「ときどきモルドバ」

について

 

 あまり頻繁というわけにはいきませんが、モルドバについても、何か面白いトピックスを見付けたら、本コーナーで紹介してみたいと思います。本当に「ときどき」です。

(2010年9月19日)

 

 

(写真は キシニョフ中央市場の乳製品売り場の様子)

 

記号

No.0008:2011年12月31日:光なき孤児〜ソ連邦崩壊20年 東欧の小国の悲劇〜

記号

No.0007:2011年7月31日:モルドバの大企業ランキング

記号

No.0006:2011年7月28日:沿ドニエストル共和国大統領選の行方

記号

No.0005:2011年7月16日:モルドバ唯一の世界遺産、シュトルーヴェの測地弧

記号

No.0004:2010年10月23日:モルドバ・サッカー界に君臨するFCシェリフ

記号

No.0003:2010年10月21日:モルドバ、やっぱり欧州最貧だった

記号

No.0002:2010年9月23日:モルドバ大統領の潜在的な候補者たち

記号

No.0001:2010年9月19日:モルドバ長者番付

No.0008 2011年12月31日

 12月28日に、NHK-BSで、「光なき孤児〜ソ連邦崩壊20年 東欧の小国の悲劇〜」というドキュメンタリー番組が放送された。実は、私は秋頃に本番組の取材に少し協力しており、その番組がようやく日の目を見たというわけだ。

 なお、再放送のことは未確認だが、少なくともこちらでオンディマンドで観ることは可能。

 NHKのサイトからそのまま番組の内容をコピーしてしまうと、「旧ソ連を形成する共和国だったモルドバ。独立して20年、市場経済になじめず、旧ソ連頼りだった農業は崩壊。ヨーロッパ最貧国に転落した。職のない人々は、外国へ出稼ぎに向かう。ある農村では学童の半数以上が親と離れ離れになった。仕送りも音信も途絶え、増え続ける孤児。政府は外国との養子縁組を推進するまでに追い詰められた。子供たちの姿を通して、ロシアからもEUからも見捨てられている小国の厳しい現状を見つめる。」 という、とても重いものである。

 番組で語られていたことをいくつか、備忘録として以下のとおりメモしておく。

●すでにEU入りしているルーマニアをめざし、ルーマニアの市民権を申請するモルドバ国民が、年間50万人に上る。しかし実際に取得できるのは1万人だけ。

●田舎化からキシナウに出てきた子供たちは、物乞いをし、路上で暮らす。保護される子供は毎月100人を超える。キシナウ市内には8箇所に孤児院がある。国営の施設も、運営は外国のNGOからの支援で成り立っている。孤児院の収容期間は最大2年。

●農村の状況も深刻。14歳から16歳の子供が通うある学校では、半数以上の生徒が親と一緒に暮らしていない。親が出稼ぎに行って戻ってこないので。

●EU圏内にはモルドバからの不法労働者が50万人溢れていると言われている。

●モルドバ政府は、国際条約に則った整備を進め、外国との養子縁組を積極的に進めている。2010年には45人の子供の国際養子縁組が決まった。里親になったのは、米国、イタリア、スイス、オーストリアの人々。

 番組の個人的な感想を言うと、私はこれまで、モルドバの移民というのは、もっとカジュアルな感じで国境を行き来し、本国と出稼ぎ先とを頻繁に行き来しているようなイメージを抱いていた。しかし、この番組を観ると、いったん国を離れるとなかなか一時帰国もままならず、そのまま家族や子供と音信不通になってしまうケースも少なくないような雰囲気である。まあ、社会学的調査の結果でも見ないと、正確なところは分からないが。

 以下は番組のハイライトシーン。

冒頭ではなく、エンディングの映像だが。

 

キシナウの孤児院。

 

母親がイタリアに出稼ぎに出てしまい、遠い親戚に預けられた少年。親戚の老夫婦は親切そうだったが…。家畜の世話を手伝う。

 

厚生労働省の国際養子縁組担当者。外国の里親からの条件と、孤児を照らし合わせ、縁組を進めていくが、決まるケースは数少ない。

 

 


モルドバの大企業ランキング

No.0007 2011年7月31日

 世間様にとってはまったくどうでもいい、しかし私個人にとっては夢にまで見た資料を手に入れた。モルドバの大企業ランキングである。

 私は大企業ランキングの類が好きであり、それが高じて自分の編集する『ロシアNIS調査月報』2011年4月号で「NIS大企業総覧」という特集をやり、「ロシア・NIS大企業の規模を比較する」なんていうレポートを発表している。しかし、その際に入手できた大企業ランキングはロシアのほかにウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタンだけで、私の関心国の一つであるモルドバの当該資料はどうしても見付けられなかった。

