)の変なカキがでる。ホタテの仲間の化石である。中津層・足柄層・上総層・白浜層に含む、学名プラニココタラータである。
更にホタテについて少し解説があった。
 足柄層群の中津層などのホタテはロクの数・太さ・耳で種別される。(プロニコストターラは化石であるが、エドエンシスは今生きている。)今のホタテはロクの数は22〜26本であるが、中津層から出た化石のロクは18〜20本である。耳の幅が小さいので今のホタテと区別して良い。化石はプロニコスタロータで良いだろう。
 今見た露頭については、砂で出来ているので、浅い海で溜まった中粒砂がメインである。
クロスラミナが柿崎にあるのは、波の影響を受けるので深さ20〜30cmである。白浜は平行層理であるから海鵜深さ50mの地層かな。もっと浅いかも知れない。貝殻片は淘汰を受けて出来たものかも、NoActiveである。白亜紀以降、貝殻密集層はどうして出来たか。カニが増えてバリバリ食べて壊したものが多いという。田口氏の話はここまで。
1610伊豆スカイライン入口左折、1620亀石峠У祇估H460m、1632左に香貫山が見える。1638左に沼津アルプスが見える。
万年氏の解説、(伊豆スカイラインにて)
第三紀層・白浜層群もある。又、愛鷹火山も良く見える。これは、11万年前の火山で、この時間、夕焼けを背に美しい。尚富士山は裾野は見えたが頂上付近は雲の中であった。
地質学的に角閃石を含む火山灰が出てくる。
 {蛯子氏、補足説明、左の下の方に、マナズルマイクロプレートの外れの丹那盆地が見え、断層公園も見える。}
1646熱海峠通過、1658箱根峠着国道1号へ右折、1730小田原駅西口着解散。

この項 了、(平成16年1月22日纏め)。





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平成15年12月13日(土)岩石と鉱物の違いについて。 文・写真など1部工事中

 岩石と鉱物の違いについて
平成15年12月13日(土)第12回化石鉱物ショー(池袋・シャンシャインシティーにて) 講師、国立科学博物館名誉研究員 加藤 昭氏の特別講座に参加した。

 本文は当日の加藤先生の講演もお話が主体である。尚、頂戴した資料も参照。

 鉱石(Ore)とは我々が利用している色々な種類の金属を抽出する元になっている鉱物集合であり、岩石(Rock)も鉱物集合である。
しかし、その構成鉱物の内容や、出来方に違いがあり、岩石の場合は、花崗岩・玄武岩・安山岩というように名前が付く。
鉱石の場合、それから抽出される金属元素の名前を付けて、金鉱石・鉄鉱石・銅鉱石というように呼ばれるものと、その外見から呼ばれる黒鉱(英語kurokoで使われる)と呼ばれるものがある。


黒鉱と閃亜鉛鉱の鉱物標本。黒鉱は秋田・古遠部鉱山産・、鉛15%,銅5%,亜鉛45%,1t中、金10g,銀300g含有とある。
閃亜鉛鉱は山形・八重鉱山産、亜鉛25%とある。いずれも土肥金山にて取材。

