〜 保育室から 〜

噛みつき  (2004/6/4)




◆噛みつきがあったら

 一歳過ぎから三歳くらいまで、噛みつきがみられる子どもがいます。おもちゃを争って・場所を取り合って・自己防衛手段として・たたき合いの中で・愛情表現として、それにはっきりとした理由がわからない場合もあります。すれ違いざまに他の子の肩を噛んだり、隣に座った子の腕を突然噛んだりという時です。子ども自身には何か理由があるけれど第三者からはわからないのです。もしかしたら子ども自身がきちんと自分の行動を説明できる能力があったとしても、本人も理由がわからないこともあるかもしれません。
 噛みつきという行為が始まったら、肝心なのは大人の対応です。

 噛みつきを見つけたら 噛まれた子には「ごめんね。痛かったね」とまず保育士が詫びます。噛んだ子には噛んだ理由が察知できれば「あのおもちゃが欲しかったの?」とその時の気持ちを代弁してから「今度から貸してって言ってね」と噛みつきに代わる表現方法を言い、「噛んだら痛いんだよ。もうやらないでね」と噛みつきはいけない行為だということをきちんと伝えます。
 噛みつきそうになっていたら、その子の名前を呼んだり「だめ!」と大きな声を出したりして注意をひき、噛みつきをやめさせます。噛みつきを繰り返さないためにも、防止は大切です。攻撃手段として確立してしまうと、ちょっとしたトラブルでも口が出やすくなってしまいます。
 
 と、一般的な話をしたところで、私見を述べたいと思います。



◆噛みつきを伝える意味

 噛まれた子の保護者には謝罪して噛まれたときの状況を伝えます。噛んだ子の保護者に対しては保育所によって対応が違うかもしれません。
 私の勤務してきた所では 噛んだ方には伝えない・一日に何度か噛んだら伝える・噛みつきが何日か続いたら伝える・など様々でした。
 私は 一日に何度か噛んだら・噛みつきが何日か続いたら・家では噛まないけれど保育所で噛みつきがみられた時、に伝えるようにしています。
 伝えるのは噛んだ状況と数回/数日あった、ということです。噛んだ跡を見せることはありません。保護者にとっては「自分の子どもが噛んだ」ことだけで充分ショックがあるはずで、さらに追い打ちをかけるような行為をすべきではないと思います。

 噛みつき行為があったと伝えるのは、 「噛みついて困るんです」「(お母さんが)何とかしてください」「家庭が悪い」と訴えたいのではありません。理由はふたつあります。
 ひとつは 保育所での”今”の状態を知っていて欲しいからです。保育所に通い始めたときから、日中親と子は別の場で過ごしています。が、赤ちゃん時代というのは家庭と保育所の姿にあまり違いのない時期だと思います。噛みつきをする頃−他人との関わり合いが多くなる頃から「親の知らない子の姿」がみられるようになります。
 例えば家庭に他の子どもがいない一人っ子の場合「おもちゃの取り合いをして相手の子に噛みついた」という状況設定自体がありません。集団生活だからこそ噛みつきがみられることもあるわけです。そのような時「噛んだ」報告をしなければ「うちの子は噛みつきなんてしない」と思ったままになるでしょう。
 親が外での子どもの姿を知らないと 何かあった時「うちの子に限って」「うちの子はそんなことはしません」ということになってしまいます。それはそうです。家庭での”いい子”の姿しか知らないのですから、理解できるはずがありません。
 親のいない場所で子どもがどんな風に振る舞うのか、どんな風に集団生活をしているのかは噛みつき以外でも知らせていくとよいと思います。
「私の知らない子どもの姿がある」−それは親にとって衝撃的な事実かもしれません。大げさなようですが、親と子は別の人生を歩んでいることを そこから少しずつ感じていって欲しいのです。
 それから「噛みつきをする時期に来た、そこまで成長した」という意味もあります。噛みつきの後には二歳の反抗期が待っています。保育士は予言者ではありませんが、先の見通しを保護者に伝えることもこれに限らず大切です。

 ふたつめは家庭と協力して噛みつきを減らしていきたいからです。噛みつき行為の原因は生理的不快感・表現のひとつ・疲れなどが挙げられます。愛情不足というのもよく言われます。これに悩むお母さんもいらっしゃいます。愛情不足については家庭の状況によって、確かにそれが大きな原因だと思われることもあります。家でお母さんが家事に追われてまったく子どもの相手をできずにいたり、お母さんがかけもちで仕事をしていて家にほとんどいなかったり…という時です。
 家庭の状況、特にお母さんの状態というのは子どもの精神面に非常に大きな影響があります。子どもの前で夫婦げんかをした・お母さんが苛々していた・体調を崩していた・妊娠中、などは 子どもが精神的に不安定で一日中何かとべそべそ泣く・苛々して噛みつく・かんしゃくを起こす、などの症状がみられます。
 人間ですから何だか苛々する日もあるでしょう。女性は生理周期によっても気分が変わりますし。子どもの前ではいつも機嫌良く笑顔で!というわけではありません。ただ、自覚して行動しお子さんへの影響を少なくすることができたら、それがお子さんのためになります。
 いちばん意識してやめられるのはずばり、子どもの前での夫婦げんかでしょう。ありのままの姿を見せたいから、と子どもがいても構わず夫婦げんかをする方もいますが、これだけはやめていただきたい。これをやるとてきめんに子どもから笑顔がなくなります。怯えた表情をみせ、警戒するように眉間に力が入り、子どもが萎縮してしまいます。仲の良いふりをするのではなく、子どもの前でけんかをしない、ですからあしからず。