 しかし、今般、ルーマニアの『アデヴァルル』紙が2010年のモルドバ企業売上高トップ10という記事を発表し、それがネットにも掲載された。「ルーマニア語なんか読めねえよ」という向きには、ロシア語のサイトに出たこちらの翻訳記事をどうぞ。隣国のルーマニアがモルドバ10大企業を発表するというのは、いかにもおせっかいという気がしないでもないが、かつて私がルーマニア研究をしていた頃に購読していた『アデヴァルル』紙(昔の共産党機関紙である)にこういう記事が出たというのも感慨深い。そこで、記事に示されたデータをもとに、2010年のモルドバ企業売上高ベスト10の表を作成してみた。原典では売上高の数字がモルドバ・レイで示されているので、下表では2010年の平均レート1ドル=12.4レイで米ドルに換算した数字も示した。

 

  2010年の
売上高
(10億レイ)
ドル換算
(100万ドル)
1.シェリフ 4.0 323
2.モルドバガス 3.8 306
3.フェノーサ天然ガス・グループ 3.1 250
4.オレンジ・モルドバ 2.5 203
5.モルドバ地区発電所 2.5 198
6.モルドテレコム 2.4 194
7.モルドバ冶金工場 1.5 121
8.Tirex-Petrol 1.3 105
9.キシニョフ熱電併給火力発電所 1.2 95
10.エアー・モルドバ 1.1 87

 

 今回の『アデヴァルル』の記事で有意義なのは、モルドバ本体だけでなく、モルドバからの分離・独立を唱えている沿ドニエストル共和国(トランスニストリア)の企業も対象としている点である。上の表では、沿ドニエストル共和国の企業を、ピンク色の背景で示している。

 で、1位のシェリフもモルドバ本体ではなく、沿ドニエストルの企業。同社についてはこちらこちらで語ったことがある。同社は不明朗な企業体なので、売上高の数字は大まかな推計値のようだ。2位のモルドバガスというのは天然ガスパイプラインのオペレーターで、ロシア・ガスプロムが50%の株を保有している。3位のフェノーサというのはスペイン系の多国籍企業らしい。4位は携帯電話事業者。5位の発電所も、ロシアのInter RAO YeES社の傘下にある。7位のモルドバ冶金工場は、このなかでは唯一の製造業企業で、沿ドニエストルのルィブニツァという街にあり、やはりロシア資本系(ウスマノフ氏のメタロインヴェスト傘下)。8位はガソリンスタンド・チェーン。なお、Tirex-Petrolについては『アデヴァルル』に売上高の数字が出ていなかったので、こちらのニュースからデータを補った。


沿ドニエストル共和国大統領選の行方

No.0006 2011年7月28日

 モルドバからの分離・独立を唱えている非承認国家「沿ドニエストル共和国(トランスニストリア)」では、本年12月に大統領選挙が予定されているとのことである。こちらの記事がそれに関して論評・展望しているので、骨子をまとめておく。

*            *            *            *            * 

 沿ドニエストル共和国では、大統領選の投票が1211日に予定されている。すでに主要候補の顔ぶれは決まっているが、各候補者が戦術・戦略を決めるのはこれからだ。

 沿ドニエストル共和国では、わずか50万の人口に対して多くの政党があるが、本当の意味で影響力をもっている政治勢力は「刷新」一つだけである。「刷新」は最高会議で3分の2の議席を有し、その他の勢力はごく少数の議席しかもたない。その観点からすると、同党党首であり、最高会議議長でもあるA.カミンスキーが、大統領選の本命となる。カミンスキーはすでにロシアからの支持も取り付けており、ロシア当局は現職のスミルノフに再出馬しないよう説得している。ロシアとの統合の推進者と有権者から見られれば、沿ドニエストルでは勝ったも同然なので、この要因は決定的である。「刷新」の選挙ポスターにはロシアのプーチン首相の写真が載っている。