 「鉱石」という用語について説明するとき、「資源」という単語を用い、「天然資源」あるいは「地下資源」に拡張してみると、天然資源=地下資源+それ以外の資源 という見方が出来る。それ以外の資源には海洋資源とか一例として取り上げられる。同じように地下資源を細分して地下水や温泉などは後者に、石油も液体だから非鉱物資源となるだろう。
 さて、「鉱石」は「我々にとって有用な物質(例えば金属)取り出して採算がとれる程度に濃集されている鉱物集合」というように与えられる。
 このように、鉱石の多くは重金属がそれから取り出されるが、当然、主成分・副成分を含んでいて、黒鉱の場合、閃亜鉛鉱(Sphalelite,ZnS)という亜鉛の硫化物、鉛は方鉛鉱(Galena,PbS)という硫化物・・・という亜鉛・鉛・・・が抽出される。このように金属の原料になる鉱物を鉱石鉱物(Ore mineral)というが、不要鉱物も含まれていて、これを脈石鉱物(Gangue mineral)といい、 鉱石=鉱石鉱物+脈石鉱物という関係がある。更に鉱石を構成する中には微細な液体や気体の包有物を含んでいることもあり、鉱石=鉱石鉱物+脈石鉱物+流体包有物が成立する。
 「岩石」の定義は「ある大きさを持った鉱物やそれに準ずる集まりで、その中で全体にほぼ共通した出来方と構成物質がみられるもの」とされる。例えば、花崗岩(Granite)は地殻中である大きさを持った地質単位(Geologic unit)をなしており、それが単一岩体(Single rock body)であればどの部分をとっても大体同じ鉱物から構成されているからで、これは花崗岩というものの概念を持つため役立つが、野外でも室内でも、実際に出会ったとき、どのように対応したら良いか。
 岩石の特徴の一つは一連の地質現象(Geologic Phenomenon)の産物として作られたとして扱えられること。例えば、マグマの固化という現象で火成岩(Igneous rock)という一般的名前でまとめられる。そうすると、そのマグマが浅い所や地表やその近くで固化すると火山岩(Volcanic rock)、 深い所であれば深成岩(Plutonic rock)という一般名が与えれる。マグマの固化という現象は、それ自身の熱が奪われたことなので、地中で花崗岩が固化する場合であれば、例えば、堆積岩が接していれば、花崗岩に熱を奪われ(花崗岩マグマは数百度)て熱変成作用(Thermal metamorphism) により鉱物は融解はしないが、化学反応を起こして、今までその場になかった鉱物を作る。
従って花崗岩があれば、その周辺に熱を奪った接触変成岩が伴っていないかという見込みでそれを探す。もしそれが発見出来れば、そのものとなった堆積岩はその花崗岩より時代の古いものであり、そこで新たに生成された鉱物は花崗岩の構成物質が作られたのと同じか、それ以下の温度や圧力条件で作られたものであり、花崗岩と接触変成岩の対が地上まで上昇して来たのは、一つの地質現象の結果である。というような連想が可能になることである。
 今、野外で一つの花崗岩の露頭に出会ったとする。もし次の露頭でも同一と思われる露頭が露出していたという時、次の露頭まで歩いた方向、その岩体の外側に向かったか・内側か・接触変成岩との境界に平行に歩いたか・・・など、それが、どれにあたるか、考えることが花崗岩岩体の中の歩き方の要領である。又その花崗岩が最初の露頭と異質か・異質でないか。見極めることが必要事項である。
 このような見方は、花崗岩体という比較的大きな地質単位を構成しているものを相手にした場合の取り組みの一つである。
 さて、火成岩というマグマが冷えて生成された岩石で、急冷された産物を火山岩と総称し、その中に玄武岩(Basalt)や安山岩(Andesite)があり、火山岩の多くは,比較的大きな結晶の斑晶(Phenocryst)と非常に細かい石基(Groundmass)で出来ているが、「斑晶と石基の両方があれば、いつでもそれが火山岩といえるか」の問いに、一つの正解として「ある種の変成岩では一見似たようなものもあるが、斑晶に相当する変斑晶を構成する鉱物の種類を知ることが出来れば、火山岩とは区別できる。また、火山岩の様相をそのまま残して変成作用を受け、今は変成岩と呼んだ方が相応しいものある。
 鉱物の見方として、その多くは鉱石鉱物+脈石鉱物として成り立っているが、鉱石鉱物だけの鉱石はあるか。これは実際にいくつか例がる。例えば火成岩由来のクロミタイト(Chromitite){クロム鉄鉱岩(Chromite,FeCr2O4)あるいはクロム苦土鉱(Magnesiochromite,MgCr2O4)だけからなるような岩石で、超塩基性岩や塩基性深成岩の一部を構成する}
、堆積岩に由来するものとして、赤鉄鉱(Hematite,Fe2O3)・磁鉄鉱(Magnetite,Fe+2Fe3+2O4)・・・菱マンガン鉱(Ryodochrosite,Mn[CO3])やある種の二酸化マンガンの鉱物のみから成るようなマンガン鉱物などがある。良く知られている深海底のマンガンノジュールも単一の鉱物から成ることがあるがこれは岩石を構成しないので堆積物として扱われる。

 鉱石の多くについて鉱石鉱物か脈石鉱物かを確認するために、最初の着眼点は、金属鉱物の有無を見る。金属のようは光沢を持っていれば、何かの鉱石である、全体の比重が大きかったら、尚確実であると納得できる。例外もあり、金鉱石の多くは、その殆どが石英か氷長石・方解石(Calcite,Ca[CO3])・苦灰石CaMg[CO3] 2)・蛍石(Fluorite,CaF2)などからなり、大体が真っ白で、自然金(Gold,Au)の粒は肉眼で見えないのが普通、金鉱石の標本を見て、こういうような石英あるいはその随伴鉱物が縞状の構造であれば金鉱石(わが国では金・銀鉱石)か、というように見よう。


左写真、金鉱(自然金gold Ore,Native Gold、土肥金山産、品位1t中、金600g,銀7200g)土肥金山で取材。
写真右、黄銅鉱の鉱物標本、秋田県阿仁鉱山産、鉱物ショーで取材。

