鶴見線内の専用線 (2013年3月13日更新)

 工業地帯に敷設され、貨物専用線として開業した鶴見線には、工場へと接続する専用線が数多く存在しました。
 それらの専用線の内、現在確認出来るものを、廃止された線も含め、ご紹介します。
 

 

日本鋼管鶴見製鉄所専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 浅野駅と浅野駅前にある旭運河との間には、東芝京浜事業所の浅野駐車場があります。
 この場所には以前、日本鋼管鶴見製鉄所(現、JFEエンジニアリング鶴見事業所)の専用線が敷設されていました。
 現在でも、そのレールの一部を確認する事が出来ます。

旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線跡 (浅野駅前)[2009.08.09.]
写真:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線跡
 

 

東芝専用線(現存)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 新芝浦駅から、鶴見線と並走する形で東芝京浜事業所内へと伸びている専用線が、東芝専用線です。
 下の写真では、左側の線路が鶴見線、右側の線路が東芝専用線となります。複線のように見えますが、完全な二重単線区間です。

東芝専用線 (新芝浦駅)[2009.08.12.]
写真:東芝専用線
 

 

東京瓦斯専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 安善駅の西側から分岐し、東京瓦斯へと向かう専用線が、東京瓦斯専用線でした。 
 現在でも、専用線への分岐点に設置されたポイントが残されています。

旧東京瓦斯専用線跡 (安善通り踏切)[2009.08.09.]
写真:旧東京瓦斯専用線跡
 

 

モービル石油専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 安善町二丁目の道路を横断する形で敷設されていた専用線が、モービル石油専用線でした。
 2001年(平成13年)に線路が撤去されています。
 旧石油支線沿いのフェンスの色が一部異なっており、色の濃い部分が、専用線撤去後に新設されたフェンスです。

モービル石油専用線跡 その1 (鶴見区安善町二丁目)[2012.02.11.]
写真:モービル石油専用線跡

 モービル石油(現、EMGマーケティング合同会社)側の専用線専用ゲートは、現在でも残っています。

モービル石油専用線跡 その2 (鶴見区安善町二丁目)[2012.02.11.]
写真:モービル石油専用線跡
 

 

在日米軍専用線(現存)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 在日米軍の専用線は、安善町に2箇所あります。
 ひとつは、安善駅に近い、安善町一丁目にある専用線、もうひとつが、京浜運河に近い、安善町二丁目にある専用線です。
 この内、安善町二丁目の専用線は、長らく使われていませんでしたが、2005年(平成17年)の春から、使用が再開されました。これに伴い、安善町一丁目の専用線は、休止状態になっているようです。
 旧浜安善駅駅舎の手前から道路を横断する形で、在日米軍の敷地へと線路が続いています。
 この踏切には「日石カルテックス踏切」という名称が付けられていますが、警報機や遮断機はなく、貨物列車が通過する時は、JR側の踏切警手(踏切の保安員)が「遮断ロープ」を使って、道路を遮断します。
 さすがに、米軍基地です。敷地内にカメラを向けると、守衛に注意されます。

安善町一丁目の在日米軍専用線 (東亜建設踏切)[2013.03.12.]
写真:在日米軍専用線(安善町1丁目)

安善町二丁目の在日米軍専用線 (日石カルテックス踏切)[2013.03.12.]
写真:在日米軍専用線(安善町2丁目)

 2005年(平成17年)春に安善町二丁目の在日米軍専用線が、使用再開されるのと同時期に、境界標が立派なものに取り換えられています。
 それまでは、朽ちた木製の境界標が線路脇に「転がっている」という状態でした。

在日米軍専用線の境界標 (鶴見区安善町二丁目)[2013.03.12.]
写真:在日米軍専用線の境界標
 

 

日本ガテックス専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 旧浜安善駅よりも海側に伸びた専用線が、日本ガテックス専用線でした。
 現在でも、貨物線用のゲートが残されています。

旧日本ガテックス専用線跡 (鶴見区安善町二丁目)[2012.02.11.]
写真:旧日本ガテックス専用線跡
 

 