 しかしながら、スミルノフ本人は、まだ年金生活者になるつもりはなく、すでに同氏の5選出馬を推す団体が設立されている。言うまでもなく、1991年以来現職にあるスミルノフは、もはや往時の国民的支持は期待できない。国際的な支援も絶望的であり、すでに西側はスミルノフ氏との交渉を完全に諦めているし、今回はロシアもカミンスキー支持に回った。一見するとルカシェンコ・ベラルーシ大統領の境遇と似ているが、ルカシェンコの場合はカリスマ性があり、国内での影響力も絶大で、経済面でもうまくやって来たわけで、スミルノフにはそうした武器がない。それでも、国民はスミルノフを沿ドニエストル建国の父と見なしており、モルドバおよびルーマニアからの攻勢にさらされた時にスミルノフが断固としてそれに立ち向かったことを、国民はよく覚えている。したがって、国家主義者であり、ロシアに従属するのではなく(アプハジアのように)自立した国家の主導者としてのイメージをうまくつくることができれば、スミルノフが国民のかなりの部分の支持を固められる可能性はある。

 第3の候補はYe.シェフチュークであり、最近目立たないが、依然として影響力があり、しかも前2者と違ってすでに大統領選出馬を表明している。元最高会議議長であり、前出の「刷新」の元党首でもある。現在は野党に回っているが、政府・党の仕事をしていた時には国民的人気があり、本物の改革派・民主派を自任し、憲法を改正して大統領権力を制限することを提案していた。さらに言えば、西側も、モルドバも、出口のない沿ドニエストル問題について交渉できる相手はシェフチュークしかいないと見なしている。沿ドニエストルとモルドバの完全統合を支持するのは当地では少数派だが、もしもシェフチュークが国際的孤立からの脱却、欧州との協力、政治・経済の自由化を有権者に公約すれば、そうした路線は若者やビジネスマンを中心に支持を受けることになると思われる。

 ロシアも、欧州も、米国も、モルドバ・ルーマニアも、ウクライナも、モルドバの選挙の行方を注視するたけでなく、自らに忠実な候補を活発に支援することになろう。誰が勝つかによって、東欧全体の平和と安定を脅かす最後の紛争の今後の行方が左右される。


モルドバ唯一の世界遺産、シュトルーヴェの測地弧

No.0005 2011年7月16日

 2005年に「シュトルーヴェの測地弧」というものが、ユネスコの世界文化遺産に登録された。これは、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバと、実に10ヵ国にまたがって分布している、大変に珍しい文化遺産である。で、私はベラルーシとの関連で本件に関心を持ったのだが、2005年当時は日本語の情報が見当たらず、ロシア語で説明を読んでも、これが一体どういう文化遺産なのか、いまいち理解できなかった。

 しかし、現在では、日本語版のウィキペディアにも「シュトルーヴェの測地弧」という記事があり、それを読めば簡単に理解することができる。甚だ安直ながら、それをそのままコピーすると、

 シュトルーヴェの測地弧(そくちこ)は、ドイツ出身のロシアの天文学者、フリードリヒ・ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・シュトルーヴェが中心となって、1816年から1855年に掛けて設置された三角点群。これらの観測点群は、地球の大きさなどを正確に測る上で多大な貢献をしたものであり、当時設置された265か所の測量点のうち34か所が、2005年にユネスコの世界遺産に登録された。これは、10か国に跨る珍しい物件であるが、設置された当時の国境区分ではわずか2か国(スウェーデン=ノルウェーとロシア帝国)に跨っているに過ぎないものであった。

 北極海に面する北端のハンメルフェスト(ノルウェー)から黒海に近い南端のスタラ・ネクラシウカ(ウクライナ)まで2,800kmに達する。その北端と南端の地には、測量事業の完成を祝して建てられた記念碑があるが、登録地のほとんどは自然の岩や人工的に設置された岩に印を点けたものがあるに過ぎない。アラトルニオ教会(フィンランド)とタルトゥ旧天文台(エストニア)は現存の建物が測量点として使用された。

 なお、Rudiの測量点は目下モルドバで唯一の世界遺産である

 ということである。それで、なんで唐突にモルドバ・コーナーでこの話を取り上げたかというと、「モルドバには世界遺産があっただろうか? 確かなかったはずだが……」と思ってネット検索をしたところ、本件に行き当たり、現在までのところシュトルーヴェの測地弧がモルドバ唯一の世界遺産であるという事実を認識するに至った、という次第である。ただし、上掲のように、シュトルーヴェの測地弧というのは測地地点の単なる痕跡のようなものなので、これを売り物にモルドバが観光振興を図ったりするのは難しそうだ。