 その上で、今度は全体から目を移し、標本を見てその石英の粒の様子や集まりを良く見て頭の中で少し粗くしたり細かくしたり透明にしたりしてそれらの印象を覚えることも必要である。いずれにしろ、大部分の金鉱石は肉眼的な自然金(俗に肉眼鉱(Visible gold oreと呼ばれる高金品位)を含んでいるとは限らない。
 岩石と鉱石の違い
 岩石とはある一連の地質現象の産物として生成された、ある大きさを持った鉱物学的にほぼ均質の鉱物の集合体であると定義されたが、鉱石も確かに鉱物集合であり、その中には一連の地質現象の産物でないものもある。構成鉱物も均一性を欠いたものもあり、集合全体の大きさも一般の岩石から見ると小さいことも多々ある。それに出来方の違いも識別の判断材料となる。
 一つの鉱物集合が有用鉱物を含むかどうか判断材料として、硫化鉱物、特に黄鉄鉱・黄銅鉱・磁鉄鉱・赤鉄鉱などのほか、磁硫鉄鉱(Pyrrhotite,Fe1-xS)などの存在が揚げられる。この中のいずれかが肉眼的にある程度の量が含まれていれば、鉱石の可能性がある。
 この中で最も普通なのは黄鉄鉱(Pyrite,FeS2)で自形結晶をとると、立方体〜五角十二面体や正八面体になることがある。次いで黄銅鉱(Chalcopyrite,CuFeS2)という黄鉄鉱と同じような色や光沢をした銅と鉄の硫化物は銅の鉱物となり、これらの硫化物は岩石の中に直接入っていることもあれば、脈石鉱物(不要鉱物)の中に入っていることもある。又、これらは鉄を主成分としていることに注目されるが、鉄は重金属としてMnやTiとともに地殻中に多量に存在する元素である。
 黄鉄鉱(Pyrite,FeS2)が含まれているということは、Fe2+が[S2]2‐というイオンと結合する機会が与えれるに足る硫黄の供給があったということで、もしここにCu,Zn,Pbなどの硫黄と結合して硫化物を作るイオンが存在したら、一緒に鉱物として沈殿した可能性があった。これらの硫化物が黄鉄鉱と共存したかも知れない、だからその鉱物集合がこれらの鉱石となる確立が大きいという結論になる。
 もし岩石中の黄鉄鉱が生成された後、余剰のFe2+またはこれを基調とするイオン例えば[FeCl4]2‐のようなものがありS化合物と結合して黄鉄鉱が生成されたというような反応を考えると、これはもはや通常のマグマの固化とは別の地質現象、例えば火山ガスによる既存の火山岩に対する反応である。このような生成を後成的(Epigenetic)であるという。この用語は母岩の中に鉱脈が生成される時も、母岩となる岩石、例えば石灰岩(Limestone)を交代して、鉱石鉱物を含む鉱物集合が生成されるような場合にも適用され、スカルン(Skarn)とそれに伴われる鉱物生成にも適用される。
これに対し、母岩とほぼ同時に鉱石鉱物を含む集合が形成される状態を同成的(Syngenetic)であるという。深海底のスモーカー周辺の堆積物は、その周辺の非スモーカー起源の堆積物と同成的であり、深海底のマンガンのノジュールもそれと一緒に沈殿している堆積物と同成的である。


左写真はマンガンノジュール(南鳥島南東平頂海山上の深海2200m)と菱マンガン鉱の鉱物標本。
右写真は北海道古平郡古平町産の菱マンガン鉱の標本。いずれも鉱物ショーで取材。

 造岩鉱物・鉱石鉱物・脈石鉱物
 岩石を造っている鉱物を造岩鉱物(Rock-forming minerals)という。
 鉱石鉱物(Ore-forming minerals)は俗に「金目の鉱物」で、鉱石=鉱石鉱物+脈石鉱物であるが、鉱石鉱物は我々が利用するということが、細分に大きく影響する。
造岩鉱物の場合、それを珪長鉱物と苦鉄質鉱物に分け、夫々が同格であるが、岩石学あるいは地球化学的に異なった役割を担っているというようにして理解する。
 鉱石の場合、鉱石鉱物と脈石鉱物の区分は便宜てきなもので、例えは南北海道地域に広く分布する菱マンガン鉱(Rhodochrosite,Mn[CO3])を脈石鉱物とする熱水鉱物型銅・亜鉛・鉛鉱床がるが、もし脈石鉱物が菱マンガン鉱でなく方解石などであったら、これらは単なる銅・亜鉛・鉛鉱床となる筈であるが、脈石鉱物の菱マンガン鉱の主成分であるマンガンが、我々の採掘利用できる程度の高い品位を持っていたために、マンガン鉱床としても利用された。実際に採掘の対象になっていたので、立場として鉱石鉱物となっていた。
 結び
 鉱石として利益をあげることが、出来るということが、その取り扱いに大きく影響する。従って新しい利用価値が発見されると、今まで余り顧みられなかったものが、一躍時代の寵児となって、鉱石として価値を生じた例がある。
 例えばマレーシアの海岸や海中の砂の中から錫石(Cassiterite,SnO2)を採掘した副産物のモナズ石(Monazite-(Ce),Ce[PO4])は全く用途がなかったが、1884年にオーストリアのAuer von WelsbachがセリウムCeとトリウムThを用いガス灯のマントルに使用、又、セリウムは鉄との合金が発火合金のの原料、二酸化物CeO2が極上の研磨剤として利用された。更に多孔質の人工モナズ石は排気ガスの有害成分のフィルター素材となり、一躍時代の寵児となっているが、未だに「鉱石」として理科の教科書には載っていない。