◆保育士の責任と対処

 何度か噛みつきをしている子どもがいたら、その子が噛みつかないように注意して見るのは 保育士の責任です。100% 防ぐのは無理だとしても、きちんとその子がどこにいて何をしているかを見ていれば、その多くは未然に防ぐことができます。
 私自身の反省も込めて思うことですが「ずっとそばについていたのに、目を離した隙に噛んでしまった」のも言い訳です。 噛みつきがあると噛んだ子どもは叱られ、噛みつかれた子どもは痛い思いをし、またそれぞれの親も嫌な思いをします。噛まれることが多いと保育所不信にもなります。
 噛みつく子どもは噛みつきたい衝動を抑えることができないのでしょう。噛みつきを止められないと、子どもはまだ自分で制御できない行動をしてしまったために叱られ、自分をわかってもらえない苛立ちを感じ、またそれを解消するために噛みつきをしてしまい…と悪循環に陥ることも考えられます。子どもたちが不要な叱責を受けずに済むように保育士がもっと防止意識を持たなければならないと思います。噛みつきを子どものせいだけにしてはいけないと思います。

 噛みつき行動が頻繁にみられた時、子どもを隔離する保育士もいます。人手不足で目が行き届かないため仕方ないこともあるかもしれません。ですが基本的に隔離はしたくありません。隔離すれば噛みつきもせず、不要な叱責を受けずに済みますね。ですがこれは防止措置のようであって何の解決にもなっていないと思います。相手があって初めて経験できることも覚えることもあるのです。噛みつきたい衝動を抑えるにしても別の手段で行動するにしても、その状況になければ経験を積むことはできません。そして噛みつこうとしたら止められて声をかけられ、いけないことだと繰り返し聞かされるのも経験のうちです。噛みつきたい衝動は制御できないものだとしても、容認されることではないことははっきり伝えるべきでしょう。仕方ない行為から、と見過ごしては「これはやってもいいことだ」と学んでしまいます。噛みつきにとどまらず、相手に傷を負わせることはいけないのだ、という意味も込めて伝えるべきことはあります。
 ところで噛んじゃ駄目、と言ったから噛みつきがなくなるわけではありません。保育や子育てに基本的に特効薬はありませんから。そこが大人にとって歯がゆいところですが、いつまでも続くことではないから、と気長に構えて欲しいと思います。
 
  ところで噛みつきは、その時期にみられて当然の行動でもあります。噛みつく子どもは保育士にとって「困った」子かもしれませんが、本当は困った子どもでも問題児でもありません。子どもが噛みつきをするので悩んでいる保護者には、それをきちんと伝えて欲しいと思います。「性格だから」というぼんやりした理由付けや「そういう子いるんですよね」という保育士の一般論で片づけないでください。
 それに、「今」現れるであろう行動がまったく現れず、子どもの頃はおとなしくて聞き分けが良い子、噛みつきなんてまったくなかった子の方が、後々になって反動が来たように際限なく暴力をふるったり問題行動を起こすケースが多いと思います。
 噛みつきは決して良い行いではありませんが、これを自己表現の手段として考えれば その子どもは自分の意思を表す術を持っていることになります。その点では安心なのです。何を表現しているかを大人が理解すればよいのです…もっとも、それが難しいのですけどね。



◆素手のケンカならいい
 
 噛みつく子ども=暴力的、と思われる方もいるようです。その関連性はわかりませんが、ふたつをイコールで結びつけるのは単純すぎると思います。
 噛みつきをする一歳半から三歳くらいまでの頃には噛みつき以外にもたたき合いやどつき合いやひっかき合いや…子どもたちは争うと手も足も出ますが、私は素手でぶつかり合う分には構わないと思います(怪我には注意しなければなりませんが)。むしろ、保育所にいる年齢の時に しっかりケンカをしておいた方がいいと思っています。 叩かれたら痛い、このくらいやったら血が出る、これ以上やったらいけない、というケンカの仕方を体で覚えて欲しいのです。保育所児のケンカはかわいいものです。この時期に素手のケンカをせずに育ち、中学生くらいになっていきなりナイフを持ち出す方が危険です。大きくなってからケンカ、あるいは暴力をふるい「これ以上は重大な怪我をする・命に関わる」見極めができず、殺人に至る事件が多くありますが、これも経験不足がひとつの原因だと思います。相手の痛みを自分の体で知ることもケンカをして叱られるのも 大切です。



◆最後に

 噛みつきについてこうしたらよい、こうしたら減った、というアイディアがあれば教えてください。保育に役立てていきたいと思います。
 そして保育士ひとりひとりの意識がもっと高ければ…と思うことは他にもありますが、噛みつきについては特に強く感じています。




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