 ロシア語版のウィキペディアによると、かつてモルドバ領には27の測地点が存在したが、現在残っているのはモルドバ北部のルージという場所にあるもの1つだけということである。ソロカ市〜オタチ市間の道路から300mほど北の、リンゴ園のなかにあるそうだ(写真は、最近になって据えられた記念碑であろう)。


モルドバ・サッカー界に君臨するFCシェリフ

No.0004 2010年10月23日

 最近、個人的に非常に驚いたことがあります。UEFAチャンピオンズリーグに次ぐヨーロッパのクラブ国際大会として知られる「UEFAヨーロッパリーグ」で、こんな試合があったのです。

FCシェリフ VS BATEボリソフ

 このうち、ベラルーシのBATEボリソフはチャンピオンズリーグの本戦に出場したほどのチームですので、サッカーファンの間ではある程度知られる存在ですが(私のHPでも触れたことがありました)。「シェリフ」というと、まさかあの「シェリフ」なのだろうか…。

 やっぱりそうでした。FCシェリフは、ロシア語系住民がモルドバからの分離独立を唱えている「沿ドニエストル共和国」の首都チラスポリを本拠とするチームでした。以前レポートに書きましたが、2006年に沿ドニエストル共和国を訪問した際に、やたらと立派なスポーツスタジアムが目に付き、犯罪的色彩の濃い財閥グループ「シェリフ」が建てたものであると聞かされてはいましたが。まさにそのスタジアムを本拠としているのが、FCシェリフだったというわけです。

 しかし、沿ドニエストル共和国は、国際的な承認こそ得られていないものの、実質的にモルドバから独立した存在。FCシェリフは一体、どこの国の代表として、ヨーロッパリーグを戦っているのでしょうか? 結論から言えば、モルドバの代表ということでした。というか、調べてみたところ、FCシェリフは普通にモルドバ・リーグに所属しているのですね。しかも、1997年4月にクラブが創設され、1998年7月にモルドバ・リーグに参戦したという浅い歴史ながら、現在モルドバ・リーグを10連覇中ということが分かりました! いくらレベルが落ちるモルドバ・リーグとはいえ、10連覇というのは凄すぎる!

 ちなみに、現在のモルドバ代表チームのメンバーを見ると、FCシェリフの選手が1人もいません。ただし、スタニスラフ・ナマシコという正ゴールキーパーは、元々はFCシェリフの所属で、現在ロシアのクバンFCに移籍中(レンタル? 完全?)とのことです。FCシェリフの選手をモルドバ代表として招集するのをはばかる空気があるのかどうかというのは、良く分かりません。

 いずれにしても、沿ドニエストル共和国の分離独立の動きにもかかわらず、ことサッカーにおいては、同地域はモルドバ本国に組み込まれた状態にあるということか。その結果、分離地域の暴力団まがいのチームが(選手に罪はないが)、一国の代表として国際大会を戦っているという…。

 ところで、UEFAヨーロッパリーグといえば、本田圭佑のCSKAモスクワも出場していますよね。ということは、勝ち上がりや組み合わせ次第では、本田圭佑がチラスポリで試合をする可能性もあるのか(笑)。グロズヌィだの、チラスポリだの、本当にご苦労なことです。

 写真は、左が先日のFCシェリフ対BATEボリソフ戦の模様(クラブの公式サイトより拝借)。黄色のユニがシェリフ。試合は1対0でアウェイのBATEが勝利。ちなみにBATEは今回の遠征でチラスポリには宿泊せず、モルドバの首都キシニョフに宿泊してそこから74km離れたチラスポリに移動して試合を行ったそうです。右の写真は、越すに越されぬドニエストル川で、2006年に私が撮影したもの。


モルドバ、やっぱり欧州最貧だった

No.0003 2010年10月21日

 Credit Suisseがこの10月、『Global Wealth 2010』という調査結果を発表しました。その結果、モルドバが欧州最貧国であるという事実が改めて裏付けられました。本HPのどこの国のコーナーで取り上げてもいいのですが、やはりビリになってしまったという意味でモルドバにとって最も重大な話題と思われますので、ここに載せることにします。

 『Global Wealth 2010』は、今回初めて発表されたものです。レポートなかでCredit Suisseは、我々は富裕層の資産をお取り扱いするのが生業であり、したがって世界の富がどこに偏在しているのかを明らかにするために本調査を行ったと説明しています。私のようなお金に縁のない人間が読むとイラっと来る話ですが、正直に調査目的を表明している点にはある意味で感心します。GDPの国際比較といったようなデータは珍しくありませんが、この『Global Wealth 2010』は世界各国国民の個人資産の規模を比較しているという点が画期的と思われます。

