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- 1966年に発足して間もなく、少年雑誌『ぼくら』に会員募集の記事が掲載されました。
- それを見た当時大阪の小学生だった水谷しゅんが参加。
- 以後、中尾弘、水野重康をはじめ、かんのまさひこ、コンタ・ゆうじ、ただひろしら多数が参加。
- 現在漫画家として活躍中の『エンジェル日誌』のごとう和※も、そこにおりました。
- 同時に、酒田市で精力的に活動していた村上彰司、佐藤健一、米沢市から井上はじめ、よしだりゅういち、高畠町から戸田寿一、南陽市から石川正利、ゴエ兄弟、佐藤富雄、長井市から青木文雄らとの交流も始まり、県内漫画同人の活動の最も盛んな時期となります。
1970年※、村上彰司、井上はじめらが企画して当時では画期的な『第二回山形まんが展』※を、米沢市で開催する事が出来ました。
- そこで、手塚治虫先生が主宰する『COM』※の全国同人組織『ぐらこん』の山形支部(支部長・井上はじめ)が発足しました。
全国的にも会員数が増え、積極的な活動で実績を上げましたが、『COM』の廃刊等もあって、井上はじめらの努力もむなしく自然解散となりました。
- 1972年、誇り高き野良犬となった井上はじめと石川正利は、『漫画同人ボボ』※を立ち上げ、『作品集ボボ』を発行しました。
- そこから、山形の漫画同人の活動が再び活性化します。
『漫画同人ホップ』は、1974年に発行した『作品集ホップ』46〜47号の後、活動を休止していました。
- 1992年に、復刻を兼ねまして『作品集ホップ』48〜49号を発行して、復刊しました。
- 1995年に、たかはしよしひで、ただひろし、コンタ・ゆうじの三名が、仙台市の耳鼻科医三好彰先生の指導のもと、スギ花粉症をテーマとした耳鼻科コミック※『花子さんの場合』を執筆、刊行いたしました。
- 以後、この『耳鼻科コミック』のシリーズは、西原雅夫を作画監督に迎えて、2007年2月には全10冊セットで刊行されました。
- 1996年には、『作品集ホップ』はリニューアルして、漫画、アニメ、映画のマルチな同人誌『ホップラカス』として、復刊しました。
- 2000年、『ホップラカス』を現在のホームページ形式に移行しました。
- さらに、CGアートの小田修紀も参加して、彩りを加えました。
- そして、またまた2010年には、たかはしが本の形式にこだわり、同人誌『ホップラカス』を通巻70号より復刊しました。
- ふろくとして、CDやDVDも付けられるようになりました。
- 2011年で通巻72号を発刊。
- 現在も不定期ながら発行を続けております。
- 敬称略させていただきました
- また、掲載写真は紹介年当時のものを使用しております
- なお、活動状況は随時更新されます。
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