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地球科学です
==地球科学 ==

==地球科学==


―風車を見る―自然エネルギーの利用― (日本国内や中国シルクロードにて)
[風車の話] [東京若洲海浜公園] [静岡県御前崎] [川崎市SR] [中国シルクロード]


気象庁凌風丸見学と東京お台場を散策。(平成16年1月10日)

 平成16年1月10日(土)気象庁海洋気象観測船「凌風丸」見学

見学会は地球ウオチャーズ―気象友の会―の行事。

 集合場所:東京臨海都市新交通ゆりかもめ線「お台場海浜公園」駅改札口
 尚、凌風丸は、ここから徒歩約20分の13号地埠頭に係留されている。
途中、時間の余裕があり、当日は天気も良いし、「新交通ゆりかもめ」からの景色も良い。
こういうわけで、集合時間前のお台場海浜公の散策など楽しんだが、その時の美しい景観を写真で、先ず見てみよう。


左写真はお台場海浜公園から見るレインボーブリッジを見る。写真右は同じく海浜公園から第3お台場公園方面を北方に見る。
レインボーブリッジ(首都高速台場線の高架橋)の下を右に回り込めば凌風丸の係留している13号地埠頭に続いている。


この穏やかな人工海浜には海鳥たちが沢山集まって餌をほうばっていた。

 「凌風丸」は気象庁の主力観測船の一つで、最新鋭の海洋気象観測測器を搭載している。
「凌風丸」で得られた海上気象データは日々の天気予報に利用されていることは勿論、海水温、海流、海中の温室効果ガスのデータは、地球温暖化や気象変動に関連する海洋変動にも役立つ観測がされている。東京での一般公開は1995年の新造時以来のとのことである。(見学会案内より)

 凌風丸船長の安富佐々夫氏の挨拶の中に「海洋は大気に比べ巨大な熱の貯蔵庫であり、その変動が大気循環の変動に大きく影響している。凌風丸をはじめ気象庁の海洋気象観測船には、既に30年以上にわたって日本近海や北西太平洋で海洋観測を継続してきた実績がある。このように長年にわたる観測データの蓄積があってこそ、将来の気候変動が予測できるようになる。・・・。」との話であった。



凌風丸を前方から見て近ずいて(左写真)、乗船口へ(右写真)係官が出迎えていた。

 凌風丸は航海機器・観測機器をここで整備後、1月14日〜3月9日までの56日の赤道無風帯での観測航海の旅に出かけるとのことであった。ご苦労さんです。
 見学では航海機器や観測機器は大変興味をもったが、中でも海水面下2000mまで水温・塩分(栄養塩)の観測+海水の採取方法並びに自動解析、赤道域エルニーニョ・ラニーニャ現象の解析、大気―海洋間の二酸化炭素の分圧差の分析、海洋における温室効果ガスの分布の解析、気球を上げての表面海水中及び洋上大気中の二酸化炭素の経年変化の調査・解析・・・等々面白い。



凌風丸船内にて説明を係官から受けなら見学、先ず、操舵室へ、窓前方を見ればレーインボーブリッジが目に入る。
レーダーモニターの表示板(sバンド)があり、前方に見えるレーインボーブリッジなどコンクリート類などが白く写っている。
船内では機器の説明から始まった。


凌風丸船上の気球と気球打ち明け装置。


凌風丸船上甲板に設置されている海水深2000mまで可能という海水採取機器。


左写真は凌風丸をバックにして記念撮影の筆者と孫(小2)。
右の写真3枚連続して、同じ13号地埠頭に東京都海上保安庁の「しまず」が係留していた。

 凌風丸見学後、船の科学館に見学に行った。船の科学館の海王から見た、冬の夕方の景色も良かった。紹介しよう。




船の科学館の海王から見たレーンボーブリッジと東京都心の町並。2点。


薄暮のレーンボーブリッジと東京タワー。



東京薄暮の風景。左は「ゆりかごめ」の軌道と右は車窓から見える東京湾と船ら。



薄暮の東京タワー、夕焼けに染まった黒いタワー。浜松町駅直前にて。

 交通機関のメモ*平1000=1010宿河原1007=川=東京経由・1120新橋1140=(新交通ゆりかもめ)=1150お台場海浜公園駅―(お台場海浜公園散策)―お台場海浜公園駅1240集合―13号地埠頭凌風丸着1300―(〃見学)1340―お台場海浜公園駅1420=船の科学館駅1440―船の科学館見学・海王等1620―〃駅1625=新橋1650=渋谷1710=溝口1740=1745平着

