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角 海 浜

 

(新潟市西蒲区)

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当ページA付近の写真(白黒)が、こちらの本で使われています。


封印された日本の村
 


内容: 
昔から人々は日本のあらゆる場所で村を作り生活してきた。しかしすでに消えてしまった村は多い。かつて人々はどんな場所で生き、どんな事情で消えていったのか。また、現存する村々がどのような文化を継承しているのか…「村」を通して人間の生きざまが見えてくる。
この件の日記は
こちらです。

 


  A付近


釣り場Aの浜を道路から俯瞰する。

 

 

   

 

 

Bの浜


Bの浜を上の道路から俯瞰したところ。

 

さらにすすむと・・・

 

隧道出口の堤防がある。

 

 


投げ釣りは堤防先端部がポイント(写真の日は荒れ気味だった)


 

・私自身は角海浜(かくみはま)で大釣りを経験したことはないのだが、人の話などでは6月頃にいいキス釣りができると聞く。根掛かりもなく、気持ちよく釣りができる。盛期の6月頃はキスが波打ち際まで寄ってきて、20cm級がテーパーラインの内側(15m以内)で入れ食いになることも。

・Bの浜へは、Aの浜から磯伝いにも行けるが、その場合は途中やや難しい場所もあるのでご注意を。また、トンネルを抜けて新樋曽山隧道付近まで行って浜へ下りて戻って行くことも可能。Bは外界と隔絶された別天地で滅多に人もいない。休日を満喫してください。

・Bの浜の先には隧道出口の堤防があり、この先端部も投げ釣りのポイント。

・なおここはかつて東北電力・巻原子力発電所の建設予定地となっていたところ。現在はその計画もまったくの白紙となってしまった。東北電力の土地なのでマナーを守っての釣行をお願いいたします。

・ひろみずさんの「角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画」という訪問記に、角海浜の詳細な画像と解説が大変よくまとめられています。

 

 

・小坂井昇さんの書かれた「日本海のキスはこう釣れ」のなかの、角海浜についての記述はこうある。


「梅雨前後から旧盆ころまでがピークで、15cm級が3〜4連と連続して釣れることも珍しくない。

新津市の釣り人が午後の半日で200匹釣ったと話していたが、短時間で束釣りも可能。だが、あくまで型は15cm級が主で、18cmが釣れるときはそれほど数が出ないようだ。

 (中略)

北西風が強く吹くとはるか沖まで泥濁りになり、一週間くらいは釣りにならないので要注意」
 

       

 

・またここで、角海浜の歴史について触れておきたい。

  古い文献では、1077年(承暦元年)の文献に、「光浦(能登の地名)の海人ども一村あげ越後へ逃亡。角海浦へ移住」とある。

  その後角海浜についての文献はなく、村人が実際にいたかどうか不明のようだが、真宗大谷派城願寺所蔵の天正18年(1590年)の文書に角海浜についての記述があって、その頃には村があったものと思われる。やはり能登地方からの移民の村であったようだ。

  寛永−正保(1624−48)頃には200戸以上の戸数があり、江戸時代の最盛期には250戸ほどあって寺が5つもあった。また、江戸期には長岡藩領となり、北前船の寄港地としても大いに栄えたそうだ。

  そして、「越後の毒消し」の発祥の地でもある。19世紀半ばから始まり、明治時代の塩業の衰退、大正時代以後の沿岸漁業の衰退などにつれて、女性の遠隔地行商として盛んに行われたそうである。最盛期には周辺の村を合わせて3000人ほどの売り子がいたという。

  しかしその後、時代が進むとともに海岸決壊の進行と貧窮化が原因で次第に戸数は減っていき、昭和49年(1974年)に最後の住人が離村し、事実上の廃村となったそうである。

  昭和44年には原発の建設計画が発表されたが、地元の反対などもあって結局現在では原発建設計画は白紙となっている。


参考文献:新潟県の地名(平凡社)、
こちらのサイト、越後毒消し売りの女たち〜角海浜消えた美人村を追う旅〜  

 

 この文を書くに当たって、越後毒消し売りの女たち―角海浜消えた美人村を追う旅という本も参考にさせていただきました。

 いや〜、この本、私が2008年に読んだ本の中ではもうぶっちぎりダントツに面白かったです(さすがマニアな嗜好)。もう、すごい、よくまあこういうマニアックな視点の本を書かれたもんです。長岡市、あるいは中越地区にお住まいもしくはご縁のある方で角海浜をご存知の方、あるいは角田山周辺の歴史に興味のある方にはオススメです。私にとって、この本に書かれていることは断片的な知識としては知っていることが多々ありましたが、それを角海浜を軸として一冊の本を書き上げられたことに拍手喝采を送りたいです。素晴らしい。


越後毒消し売りの女たち―角海浜消えた美人村を追う旅

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・こうした歴史背景で私が思い浮かべるのは鴨長明の「方丈記」だ。学校の教科書で習ったあれである。冒頭部分を記す。

   
     「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、
                               久しくとどまりたる例
(ためし)なし。世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。」 

   訳:ゆく川の流れは絶えることがなく、しかもその水は前に見たもとの水ではない。淀みに浮かぶ泡は、一方で消えたかと
          思うと一方で浮かび出て、いつまでも同じ形でいる例はない。世の中に存在する人と、その住みかもまた同じだ。

方丈記の参考サイト

 


角海浜夕景(クリックすると壁紙サイズになります)

 

・ムニエルさんからB型人間のアウトドア日記に投稿いただいた文を転載させていただきます。


 角海浜に来ると、いつも芭蕉の句が頭に浮かびます。

 原発で騒いでいた頃は、近い将来、この浜で釣りができなくなると思い、よくキス釣りに通いました。

 浜の一番奥に流れ込みがありますが、一度だけ、あの上流に分け入ったことがあります。

 山菜採りの人が通るらしい藪の中の踏み分け道を辿って行くと、流れ込みの上流は小さな小川のせせらぎとなり、そこに小さな小さな、古びた石の橋が架かっていました。

 石橋の先には石段があり、斜面を登って山越えのルートがあるようでしたが、装備がなかったので途中までで引き返しました。

 苔むして角の丸くなった石橋の姿は、そこに確かに人の営みがあったことの最後の証の様で、なんだか胸にこみ上げるものがありましたよ。
 

 

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