この項 了、(平成15年12月23日纏め)。





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平成15年11月29日(月)丹沢山塊と伊豆衝突帯を見る。 解説文・写真など工事中

平成15年11月19日かながわオープンカレッジ(第6回午前)
今丹沢はどうなっているか〜伊豆―小笠原弧の衝突テクトニクス(田山良一氏講演とその資料より)
講師:横浜国立大学環境情報学府・大学院在学中・田山良一氏で最新の研究成果の解説であった。
丹沢山地を含む南部フォッサマグマ地域は、フィリッピン海プレート上の海洋性島弧である伊豆―小笠原弧がユーラシアプレート上の同じく海洋性島弧である本州弧と衝突して伊豆―小笠原弧側の上部地殻・中部地殻が露出したと解釈されている。(図)このような海洋性島弧どうしの衝突は世界でも稀で太古代に頻繁に繰り返されたであろう初期大陸の成長が現在起っている地域として重要視されている。(図)
 丹沢山地にはトーナル岩(花崗岩)を始めとする深成岩岩体が分布し(図)、丹沢深成岩類と丹沢層群の起源が夫々伊豆―小笠原弧の上・中部地殻である。


写真左は丹沢地質断面、写真中は丹沢の地質概要1、地質概要2。

 現在本州弧に衝突している伊豆―小笠原弧の上・中部地殻がどのような過程で地表に露出してきたかについて、主に丹沢層群に分布する変成岩の説明があった。
 丹沢層群は低度〜中程度の変成作用を被った影響でブドウ石―パンペリー石相〜角閃岩相にあたる変成岩が露出している。その変成度は深成岩類に近ずくほど大きくなっている。(図)また、片理構造や鉱物線構造が発達している。(図)片理面の走行は東西方向で傾斜は30°〜90°の北傾斜、鉱物線構造はほぼ北西方向に傾いている。岩石が変形を受けた時の相対的“ずれ”の方向である「運動センス」は丹沢変成岩において3種類に大別され、


写真左は変成岩相の図=丹沢層群は深成岩の貫入する接触変成作用を行受け、
沸石層相〜角閃岩相に相当する変成岩類を生じている、写真右は運動センス。


写真はフィリッピン海プレート周辺の伊豆―小笠原弧の推定断面図。


写真左は伊豆弧衝突帯のテクトニックマップ、右写真はその模式断面図。


写真左は丹沢地域のテクトニクスモデル、写真右は丹沢地域のテクトニクスの現在モデル。

D1比較的低角な北傾斜の面構造を持つ逆断層的なセンス
D2比較的高角な面構造とほぼ垂直な線構造を持ち、相対的に南側が上昇するセンス
D3比較的高角な面構造とほぼ水平な線構造を持つ、左横ずれ的なセンス
 これらの運動センスは、伊豆―小笠原弧の本州弧への衝突により中部地殻が上昇し、それに伴い上部地殻が変成・変形した結果、形成されたと考えられる。(図)
 伊豆―小笠原弧の本州弧への衝突によって低角な逆断層が形成され、その逆断層に沿って伊豆―小笠原弧の中部地殻が上昇してくる。このときに上部地殻にD1の逆断層センスを持つ変成岩類を生じた。その後中部地殻は上昇を続け、地表付近に達し、侵食を受けて現在の丹沢深成岩類になった。この地表付近に達するまでの過程でD2の南側上昇センスを持つ変成岩類が生じた。また、地表付近の深成岩体と丹沢層群の境界はほぼ垂直であるため、伊豆―小笠原弧衝突による圧縮の力は水平方向に発散されやすくなり、D3の左横ずれ運動が起った。

平成15年11月19日かながわオープンカレッジ(第7回午後)
丹沢の生い立ち―総括
講師:海洋科学技術センター 青池 寛氏(青池寛氏の講演とその資料より)
 本州弧と伊豆―小笠原弧の会合部「伊豆衝突帯」は、現行島弧衝突帯であり、その陸域には伊豆―小笠原弧の中・上部地殻が付加体として露出している。中でも最も島弧地殻の深部を露出させているのが丹沢テレーンである。