(この項 了)



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相模川上流部の宮ヶ瀬湖と相模川の河口部を見る。(平成15年11月20・27日)

平成15年11月20日(木)03科学―宮ヶ瀬ダムを見る―
講師:(財)ダム水源地環境整備センター顧問 竹村公太郎氏

宮ヶ瀬ダムは、東京、横浜から50km圏内の相模川水系中津川に位置する首都圏最大級の多目的ダム(重力式Co.Damで、堤高156m・堤頂長400m・総貯水量2億トン)である。


左写真は宮ヶ瀬湖とその地域のゾーン説明図、右写真は宮ヶ瀬湖とその地域のゾーンの航空写真図。
(相模川水系広域ダム管理事務所資料より)


宮ヶ瀬ゾーンからの宮ヶ瀬湖と周辺の山並み。平成15年11月21日撮影。

ダムの役割として、
―洪水調節―ダム地点の計画高水流量1700㎥/sのうち、1600㎥/sを調節して中津川沿岸を洪水から守っている。相模川下流についても、城山ダムと相まって洪水流量を低減し(道志ダムとは道志導水路で、城山ダム上流の相模ダムとは津久井導水路で繋いでいる)、洪水から住民の生命・財産を守っている。
―水道水の供給―1日最大で130万㎥で、横浜市や川崎市など15市9町で利用されている。
―河川環境の改善―流水の正常な機能の維持と増進及び中津川、相模川本流における既得用水の補給は、本来河川の持っている機能(灌漑用水等の安全取水・動植物の保護・流水の清潔の保持等)を正常に維持するために、渇水時においてもダムからの流水の補給を行なっている。
―発電―宮ヶ瀬ダム建設に伴い、本ダムに愛川第1発電所、副ダムに愛川第2発電所を新設。ダムからの下流への補給を利用して発電を行っている。最大出力は前者が24200kw後者1200kw。これは一般家庭の21000世帯の年間使用量に相当する。
ダムの周辺は「人と自然、都市と地域の交流・共存」を基本理念に、丹沢の自然と調和した水と緑のオープンスペースとして湖畔や湖面が提供され神奈川県の重要な水源地域の活性化となっている。(国土交通省・関東地方整備局・相模川水系広域ダム管理事務所資料による)

平成15年11月27日(木)03科学―相模川の河口と茅ヶ崎海岸を見る―
講師:(財)土木研究センターなぎさ総合研究所室長 宇多高明氏

行程*武蔵小杉1130=横浜1210=茅ヶ崎1240=浜見平団地1300――茅ヶ崎市須賀地先の相模川河口着1330――1440茅ヶ崎港――1510ヘッドランド着解散――1540茅ヶ崎駅=の約6kmのサイクリングロードやサザンビーチ茅ヶ崎を歩いて見学。

以下、宇多高明氏より解説を受け、又、感じたことを記録しておく。
 相模川河口は一部舌のように突き出た浅い場所があり、サーファーの波乗りで楽しむ人たちが見える。昔の相模川河口はその辺にあり、現在の河口は随分後退したようだ。
 湘南大橋のところに松尾川がある。その辺が昔の港であった。湘南大橋の南のところから白波が立っている。浅いから白波が立つのであり、サーファーが楽しめるのである。


相模湾河口部の風景、写真左はサーフィンで賑わう最河口部、ここまで舌状に河床砂が延びている。
写真中は河口部の大きな防波堤、写真右は湘南大橋が見える上流側。

尚、相模川左岸河口と柳島青少年キャンプ場の間に相模川流域終末処理場が建設中であるが、稼動中の県下水道公社からの処理済下水が放流されている。海水との違いは色で直ぐわかるが臭気も相当なもので、目にはいるとちかちかするとのことだ。
昔と今では相当河口も変化した。


