今泉城
石川県金沢市

城址碑

1574年 この頃上杉謙信の部将 河田長親が築城か?
1578年 月岡野の戦い。織田信長の部将 斉藤長竜が飛騨より越中に侵攻する。
上杉部将 河田長親・椎名小四郎は津毛城より今泉城へ後退し、月岡野で戦うが敗れる。
のち廃城となったと思われる。

日枝神社。

天文年間に河田長親により建立される。恵馬泉神社と称した。
恵馬泉とはこの地に湧き出た泉が家畜牛馬に霊験があったことに基づく。
神社内に城址碑が建っている。



今泉城は越中と飛騨を結ぶ街道の飛騨街道の途上にある要地で、上杉謙信の部将河田長親が拠った城だ。
東西約60m、南北約100mの単郭式の城だったという。
謙信死後の1578年織田信長は越中への侵攻を目論む。
まずは越中守護代の家系で京にいた神保長住を越中に送り、その旧家臣たちとまとめさせた。その後斉藤道三の庶子といわれる斉藤長竜を飛騨より越中に侵攻させた。
報せを受けた河田と椎名小四郎は津毛城から今泉城に後退し、斉藤軍を待ち構えた。
長竜は太田本郷に陣を張り、今泉城下に火を放ち、上杉軍を戦略的に優位な月岡野に誘い出しこれを破った。
上杉軍が去った後しばらくは長竜が城主となっていたが、後に廃城となったという。
河田が建立した神社が本となった日枝神社の南西約80mほどの所
(病院のある場所か)に城はあったという。
現在城の遺構は何も無く、日枝神社に城址碑があるだけだった。
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