安吉城
石川県白山市

城址碑

1487年 大窪源右衛門蔚家長が源兵衛島城より安吉村に移り築城する。四万石を治める。
1550年 家宰の大窪大炊允経忠に家督を譲る。家長は出家する。
1580年 柴田勝家により落城する。経忠は戦死する。

公民館前に建つ城址碑。

馬場跡。

公民館前には馬場があった。
ふれあいセンターに建つ碑。





安吉城は大窪源左衛門家長が築いた城で、大窪は当時勢いを増していた一向一揆杉原組という組織を率いていた。
四万石を領していたといわれ、石川郡に大きな勢力を持っていた。家長の妻は加賀守護の富樫政親の家老だった山川三河守高藤の妹である。山川は一向一揆の将大窪と深い関係があったが、富樫に最後まで従って戦死している。
家長は1551年に家督を姉婿の窪田大炊允経忠に譲って出家し、安吉に浄土寺を創建している。
経忠は北国軍の柴田勝家の侵攻に会い、討ち取られ首は安土に送られた。

弟の大窪忠左衛門安治の系統は、後に加賀藩に仕えた大久保伊左衛門に繋がってる。
現在城跡は山島公民館などになっている。城域は東西58間、南北44間あり、堀が6間あったという。現在城址碑以外に城跡を感じさせるものは何も無い。
                                                              (参考. 掲示板)

城の種類 案内表示 地図表示 駐車場 道の状態
平城 ×
地図
こちらへ→