相模川流域終末処理場から流出する処理水とその流出水路の状況。右の写真は海水と混合する箇所には魚が群がっていた。

海浜傾斜勾配は1/1000〜1/3ぐらいの範囲であり、1/1000は干潟であろう。ここ茅ヶ崎海岸は1/30ぐらい。昔の海岸とは随分違ってきた。代表的・遠浅であったものが、急傾斜となり、礫が出で、今コンクリートの護岸が目立つようになった。



防風林とサイクリング道路の風景。


防風林とサイクリング道路脇の海岸保護用土砂と防波堤にある風景。


防風林ネットフェンスとサイクリング道路の海側の様子。


左写真、防波ブロックによる護岸と右手に見えるのは江ノ島、右写真は相模湾にぽつんと浮く、姥島(烏帽子岩)の奇景。


左写真、人工砂嘴の茅ヶ崎ヘッドライトの看板前にて。 右写真、人工砂嘴の茅ヶ崎ヘッドライトの見える浜辺には、土鳩が群れをなし餌を待っていた。

相模川からの土砂の流入が無くなったことも大きいだろう。
人工の砂嘴が作られている。又、茅ヶ崎港では、巨大な防波堤がコンクリートで完成している(約1〜2千万/mの建設費だそうだ)。サイクリングロード脇に海岸砂浜よりは竹簾で砂よけが張られている。陸側は防風林の松林等・幅50〜mはあろう。その先には国道134号が走っている。尚、防風林は海岸よりの塩害が目立った。


(この項 了)



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珪藻から河川環境を考える(平成15年11月6日)

平成15年11月6日(木)珪藻から河川環境を考える。
川崎市民アカデミー03科学=小林 敦先生・東京海洋大学・海洋学博士
平成15年11月6日(木)10時〜12時
珪藻から見る自然環境 講師:東京海洋大学藻類研究室 小林 敦(水産学博士)

1.身の回りの珪藻類―
珪藻類は河川、海洋はもちろん、氷雪上や樹皮上など水分のある場所ならどこにでも生育する単細胞の藻類である。また珪藻の化石を含む土壌は昔から七輪やダイナマイト、最近では歯科印象材などにも利用されており、人間の生活においても意外と身近なところで利用されている。

 ―解説―河川の鮎の群れ、鮎は川で孵化し海へ下り海で過ごし、産卵期に川に上り、繁殖し1年で終わる回遊魚である。鮎はコケ・アカを食し「食い跡」(はみあと)を残す。中国では香魚といい胡瓜の香りがし、鮎の体の黄色い線は珪藻である。金魚水槽の水垢も珪藻である。七輪は珪藻化石の珪藻土でチャートと呼ばれレンガと同じである。ダイナマイトのニトログリセリンを固めるのに珪藻土が使われている。入れ歯の歯形の印象材にも使われる。珪藻土70%+アルギン酸=炭酸飲料の濾過材であり、石油は珪藻の中身・油分などの変化したものである。珪藻は養殖アワビ・サザエ・ウニ・ハマグリ・クルマエビの餌となる。そして今後は有効に利用される珪藻類である。

2.珪藻類の生物学―
左写真は講義中の小林敦先生、右写真は珪藻の弁当箱構造。
 化石のデータから、珪藻類は中生代には出現したと考えられており、これまで数万種〜10万種がいると記録されている。非常に多様性に富んだグループで備えている色素や生殖に関する細胞の構造から、いずれもコンブやワカメのどの褐藻類に近縁と位置ずけられている。珪藻の細胞壁は一般的な植物や藻類が持っているセルロースではなく、二酸化珪素を主体とした「ガラス」から出来ている。細胞(=被殻)は丁度「弁当箱」に喩えられる構造で、細胞分裂の度に直径が小さくなっていくという特徴がる。細胞分裂により失われた体積は、増大胞子と呼ばれ特殊な細胞を有性生殖によって形成し、回復させるという、特異な生活環を備えている。
左右写真は珪藻の有性生殖の状況。写真で左から右へ、増大胞子が出来る状況。

