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私の書斎へようこそ

愛のある家庭を築く方々のために聖書を紹介いたします


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→In easy to understand English,click hereto learn the practical facts of love.


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→イエス様、どの目的をもって生きていらっしゃいますか。

イエス様、どのためにお生まれになりましたか。

→イエス様、私に何をお伝えたいですか

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                                 どのようにクリスチャンになりましたか。



聖書には、神様が唯一神だと教えてあります。新約聖書には、イエス様は御子なる神、見えない神はイエス様の父なる神、聖霊様はイエス様と父なる神の人格的関係の祝福を天と地の者に伝えていらっしゃる神です。それゆえに神は三位一体と言います。神様は人がだれでも天の家族と結びつき、ご自分の子になることを好んでいらっしゃるお方です。

私は八歳の頃、クリスチャンになりました。聖霊様は人も出来事も聖書の言葉も用いて私を救いに導いてくださいました。私は自分の父との経験を通して、天の父なる神様の愛がわかるようになりました。

私はニューヨーク市に生まれました。一番人々が多いブルックリンと言う市に住んでいました。八人の家族、わたし、父、母、五人の姉の家族で育てられました。

ニューヨーク市についていろんなこわい話を聞いたことがあるでしょう。残念なことですが、昔、ニューヨークにだけおこった暴力と犯罪はアメリカの全国の首都に広がっていきました。他の首都と比べ、又、過去と比べて、ニューヨークは毎年もっと安全な場所になっています。

それでも、ニューヨーク市内で注意する方が良さそうです。とにかく、私の四歳の頃、私は小さかったし、私よりも 建物、トラック、車、大人は さらに大きかったので、すべてがこわかったのです。全部は恐がらせ、興奮させ、冒険させるものでした。

四歳の時、私の周りにあるこわいもののうちに一番こわいのは地下鉄でした。きれいな春の日のことでした。父に連れられ、ニューヨークの湾に立っている自由の女神などを見に行ったとき、団地を通って歩き、父の手を握っていました。その歩道沿いには、とても大きくて、明るい色の車が一列に並んでいました。そのそばを通りながら、遊んでいた子供たちの声の上には、木々の中で楽しく歌っている鳥の鳴き声も聞こえました。父と私は地下鉄の入り口に着きました。

そこで、私は正面から長い階段を下がらなければなりませんでした。空気はどんどん冷たく、じめじめした空気になったことに気がつきました。それで、鼻はすぐにいやな臭いでいっぱいになりました。ホームに着いてから、ホームの淵から下に広くて大きいレールを見つめました。この冷たい、シルバーのレールは駅のはしから真っ黒なすごいトンネルの中に伸びていました。

それから、ガラガラと低い音が聞こえ、二つの小さいランプはトンネルの遠くの方から照らしていました。だんだん、このガラガラは大きくなり、この光は明るくなりました。そこで、駅は急に雷のようなガラガラという音でいっぱいになりました。うなりながら電車は私のそばを通り、私の髪の毛はかき乱され、いやな臭いの風を顔に吹きかけられました。まるで、大きな、灰色の金属の蛇のようで、私は、震えあがりました。

小さい、四歳の私には、これは、とてもこわかったです。それにもかかわらず、私はとても安心し、うれしかったです。それは私が父の手を握っていたからでした。そのうえに、父は毎日、地下鉄で働いていました。父は信号機の修理工でした。電車信号設備を整備しました。信号は電車に、早く、ゆっくり、走れ、止まれと知らせます。毎日、信号が正常か確認するのに、父はその暗いトンネルを歩きました。

電車に乗ってから、父と私は電車の一番前の窓ガラスの方へ歩きました。そこで、私が近着いてくる信号の赤から、黄色に、青に変わる様子を見るため、父は私を抱いていました。私は暗いトンネルを通りながら、ランプの光線の下に、暗い影の中でしぞんでいるドブネズミやワニなどを想像しました。

また、私が安全だとわかっていたから、安心して楽しく、その電車に乗りました。父はそこで働いてました。父は毎日、無事に帰りました。父はその暗い中にいるどんなものよりも強いし、私といっしょにいてくれました。そのうえに、私は父の腕の中にいました。彼の強さと愛の中で抱いていてくれました。彼の愛と守りを受けて、私が見た危険について心配しませんでした。父が自由の女神に私を連れて行き、すばらしい日を楽しんでから、安全に父といっしょに帰れると分かっていたからです。

そのときから八歳のころまで、父といっしょのこのような経験を思い出しながら、天地を造ってくださった父なる神様のことばを聞きました。天の家族と結びつけられ、神様の子になりたくなりました。私の罪、私の悪い心を神様の前に告白し、私の救い主として、イエス・キリストを受け入れました。

ずーっとそのときから、ある聖書の節は私の心に残っています。たとえば、ローマ4:25:主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、蘇られたからです。そして、第一ヨハネ5:11,12.:そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。