写真左は丹沢地域のTerance Division、写真右は丹沢地域のTerance Divisionの拡大図面。


写真左は御坂テレーン南北断面、写真右は丹沢テレーン南北断面。

D1比較的低角な北傾斜の面構造を持つ逆断層的なセンス
D2比較的高角な面構造とほぼ垂直な線構造を持ち、相対的に南側が上昇するセンス
丹沢は南フェルゲンツ(注1)で東西に伸長したドーム状構造をなし、その中央部に花崗岩質貫入岩体、所謂丹沢トーナル岩体と、これを取り巻き主に海成火砕岩類かななる(21?)〜17〜10Ma、層厚1100mに達する丹沢層群、更にそれを不整合で被い海成砕屑岩類と火砕岩類からなる7.5〜4Ma、層厚700〜2200mの西桂層群が構成されている。
 丹沢層群とトーナル岩体は中新世後期までの北部伊豆―小笠原弧中上部地殻に相当し、西桂層群はプレート沈み込み境界トラフ充填堆積物である。
丹沢から得られる島弧地殻層序と現在の北部伊豆―小笠原弧のP波速度構造から予想される地殻層序と比較すると、丹沢層群は伊豆―小笠原弧上部地殻5km/sec層に、丹沢トーナル岩体は中部地殻6km/sec層に、 対比可能である。但し、同弧上部地殻に比べ丹沢層群は著しく厚く、最大2倍近くに達するため、地殻成長過程やその島弧縦断方向での不均質性、あるいは地震波速度と岩層対比は今後検討されなければならないと説明された。
伊豆衝突帯に分布するトラフ充填堆積物、衝突帯内部及び周辺の構造運動の年代は、
1) 衝突が17〜16Ma頃には始まりつつあって、15Ma頃に最初のクライマックスを乗じたこと、


写真左は17Maの様子、写真中は15Maの様子、写真右は峰岡構造の様子。

2) 衝状断層形成による北部伊豆―小笠原弧地殻の大規模なパーティッション(注2)が4回、13、8、5及び2.5Maに生じたこと、


写真左は8Maの様子、写真右は8Maの断層の様子。

3) 12〜11Ma頃には当時の北部伊豆―小笠原弧全体に及ぶ広域変形イベントがあった。
このような衝突史の中で丹沢の褶曲・ドーミング(注3)が始まったのは11Ma頃であり、その前縁部に本州弧起源のダービダイトが堆積し始まったのは7.5Ma頃で、この間は海底侵食が卓越していた。2.5Ma頃から丹沢の南側で島弧内沈み込みが開始し、プレート境界は本州弧との縫合線沿いから伊豆―小笠原弧島弧内の沈み込み境界へと大きくジャンプした。1Ma頃には中部地殻に当たる丹沢トーナル岩体が広範囲にわたって陸上に露出した。
丹沢の構造から深さ12〜13km付近にデコルマが存在しているようで、衝突前の地殻の厚さが20kmであったとすると、下部地殻は丹沢から分離している可能性が高いと説明があった。 丹沢を含めた伊豆衝突帯の予想されるリソスフェア構造もまた丹沢付近で下部付近で下部地殻が剥離しリソスフェアマントルとともに沈み込んでいる可能性が高い。
注、下図の左写真、伊豆―小笠原弧―マリアナ(IBM)弧の島弧の地殻の構成と分裂過程、
サブダックションファクトリ製品の製造過程、
地殻構造:中部地殻(花崗岩質:初生大陸地殻)
     高速下部地殻(苦鉄質角閃岩類)
前弧蛇紋岩海山――マントル物質の交代作用
前弧付加体の非発達
地下微生物圏――熱水域――蛇紋岩海山


写真左は8Maの様子、写真右は8Maの断層の様子。

伊豆―小笠原弧のような島弧が大陸地殻の原料となった。その全組成は玄武岩質安山岩であり、大陸地殻の平均組成である安山岩質になるためには玄武岩質下部地殻物質が効果的に取り去られる過程が必要である。衝突帯における下部地殻剥離はその有力な過程の一つであり、それが起こっているとすれば、伊豆―小笠原弧と伊豆衝突帯は剥離が起る前の島弧地殻生成過程と現行の剥離過程がセットで検証できる貴重な研究セットであると青池先生は言っておられた。


写真左は伊豆衝突帯と北部伊豆―小笠原弧の構造、写真右は丹沢―関東山地で地殻の厚さは40kmに、
八ヶ岳の下では42kmに達する。右写真は伊豆衝突帯と北部伊豆―小笠原弧の構造。

注1・2・3の青池先生の解説2003.12.10。
注1、フェルゲンツ(ドイツ語)=褶曲軸面が倒れている方向、英語ではバージェンス(vergence)という。丹沢の場合は南部で逆転している構造になっているので、軸面は南に倒れる。
注2、パーティッション(partition)=地殻が衝上断層で複数の地塊に分割されること。スライス(slice)と言っても良い。
ここで言っている大規模な地殻分割とは、例えばそれを境にして丹沢の下に伊豆が本格的に潜り込みを始める状態で、結果的に分割された地塊群は傾動して覆瓦構造をとることになる。
注3、ドーミング(doming)=ドーム(円蓋)構造を作る過程、ドーム構造とは円形?楕円形の背斜構造、丹沢は中央部のトーナル岩体の部分が最も盛り上がっていて、地層は基本的に四方に傾斜している。