―解説―河川・海水中・土壌上など随所で見られる。水さえあればどこにもいる。
_燭にくっつく。付着性・固着性がある。浮遊性がる。中生代白亜紀14600万年前から3万種ぐらい見つかっている。〜10万種もいるという学者もいる。鳥類は1万種であるから10倍である。A管単細胞(1個体=1細胞)。一般に生物の細胞は0.2mmより小さく、珪藻類は1mmの100の1〜50分の1である。し樵瑤聾合成をするが植物ではなく、藻類(そうるい)の1種である。  光合成の能力を持つが花は咲かない。体の作りが単純である。などにより植物とは区別される。光合成・色素の組成・生殖細胞の形から褐藻類(ワカメ・コンブ・ヒジキなど)に近縁である。テ端譴丙挧κ匹鮖つ。セルロースでなくて、二酸化珪素(SiO2)が主成分である。Ψ樵瑤魯ラスに囲まれた藻類といえる。化石として遺骸が残りやすい。Х樵瑤良縮未砲郎戮い模様が入っている。眼鏡珪藻もある。顕微鏡は300年前からあり、珪藻類は良く研究された。┌隠伊種あるが2つに分類される。中心類(目)と羽状類(目)‐‐縦に溝がはいっているのが特徴である。珪藻の細胞(=被殻)の作りは丁度弁当箱のようである対になっての弁当の蓋があるようだ。(南雲ら―国立博物館¥600円参照)特殊な細胞分裂をし、繰り返すうちに被殻は小さくなる。そして数回繰り返して、今度は減数分裂し有性生殖し、増大胞子を形成して大きさを回復する。

3.水質判定と珪藻類―
 河川の汚濁の程度を測る指標は、物理的・化学的ないくつかの手法があるが、底生動物や珪藻を指標とする方法も又有効で、数多くなされている。生物を用いた水質判定ではある程度長い時間で判定が可能のため、指標生物種は積極的に研究され成果が挙げられている。河川に生育する付着性の珪藻では1900年当初から研究されており、種組成から判断される解析は、現在有効な手法として利用されている。そして、この方法は古環境の推定にも利用されるようになった。

 ―解説―生態系とは生物とその周りの環境との相互作用をいう。珪藻のような水中生活をしている生物にとっては、環境の例として以下のようなものがある。
○水分(日照の違いを含む)○塩分(富栄養か貧栄養か)○pH(水素イオン濃度:酸性かアルカリ性か=すっぱいか苦いか)(数字小酸性・中性7・数字アルカリ)青森の酸湯温泉pH2である。レモン汁の4倍、北海道のカムイ・ワッカも。○基質(何にくっついて生活するか、石か落ち葉か。ミジンコ・クジラにもくっ付く。○流速(河川では)。

―結論−
 環境条件は生物の出現・分布に影響する。ある程度までは限定されてこよう。=これを逆手にとって=出現する珪藻種数によって環境上の水の条件が把握できる。これは生物を用いた水質の判定である。
環境指標生物:珪藻・水生昆虫・底生昆虫―ある程度のタイムスケールを考慮して判定が可能である。

日本の川には350種の珪藻がいる。
汚い水に10種類生存する―中程度64種生存する―綺麗な水280種生存する。 普通500個数えて、どういう種類かを決めて(同定)計算する。この方法は1900年代から実施されている。じゃ、古環境にも反映させようじゃないか。化石や遺骸のデータをもとにして解析できないか。
○サンプリング(採取)する。(湖底堆積物・海底物・地層など)○クリーニング○同定、環境判定 ○地質年代の測定
実際に6000年前の釧路湿原はどうだったかなど。ある地域における特定の時代の環境が推定できる。 (示相化石的な役割)

平成15年11月6日(木)10時〜12時
NPO―SAP大崎博之氏――自然科学と環境いついて、河川・海岸のコンテンツの作成の話。
小林 敦(水産学博士)の生物学的水質判定法の演習。
写真は珪藻のモデルプレパラード。
○汚濁指数についてモデルプレパラードより算出
  汚濁指数(SI)の算出=SI=Σnxs/Σn
  汚濁指数と汚濁階級の関係
    汚濁指数(SI)         汚濁階級
1.0≦SI≦1.5          強腐水性
1.5≦SI≦2.5          β―中腐水性
2.5≦SI≦3.5          α―中腐水性
3.5≦SI≦4.0          強腐水性
以上。


(この項 了)