三菱化工機専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 大川駅の北側、現在の日本ガラス踏切付近から分岐して、三菱化工機へと向かう専用線が、三菱化工機専用線でした。
 三菱化工機の大型特殊車両通用門の下に、線路の一部を確認する事が出来ます。

旧三菱化工機専用線跡 (大川駅付近)[2011.10.01.]
写真:旧三菱化工機専用線跡
 

 

昭和電工専用線:大川地区(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 空車となった貨車を入れ換える際に、貨車を人力で「手押し」して移動させる事で有名だった、昭和電工扇町地区の昭和電工専用線ですが、2008年(平成20年)3月のダイヤ改正で貨物輸送が廃止されました。
 昭和電工の前にある「昭和電工踏切」では、レールそのものは残っているものの、車輪とレールとが接する箇所の隙間が埋められています。

埋められた昭和電工踏切 (大川駅付近)[2009.08.09.]
写真:埋められた昭和電工踏切

 昭和電工側のゲートも開かないように、トタンが貼られてしまいました。

塞がれた昭和電工専用線のゲート (大川駅付近)[2009.08.09.]
写真:塞がれた昭和電工専用線のゲート
 

 

日清製粉専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 大川駅にある貨物ヤードの先には、日清製粉の専用線が伸びていましたが、現在は車止が設置されています。
 日清製粉専用線は、1997年(平成9年)6月30日に最後の貨車を送り出した後、廃止となりました。

旧日清製粉専用線前の車止 (川崎区大川町)[2011.10.01.]
写真:
 

 

第一セメント専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 JR貨物の浜川崎駅から、第一セメント(旧、浅野セメント)へと向かう専用線が、第一セメント専用線でした。1998年(平成10年)8月に廃止となっています。
 正確な運用開始日は不明ですが、専用線の免許取得日は、日本鋼管専用線(浜川崎)よりも早い、1917年(大正6年)3月なので、東海道貨物支線(川崎〜浜川崎間)が開業した1918年(大正7年)5月には、運用を開始していたと思われます。
 現在、第一セメント専用線の線路は撤去され、扇町跨線橋の下にある、JR貨物の浜川崎駅貨物ヤードのとの境界には、車止が設置されています。

扇町跨線橋の下にある車止 (扇町跨線橋)[2009.08.09.]
写真:扇町跨線橋の下にある車止

 現在は資材置場になっていますが、ここに第一セメント専用線が敷設されていました。
 2001年(平成13年)1月には線路の一部が残っていましたが、同年8月に線路が完全撤去された事を確認しています。
 第一セメントが所有するスイッチャー(入換動車)が休んでいたのも、この場所です。

第一セメント専用線跡 (扇町跨線橋)[2011.05.08.]
写真:第一セメント専用線跡
 

 

日本鋼管専用線:浜川崎(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 若尾新田(現在の川崎市川崎区南渡田町)に建設された日本鋼管内の専用線が、浜川崎の日本鋼管専用線です。
 1918年(大正7年)2月には専用線の免許を取得、川崎〜浜川崎間の貨物支線が開業した1918年(大正7年)5月には、営業を開始しており、鶴見線関連では、第一セメント専用線と共に、最も古い専用線です。
 運用開始当初は、わずか0.3キロメートルだった浜川崎の日本鋼管専用線は、後に8.7キロメートル(敷設総延長は50キロメートルになるともいわれた。)にまで伸びる事になりました。
 現在、JR貨物の浜川崎駅から、JFEスチール(旧、日本鋼管)へと向かう専用線跡を直接確認する事は出来ませんが、場所を昭和駅近くの扇橋に移すと、廃線跡を確認する事が出来ます。
 扇橋の上には、JFEスチール東日本製鉄所渡田地区から、同、扇町地区を結ぶ2本の橋が架かっています。ひとつは、自動車専用の橋で、もうひとつは「ワーレントラス」と呼ばれるトラス橋です。
 このトラス橋は、1922年(昭和11年)に、日本鋼管の渡田地区と日本鋼管の扇町地区とを結ぶ、日本鋼管専用線の鉄道橋として建設されたもので、元々は同じ形状の橋梁が上下線別々に2組架かっていましたが、1980年代中頃に、旧若尾新田側の橋梁が撤去されました。
 鉄道橋としての役目は終えたものの、複数のパイプ等が設置され、運河を跨ぐ現役の橋梁として活躍中です。