写真左は丹沢の深成岩類と丹沢層群、
丹沢山塊の大又沢・中川川・玄倉川の深成岩類と丹沢層群。

==この項了==



平成15年11月24日(月・祭)丹沢山塊の深成岩・トーナル岩体等を見る。

平成15年11月24日(月・祭)かながわオープンカレッジ丹沢巡検。
9時30分新松田集合〜10時25分西丹沢和田バス停付近・大滝沢〜中川温泉付近巡検15時00分〜新松田15時00分解散。
講師:神奈川県立生命の星・地球博物館:学芸員:山下浩之氏・蛯子貞二氏他。

以下、巡検時のメモと学術的なことは、かながわオープンカレッジ丹沢の生い立ちを探る第5講―巡検資料―を参照して纏めました。

行程:和田バス停付近の大滝沢の深成岩類(大滝沢型石英閃緑岩・畦ヶ丸岩体トーナル岩・捕獲岩)の観察――幹線県道76号を1kmほど下り、トーナル岩と丹沢層群の接触部へ――変成岩を観察しながら中川温泉付近へ――ハイツ&ビラバス停。
この巡検で見たもの:
火成岩類
大滝沢型トーナル岩(一部閃緑岩)、畦ヶ丸型トーナル岩、捕獲岩(構造的なもの・畦ヶ丸型トーナル岩が大滝型トーナル岩を捕獲している)、箱根屋沢型トーナル岩。
変成岩類
角閃岩(箱根屋沢谷筋)、緑色片岩(河内川中川温泉付近)など。
丹沢深成岩類は初期のものほど黒っぽく(熊木沢も黒っぽい)、第4期のものは真っ白である。
個々に観て見よう。
Stop-1-ストップ11033着、標高約550m、大滝沢型石英閃緑岩。
大滝沢型石英閃緑岩は河内川の右岸の支流の大滝沢を県道76号から林道を約100m歩くと露出している。(標高約500m)これは第2ステージに活動した深成岩類で石英閃緑岩というよりむしろ閃緑岩や斑レイ岩に近く優黒色である。手にとって観察してみよう。
観察、石の鉱物構成分は、正長石は殆ど0%。鉱物の産状は1〜2mm。黒雲母も殆どない、あっても1%位。石英の3〜5%と少ない。斜長石は50〜35%、黒い角閃石は50〜65%、で両者が大半である。石英・アルカリ長石・斜長石の△ダイヤに当てはめて見ると石英10%・斜長石90%で石英閃緑岩に当てはまった。


写真左は晩秋の大滝沢の景観、河内川の右岸の支流200mから上流側を見る、写真右は同じく下流側を見る。


Stop-1の林道沿いの大滝型石英閃緑岩の露頭と写真右は採取した研究用サンプル。

Stop-2-ストップ2畦ヶ丸トーナル岩。 300mほど林道上ると、谷川の中ほど、ここが畦ヶ丸トーナル岩である。非常に不均質である。一寸離れると黒くなったり荒くなったりする。岩脈は白い脈でアプライトである。マグマの残液が脈に入って固まったもので、長石・石英・黒雲母が入っている。脈は灰色で黒い粒が岩脈である。板小屋沢型に区分される。粒が細かい。これは、岩脈が冷えてきたとき、マグマがピーッと入ってきた。そして急冷し粒が小さいのである。 観察、鉱物量比は石英20%、斜長石45%、黒雲母3%、角閃石30%、マググネタイト1〜2%、粒の大きさ1〜2mm、色指数20〜40よって岩石名はトーナル岩である。 岩脈は火山岩に近く△ダイヤでは区分が出来ない。


Stop-2の林道沿いの畦ヶ丸型石英閃緑岩の露頭と写真右は採取した研究用サンプル。

Stop-3-ストップ3捕獲岩。 更に200m位林道を行き大滝沢を見れば、川の中に、奇妙な構造が見られる。良くみると白い石の中に黒い石が沢山、取り込まれている。白い石は、前の露頭で見た畦ヶ丸岩体のトーナル岩で、黒い石は、最初の露頭で見た、大滝沢型の石英閃緑岩である。畦ヶ丸型トーナル岩が貫入した際に、大滝型の石英閃緑岩を捕獲岩として取り込んだ結果だ。
12時10分―〃50分昼食。