生田緑地の地層を見る(平成15年10月30日)

平成15年10月30日(木)生田緑地の地層を見る。
川崎市民アカデミー03科学=萩谷宏先生・武蔵工業大学講師
紅葉(主にナンキンハゼ)が美しい生田緑地の噴水池のある風景。
10時30分、民家園の前にて。
関東平野の成立ちの地層・そして多摩丘陵の地層が見えるのは現在ここだけだ。ここの尾根筋は地すべりしているところもあるが、他は良く百数十万年にわたる歴史を記録している。下には固い基盤がある。東京湾と同じものである。150〜70万年前は地球の磁場は逆向きであった。その前半の地層である。温暖な浅い海であったようだ。ここは化石 はあまり出ないが、かって民家園の中でも化石が出たし、多摩川堰下流の狛江市側の川原でも同じ地層が露出し化石が出る。アシカ・トドなど哺乳類の化石・ゾウも。昭島ではクジラの化石が出た。ここの上半分は赤土である。風化火山灰で20mはある。その下は海面が削られ、そこに土砂が溜まる。 そのそして時間のギャップがあり125万〜143万年前の基盤の飯室層である。その上は26〜7万年前の海成層である。このあとは連続して地層(ローム)が溜まっている。
この多摩丘陵の地質を大きく見ると、下から順番に海成層(上総層群・飯室層)、砂礫層、ロームの3種類が堆積している。ロームは陸化した多摩丘陵の歴史をほぼ連続的に記録している。 さて、サンプリングは海砂・陸砂・火山灰のローム(これは歴史を記録している)の3種としよう。 古箱根火山灰は26万年前から堆積しているが、主に輝石・斜長石が含まれている。
古富士火山灰は3万年前以降に溜まっているもので、カンラン石を含む。これらを午後実験で洗い出そう。鉄分があると良く見えないかもしれない。
―0地点にて。
左写真は-0地点で説明される萩谷先生、中写真は飯室層の断面、右写真はその拡大図。
ぶんぶくウニの生痕である。15万〜14万年前のもので藻類を食っていたようだ。
125万〜143万年前の飯室層の堆積した時代、海底の砂の中の有機物、酸素が豊富であって浅い海であった。有孔虫の化石もある。宿ヶ原・等々力渓谷にも同じような上総層群が露出している。地層は水平に近かい状態で、わずかに東側が上位に傾斜している。
武蔵野台地を潜り狭山丘陵にも出ている。第四紀前半のものである。多摩川が削り残した上に溜まったものである。この層まで杭を打てば建築基礎は安全である。もう一つ、この地域は隆起傾向で数十m上昇し陸化している。よって赤土が溜まっている。今我々は大きい谷の一つにいる。古い地層ほど標高が高い位置にある。第2、削られると谷は深くなり、この辺は谷が深い。よって武蔵野台地は5〜6万年前のものだから谷がない。
瘤はウニの通り道で鉄分が沈殿したもので生痕化石だ。
地層に斜めの割れ目が見えるが、これは侵食で谷地形が出来たときに、小さな地すべりで出来た割れ目で、本格的な断層というほどのものでは無いだろう。
この飯室層を含む上総層群は厚いところで1000m位はある。20〜30万年/100mよって500万年位で溜まったものであろう。上総層群といわれるものだ。厚いものは800m/200〜500万年で溜まった。もっと古いもので小仏層群がある。
11時5分#0地点通過。サンプリングなし。ここは26万年前2つの間氷期、海の地層が削られ溜まった地層が見える。もう一回海になる時に生存した境界面に生きていた生痕化石が見える。柔らかいおし沼砂礫層と飯室海成層である。カモメガイとニオガイがいた。
メタセコイヤのある右手に小川がある。この小川の水はおし沼砂礫層からの湧水である。
1115ローム層崩壊実験地災害慰霊碑の横のコンクリートの坂道を行く。この辺は飯室層の固いところに出来た道だと萩谷先生の話を聞きながらの登っていく。
1118#1’a最近の生物の生活孔がある。おし沼砂礫層砂礫層である。水が運んできたから層が出来る。一筋黒い層が目立つ。炭質物であり浅い海の内湾か沼地のような環境であったのだろう。海で平坦な層を作りそこに河川の水で砂が溜まった。ここは最後の海が引いたときのものであろう。粒がそろっている。そして粒が丸い。
1130#1’bの番外サンプル。
多摩ローム層の中に20万年前軽石の地層がある。ガラス成分は10万年ぐらいたつと粘土になる。従って若い地層はガラス質が見える。
1136#2、尾根に近ずいている。5〜6年前の武蔵野ローム層である。この崖はさっきより少し明るくなっている。古箱根火山のものだろう。サンプリングする。火山灰のもととなったマグマは安山岩質のものである。
1145立川ローム層をサンプリング。
1150アスファルト舗装に出て更に生田緑地の案内看板を見て左折。 1151#4採取。20〜12万年前の多摩ローム層〜下末吉ローム層 ある。上の地層が地すべりを起こした場所だ。これらの地形は谷の侵食が入り組んでいるので注意が必要だ。ウワバミ軽石層か?。
1156#5採取。
鬱蒼とした雑木林の中にて。右写真はサンプリング中の萩谷先生。
下末吉ローム層である。12〜3万年前のものだ。バヤリース軽石層・ローラン軽石層である。いずれも箱根火山灰である。多摩響悄甓舎吉層である。実際は良く分からない。ここで、サンプリング終了。尚、多摩ロームはドーラン軽石層もある。24万年前のもの。 1205おし沼砂礫層の湧水箇所を見る。水で運ばれた小石が見える。
1208おし沼砂礫層と飯室泥岩層との境界面から湧水している場所を見る。サワカニが数疋見える。
1216駐車場で解散。1330プラザー集合。
1330〜1510採取資料の水洗いと顕微鏡で砂等の構成鉱物を見た。