旧日本鋼管専用線のトラス橋 その1 (扇橋付近)[2009.08.09.]
写真:旧日本鋼管専用線のトラス橋

旧日本鋼管専用線のトラス橋 その2 (扇橋付近)[2009.08.09.]
写真:旧日本鋼管専用線のトラス橋
 

 

東亜石油専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 昭和駅の北側で分岐した貨物専用線は、道路を横断し、東亜石油専用線へと接続していましたが、2011年(平成23年)9月に東亜石油京浜製油所扇町工場が閉鎖された事に伴い、専用線も廃止となりました。

道路を横断する線路 (昭和駅前踏切)[2011.10.10.]
写真:道路を横断する線路

 廃止された専用線上には、簡易な車止が設置されました。

設置された車止 (昭和駅前踏切)[2011.10.10.]
写真:設置された車止

 簡易な車止は、旧東亜石油の扇町工場付近にも設置されています。

旧東亜石油専用線上の車止 (川崎区扇町)[2011.10.10.]
写真:旧東亜石油専用線上の車止
 

 

東洋埠頭専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 昭和駅の北側で分岐した貨物専用線は、道路を横断した後、東洋埠頭専用線にも接続していました。
 現在、東亜石油専用線との分岐点付近を中心に、東洋埠頭専用線の線路が、一部残されています。
 下の写真では、左側へと延びる線路が、東亜石油専用線、正面に延びる線路が、東洋埠頭専用線でした。

東洋埠頭専用線跡 (昭和駅前踏切付近)[2011.10.10.]
写真:東洋埠頭専用線跡

 廃止後の東洋埠頭専用線は、撤去されたのではなく、アスファルトの下に埋められてしまいました。

埋められた東洋埠頭専用線 (川崎区扇町)[2007.08.09.]
写真:埋められた東洋埠頭専用線
 

 

昭和電工専用線:扇町地区(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 扇町駅の貨物ヤードに隣接する形で敷設され、昭和電工扇町地区内へと続く路線が、扇町地区の昭和電工専用線でした。
 2008年(平成20年)3月のダイヤ改正で、昭和電工への貨物輸送が廃止されています。
 貨物輸送廃止後も、液化塩素専用貨車であるタキ5450や液化アンモニア専用貨車であるタキ18600が一時留置されていましたが、その年の夏には、これらの貨車も扇町駅を去り、2009年(平成21年)の春には専用線への渡り線上に、簡易的な車止が設置されました。

ゲートが閉ざされた昭和電工専用線 (扇町駅)[2009.08.09.]
写真:ゲートが閉ざされた昭和電工専用線

設置された車止 (扇町駅)[2009.08.09.]
写真:設置された車止
 

 

三菱石油専用線(廃止)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 扇町駅の南側にある、扇町駅前踏切を通過し、三井埠頭に沿って旧三菱石油川崎製油所に伸びていた路線が、三菱石油専用線でした。
 下の写真では、正面を向いているショベルカーに向かって、三菱石油専用線が分岐していました。

三菱石油専用線跡 (扇町駅前踏切)[2009.08.09.]
写真:三菱石油専用線跡

 旧三菱石油側の専用線専用ゲートは、現在でも残っていますが、線路は2001年(平成13年)に撤去されています。

三菱石油専用線のゲート (川崎区扇町)[2011.05.08.]
写真:三菱石油専用線のゲート
 

 

三井埠頭専用線(現存)

地図:旧日本鋼管鶴見製鉄所専用線

 扇町駅前踏切の南側にある、JR貨物の貨物ヤードから、三井埠頭内へ敷設された路線が、三井埠頭専用線です。
 三井埠頭からは、石炭運搬専用貨車のホキ10000によって、太平洋セメント熊谷工場へと、石炭が運搬されています。

貨物ヤードから引き出されるホキ10000 (扇町駅前踏切)[2011.09.17.]
写真:貨物ヤードに停車中のホキ10000