Stop-3の林道沿いの畦ヶ丸型石英閃緑岩が大滝型石英閃緑岩を捕獲のした露頭と写真右は採取したその研究用サンプル。

Stop-4-ストップ4、標高460m、箱根屋沢型トーナル岩と丹沢層群との接触部の角閃岩。 中食後県道に戻り河内川の下流右岸の箱根屋沢を見る。ここは箱根屋沢橋付け根と直ぐ南側の沢の2本の沢がある。沢に挟まれてところが箱根屋沢型トーナル岩である。南側の沢には丹沢層群との接触部の角閃岩がみられる。箱根屋沢型トーナル岩は若干風化していて、黒雲母が黒雲母が目立つ。 箱根屋沢型トーナル岩は第4ステージに活動したものである。貫入母岩は畦ヶ丸型トーナル岩である。箱根屋沢の南の沢で、丹沢層群との接触部と角閃岩と丹沢層群を見た。
(蛯子氏補足解説、箱根屋沢型トーナル岩、きらきら光るもの、黒雲母である。大きい結晶は角閃石である。(――鉱物が難しいがこれから調べて見るこことしたい(堀内)――)。)


Stop-4写真左は箱根橋南詰近くの箱根屋沢型トーナル岩の露頭と右はそのサンプル。


Stop-4写真左はその南側の石英閃緑岩と丹沢層群の境界面と写真中は周辺の角閃岩のサンプル。

13時52分Stop-5着ストップ5悪沢の角閃岩。 ストップ4箱根屋沢から200m南に悪沢沢がある。ここから変成岩となる。 ここで箱根屋沢トーナル岩と丹沢層群との接触部にある角閃岩と同じ角閃岩を採取。角閃岩は主に角閃石と斜長石からなる角閃岩相の変成岩である。玄武岩質(塩基性)の火砕岩が変成されて出来たものである。偏向顕微鏡で薄片を観察すると、角閃石の片理の方向に沿って配列しているのが見られよう。
(蛯子氏補足解説、斜緑れん石、針状はアクチノ閃石、緑泥石類、クローライト、片理面で割るとテカテカ光っている。アクチノ閃石、陽起石など。(――鉱物が難しいがこれから調べて見るこことしたい(堀内)――)


写真はStop-4から一寸下った場所、悪沢のStop-5の角閃岩のサンプル。

Stop-6-ストップ6信玄館下の河原の陽起石緑色片岩帯。 Seki et al.(1969)は西丹沢の変成岩を研究した。トーナル岩に近いものほど変成度が高く、足柄層群と接するあたりでは変成度が低くなるという結果を導いた。もっとも変成度が高いのはストップ4〜5の角閃岩で、次に高いのは、この変成帯では、基本的に角閃石を生じていない。 
(蛯子氏補足解説、斜緑れん石、針状はアクチノ閃石、緑泥石類、クローライト、片理面で割るとテカテカ光っている。アクチノ閃石、陽起石など。緑れん石グループの中の緑れん石・斜カイレン石がある。脈は後から入ってきたものだ。斜長石は緑泥石と曹長石に分解する。輝石類―zone1―シルバイト・バーミュキュライトのzone。今日は5〜4zoneの陽起石緑色片岩帯と角閃石帯を見た。(――鉱物が難しいがこれから調べて見るこことしたい(堀内)――)


写真左と中は信玄館下の河原の景観と写真右は陽起石の緑色片岩帯の岩石サンプル。



この項了。



平成15年11月1日(土)静岡県沼津市多比海岸の地層を見る。

主要地殻構成元素の地球科学
平成15年度第2期県立生命の星・地球博物館友の会講座
講師:加藤昭(国立科学博物館名誉研究員)野外スクーリング平成15.11・1(土)
場所:沼津市多比海岸(マンガン鉱物等の観察)

以下地層観察(二酸化マンガン鉱物・赤鉄鉱・その上位の溶結凝灰岩など各層)の記録である。

多比海岸国道414号第一トンネル南側の露頭にて(1105〜1130)
左写真は多比海岸国道414号第一トンネル南側の斜交層理のある露頭、右写真はその斜交層理の近影写真。

軽石質の凝灰岩である。白色層は軽石に富み、灰色層は堆積物である。火山活動が活発になると白くなる。ここは断面が発達する見本のようなものである。正断層でシャープかどうかである。 斜交層理がある。その上が正しく戻っている。斜交層理は固まる前に動いていた証拠である。そして火山堆積物の姿を見ることが出来る場所である。これは軽石でかなり水で流れていたことがわかり、火山から遠いか近いかがわかる。尚、この地層は古いもので1000万〜2000万年の第三紀の新しいものであろう。黒く見えるのはガラス質である。

波打際の露頭にて(1130〜1200)
写真は多比海岸国道414号第一トンネル南側の波打際の露頭。
左写真は露頭断面であるが、赤は赤鉄鉱、黒はお目あての二酸化マンガン鉱、右写真はそれの拡大写真。