採取したサンプルの層群のまとめ

#おし沼砂礫層
#1’aバヤリース軽石・#1’bドーラン軽石=多摩ローム層24〜25万年前(箱根)
#2武蔵野ローム層(箱根+富士)3〜6万年前
#3立川ローム層
#4多摩ローム?15万年前(±5万年前)(箱根)
#下末吉ローム層?10〜12万年前?(主に箱根)
特記、箱根起源のものは普通輝石・紫蘇輝石・斜長石が多い。
   富士山起源のものは立川ロームだが、武蔵野ロームでもかなり富士山起源の火山灰が入ってきていて、斜長石とカンラン石が多い。    
   軽石も同じことが言える。
一般に火山灰鉱物としては石英は少ない。花崗岩のように、ゆっくり冷えて、マグマが完全に固結すると、石英の割合の多い岩石が出来る場合もあるが、マグマがまだ高温の段階ではなかなか石英が結晶しないことが多いので、火山灰鉱物に出にくい。
  尚、石英の多いところの地層等を見たければ、神津島、仙台の「滝の口渓谷」「八木山橋」近くの滝の口層があり、そろばん玉の石英が見られよう。
以上。
私は川崎市生田緑地の南側に住んでいるが、身近なこの土地の地形・地質・そして多摩丘陵の成り立ち等良く分かった。

(この項 了)




極地掘削にうずく技術者魂(平成15年10月22日読売夕刊より)

極地掘削にうずく技術者魂
地球は太陽の周囲を、同じ距離を保ちながら回っている。しかし実はほんの少しずつ揺れ動いていて、それに伴うわずかな日射量の変化が、12万年周期の大きな気候変動を生むのだそうだ。
国立極地研究所の三浦英樹助手は、日射量変化で南極の巨大な氷床が溶けたり固まったりすることが、気候変動の引き金の1つ見ている。氷床からは真水が溶け出し、海底には痕跡が地層になって残っているはず。それを堀り出したい。
しかし相手は数百mの海の底。困った果てに相談したのが、海底掘削の実績が豊富なボーリング会社「鉱研工業」だ。青函トンネルの建設でも津軽海峡の地質調査に一役買った。 気温は氷点下40度。氷に穴を掘って掘削機を沈める。計画を聞いた江口工社長(74)(工学博士)の技術者魂がうずいた。直ちに装置開発の共同研究として資金を提供。「素人でも使える機械にする。本当は自分が南極に行って操作したいんだけど」と笑う。
南極で使えるボーリング機械が大きな利益を生むことはないだろう。しかし誰も成し遂げていないことに挑戦する。日本の技術力を支える底流を見る思いがした。
装置が観測船に乗るのは2005年秋。江口社長は見送りの列には加わらず、船上の人となる方法を思案中だ。(2003.10.22読売新聞西島徹氏の夕刊記事より)
以上、江口工社長の技術者魂の心意気に感銘を受けた次第である。

(この項 了)




何とも多様な砂の世界(平成15年10月29日読売夕刊より)

平成15年10月29日(水)(読売新聞夕刊エコロジーより)
――何とも多様な砂の世界――
「生物多様性」という言葉は広まってきたが、多様なものはなにも生き物ばかりではない。「世界の砂と日本の砂」というHP(http://staff.aist.go.jp/sudo-gsj/sand/index.html)がある。地図上の砂の採取地点をクリックすると、砂の拡大写真が現れる。
 透明に輝く伊豆諸島新島の白砂、サンゴの破片や貝殻交じりの沖縄の砂。鳥取砂丘の砂は、白、黒、オレンジと以外に華やか。ブラジル・リオデジャネイロの海岸の砂は、宝石をちりばめたような鳴き砂。サウジアラビアの砂浜の砂は、赤色に染まっている。
 この製作者は、産業技術総合研究所鉱物資源研究グループ(茨城県つくば市)の須藤定久さん。撮影方法が独特だ。写真や書類を画像に取り込むための市販スキャナーで撮る。両面テープをはった台紙に砂をこすりつけて、台紙ごとスキャナーで取り込む。カメラでは一点しか焦点が合わないが、スキャナーなら全体を虫眼鏡で拡大したような画像が取れる。
 このデータベースを一層充実させるため、須藤さんは身近な砂の寄贈を求めている。記者の藤田勝氏も、夏休みに旅行した米国から砂を持ち帰り、画像を掲載してもらった。皆さんもどうですか。(藤田 勝氏記事を転載)
――私、堀内は個人HPで行動を入力しておりますが、今デジカメしかない。やはり、各種、記録するにはスキャナーが必需品だと思った――。
ちなみに10月30日川崎市生田緑地で採取した関東ローム層5点をかわさき市民アカデミーで勉強することとなっていてタイムリーだと思った。

(この項 了)




極地掘削にうずく技術者魂(平成15年10月22日読売夕刊より)

極地掘削にうずく技術者魂
地球は太陽の周囲を、同じ距離を保ちながら回っている。しかし実はほんの少しずつ揺れ動いていて、それに伴うわずかな日射量の変化が、12万年周期の大きな気候変動を生むのだそうだ。
国立極地研究所の三浦英樹助手は、日射量変化で南極の巨大な氷床が溶けたり固まったりすることが、気候変動の引き金の1つ見ている。氷床からは真水が溶け出し、海底には痕跡が地層になって残っているはず。それを堀り出したい。
しかし相手は数百mの海の底。困った果てに相談したのが、海底掘削の実績が豊富なボーリング会社「鉱研工業」だ。青函トンネルの建設でも津軽海峡の地質調査に一役買った。 気温は氷点下40度。氷に穴を掘って掘削機を沈める。計画を聞いた江口工社長(74)(工学博士)の技術者魂がうずいた。直ちに装置開発の共同研究として資金を提供。「素人でも使える機械にする。本当は自分が南極に行って操作したいんだけど」と笑う。
南極で使えるボーリング機械が大きな利益を生むことはないだろう。しかし誰も成し遂げていないことに挑戦する。日本の技術力を支える底流を見る思いがした。
装置が観測船に乗るのは2005年秋。江口社長は見送りの列には加わらず、船上の人となる方法を思案中だ。(2003.10.22読売新聞西島徹氏の夕刊記事より)
以上、江口工社長の技術者魂の心意気に感銘を受けた次第である。
なお上記の「鉱研工業」は長野県塩尻市にある「地球の宝石箱」博物館のオーナーで、私はここの地質観察会に数回参加しているので大変懐かしく、且つ嬉しかった。
(この項 了)




県立生命の星・地球博物館見学(平成15年10月16(火))