黒い部分がマンガン脈で二酸化マンガン鉱MnO2の鉱物である。4価マンガンである。
マンガンを含む温泉が上がってきたものである。
赤いのは鉄分で赤鉄鉱Fe2O3である。マンガンは古い地質時代でマンガンは付け足しだったかも知れない。  鉄分は地球には多いが、マンガンは少ないがこういう姿で我々の目にふれる。
 鉄は3価で赤鉄鉱Fe2O3である。マンガンは4価である。――と立証し読むことが出来る。
堆積する条件はマンガンと鉄は別であったであろう。4価のマンガンが先に堆積し、3価のマンガンが次に堆積していく。
静岡大学の竹内先生は、一に4価のマンガン、二に3価の鉄、三に3価のマンガンの順に堆積したとしている。
 酸化マンガンは北海道や岩手県北上市夏油温泉(げっとおんせん)には現世で堆積しつつある。尚、草津温泉は鉄温泉である。尚マンガンは最高原子価は7である。
鉱物になるのはマンガンは4価、鉄は3価である。別々に溜まるが、これは軟マンガン鉱の初生鉱物で温泉あったのであろう。礫もあるが、礫は既に出来ていたものであろう。
 以上がストーリーである。
 マンガン鉱と赤鉄鉱のある上層は凝結凝灰岩で軽石質で、それは当時、熱があり、そこに重量がかかり、空気が逃げてガラス質になり、白い火山ガラスの固まった溶結凝灰岩となっているものである。
1200〜1255昼食

溶結凝灰岩の露頭にて(1255〜1300)
写真は多比海岸国道414号第一トンネル南側の波打際の波止場上の露頭。

このような溶結凝灰岩の露頭を見たとき、_仍害亳が近くにあること⇔紋岩質であること8みもある層であること――と考えること。
熱が逃げないためにガラス質が出来て圧縮され、酸性岩のため珪酸に富んでいること。等を考えて見たり、人にも説明すること。溶結凝灰岩Welded Tuffについて、このような意味あるこを覚えることが大切である。要は溶結凝灰岩の言葉の陰に沢山の意味があることを知るべきである。

多比船越バス停前の大露頭にて。(1310〜1330)
左写真は多比海岸国道414号多比船越バス停北側の大露頭、右写真は露頭断面をそばで見る。

溶結凝灰岩Welded Tuffの露頭である。先ほど見た上位の地層である。溶結凝灰岩は軽石岩と言っても良いが、大きい粒は伸びてこなかった。有珠山もこんなに積ることはない。ここは何十mもある。激しい火山活動と火口に近いことがわかる。第一印象で言ったがブロックの境界がわかる。  普通輝石と斜方輝石(紫蘇輝石)である。黒いのが紫蘇輝石である。ブロック状は径1〜2cmの集まりである。水に濡らすと組織が浮き出し良く見える。(以上)

特記「たのしい鉱物図鑑74頁」、軟マンガン鉱Pyrolusite:MnO2:二酸化マンガン、一つは軟マンガン鉱、一般的に黒色塊状、もう一つはクリプトメレーン鉱のほうは、結晶でなく黒い色ないし黒褐色塊状で、手に持つと黒くなる。そのほかの二酸化マンガンも同様で美しくない。日本には多く、秩父帯地層の中に広く分布する。深海底に分布するマンガン・ノジュールはクリプトメレーン鉱を主体としている。
「〃64頁」赤鉄鉱Hematite:Fe2O3:mm最も重要な鉄鉱石である。3タイプがある。第一に水中の鉄分が沈殿し赤鉄鉱の鉱層を作るもの。第二に、接触交代作用によるもの、褐色のざくろ石を伴うこともある。 第三に火山ガラスから直接結晶するもの。
「〃160page〜」普通輝石(Ca,Mg,Fe)2Si2O6、単斜晶系、暗緑色。
輝石グループ(Mg,Fe)2Si2O6、斜方晶系、白色・淡褐色・灰。
輝石グループ(Mg,Fe)2Si2O6の鉱物は普通は単斜晶系であるがマグネシュウムと鉄と珪酸からなる斜方晶系の輝石がある。一番鉄の多いものを、鉄珪輝石Ferrosiliteといい、一番マグネシュウムの多いものを頑火輝石という。そして中間のものを紫蘇輝石Hypersthene(古銅輝石Bronzite)(=赤褐色・しそ色)という。
いずれも面白い名前である。頑火輝石(Mg多し)は耐火性能が優れていて、Mgに富むスカルン中、橄欖岩など超塩基性岩中や隕石中に産出し、白色・灰色・緑色などで透明感がある。岩手県道又のもの菊寿石が有名。
古銅輝石Bronziteは癖開方向から見るとブロンズ色でセミメラリックに輝く。火成岩や変成岩中に造岩鉱物として含まれ、時に超塩基性岩に脈をなす。