平成15年10月16日(木)川崎市民アカデミー03科学=水と生物を博物館で!
場所:神奈川県立生命の星地球博物館にて。講師:放送大学教授・濱田隆士先生。
1部午前中、濱田先生から珍しい内容の講演を拝聴した。
川崎の海は「内海」、小田原の海は「外海」、
川崎は技術館・美術館・生物館があり工業地帯でもあるから、いささか固く、山・川・とかは「うとく」なっている。高い山からの河川や沢山の水はある。
小田原は綺麗な水がある。丹沢の水と富士山の伏流水である。川には早川がり、山の川である。
◎環境の違いを反映する生き物達、
川崎は汚染・腐る・油浮く・臭い・・・とても食べられない。工業化している。消費している。物流多くかすを出している。屎尿・・下水管に入れバクテリアと薬剤処理・・・。宇宙船では使われている。
◎“タマちゃん”は何を食べていきているのか?みな見てない。餌をまいた。汚れに強いボラがいる。タマちゃんボラを食べているのかわからないが、日向ぼっこしても騒がない。謎の生物である。アザラシの仲間で結構南から来ている。
小田原の海は一種の構造海底に支えられている
小田原の海―相模湾は黒潮の影響がある。黒潮は東京湾の中にも入っている。富津あたりを黒潮が洗う。大学のころ、造礁性サンゴの研究で東大の潜水クラブにいた。冬、藻が少なく水が澄んでいるから海に入った。水深8〜10mにサンゴの群体があった。漁業で使う棒7mを使用した。魚類が一杯いた。
相模湾にも沢山魚類はいる。海水表面2℃8mの水深は17℃で温かい。
サンゴ化石を改めて見るとハンマーの跡が一杯ある。
魚の大家である平成天皇・常陸の宮もそうだが、博物館がお好きである。
◎伊豆七島はアクティーブな火山列島
小田原の海、国府津の海――は構造海底である。断層崖である。断層考古学がある。ぐずぐずで帯になっている。クリーフcliff崖になっている。関東大震災の崖である。地震は人身に不安を与える。熱海・伊東・・にコンパがあり人が来る。大島で起るか三宅島か。
◎国府津の断層崖が5000m深の海底に続く
◎名物の蒲鉾は深海魚とさめ
海底が深い。深海生物がいる。これが10年に一回か?海表面に上がってくる。深海魚が蒲鉾の材料である。ザコ(雑魚)といっていた。白身が多い。雑魚を探して宮内庁が食した。そして小田原の蒲鉾が有名になった。
◎沿岸に沿って泳ぐ小型と外回りの大型
浅いところは地引網・追い込み魚で鯵(あじ)が多い。沿岸を回っている小型魚だ。干し物が多い。大きいのは刺身にする。季節性で海流が支配する。伊豆付近は真潮である。枝潮もある。潮に乗って魚が上がってくる。海水の温度も影響する。
イワシ――マルゴイワシ――焼いて食す。ホタルイカ―小田原でとれる。一寸形が大きい。富山の銘柄で売っている。ある時期に深い海から上がってくる。置引きは30km、流し網は15m×15mである。
総漁獲量の1/3は棄ててしまう。輸送・冷凍輸送は良くなった。今、殆ど冷凍ものである。鯨・・冷凍を食す。北海道ものとあるが、北海道でなく外国である。ザラバガニはアメリカ、ヒシャモはアラスカ(卵は注射器で注入することもある)、箱根そばのそば粉はカナダ・アフリカの高原で栽培されている。
油:A重油から温度差により軽油やケロシンを分けているが、100円/Lとすると、ミネラルウオーター(フランス)で6〜7倍。
ここで小田原の宣伝:先ず水が美味しい。青島ビールも北海道と同じ緯度である。小田原に地ビールが出来た。近くに工場がある。皇室はビールが好き。黒ビールに近い発泡酒がある。これは統計外の資料である。重要な品種は重さだけではわからない。
貝柱にもいろいろありシャコ貝もある。何の貝かは明示されない。小田原は産地直送型である。新鮮なものが食べられる。
午後は神奈川県立生命の星地球博物館の館内の説明を濱田先生(放送大学教授)そして萩谷先生(武蔵工大講師)から受けた。

(この項 了)



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