 それで、最新の2010年のデータは、この表のとおりとなっています。私の関心事であるロシア・NIS諸国を黄色の蛍光ペンで示しました。ただし、残念ながらウズベキスタンと トルクメニスタンは登場しません。いくつかの指標が示されていますが、このうち最も重要なのが「成人1人当たりの資産(Wealth per adult)」という指標のようです。さらに、金融資産および非金融資産の内訳、負債などの数字が示されています。

 ご覧のとおり、モルドバの成人1人当たりの資産は2,534ドルで、欧州で最低となっています。よく見ると、(ヨーロッパではなくアジアの)あのタジキスタンより低いですね。これは悲惨だ。ただし、モルドバの場合は過去10年間で4倍に伸びており、伸び率という点では高い部類に入るようです。

 モルドバもさることながら、ウクライナの2,731ドルという数字も、相当なもんですね。ウクライナの場合は過去10年間の伸びは3倍だったそうですから、この勢いで行くとモルドバに抜かれて欧州最低になったりして?!


モルドバ大統領の潜在的な候補者たち

No.0002 2010年9月23日

 せっかくコーナーをつくったので、景気付けにもう1本くらい記事を出しておきます。 混沌とするモルドバ政局ですが、今後仮に大統領の公選が行われたりした場合に、その候補になりうるのは誰かという記事が、インフォタグ通信のサイトに出ていたので、その要旨を以下のとおり紹介します。名前は頑張ってルーマニア語風の読み方にしたつもりです。

*            *            *            *            *

 モルドバ民主党党首のマリアン・ルプ、モルドバ自由民主党党首のヴラディミル・フィラトは大統領就任への意欲を公然と表明しており、彼らが大統領になる可能性は当然ある。問題は、それ以外の潜在的候補たち。

 モルドバ自由民主党の幹部の1人で現法相のアレクサンドル・タナセは、エネルギッシュで、汚職や密輸といった悪評のない人物である。しかし、同氏は党首と争おうとはしないだろう。

 繁栄を謳歌しているビジネスマンのニコライ・チョールヌィーは、マネージメントの経験を積み重ねており、国際的な経済・政治コネクションもあることから、どうだろうか? 確かに、彼は政治的な野心についても語っているが、今のところは、投資基金を設立してモルドバ経済の再生に寄与したいとしており、実業界を離れるつもりはなさそうだ。

 与党連合の一画である「我らがモルドバ」の幹部アレクサンドル・オレイニクはどうか? 同氏は大企業を経営した経験をもつテクノクラートで、たった数ヵ月で自らの潜在能力を発揮し、ITの分野でモルドバの国際的地位を押し上げた。しかも彼は8年間 、政治的経験を積んでいる。ただ、彼は現在の自分のポジションに満足しているようで、政治の最前線に復帰する意向はなさそうだ。

 自由党の幹部で、現キシニョフ市長のドリン・キルトアカはどうか? 彼は、市幹部の働き振りに失望し解任するなど、そのエネルギーは衰えていない。しかし、1978年生まれと若すぎることから、大統領選で旋風を巻き起こすには至るまい。

 「我らがモルドバ」の幹部で、現農業・食品相のヴァレリウ・コサルチュークはどうだろう? かつて、副首相としてエネルギー問題を担当し、同セクターの崩壊をストップさせた実績がある。しかし、2010年になって、ワイン産業の新たな危機、ロシアへの果物の輸出再開にまつわるトラブルという、2つの問題に直面している。もっとも、これは彼が占めているポストの難しさゆえであり、農民が商品を売れなくなる秋は不満が高まりやすいものだ。


モルドバ長者番付

No.0001 2010年9月19日

 「今週のウクライナ問題」のコーナーで取り上げたとおり、ウクライナ『ジェーラ』誌に、CIS(ロシア・NIS)諸国の長者番付という面白い資料が掲載され、その一貫として大変に珍しいモルドバの長者番付も出ているので、それをまとめておきたいと思います。以下のとおりです。すいませんが名前はロシア語風の読み方でやらせていただきます。

1.アナトル・スタチ(個人資産5億ドル)。Ascon財閥総帥。カザフスタンおよびアフリカに石油権益を有する。

2.ヴラジーミル・プラホトニューク(個人資産3億ドル)。1966年生まれ。ヴィクトリアバンク頭取のほか、石油製品輸入・販売、不動産業、マスメディアも。

3.ニコライ・チョールヌィ(個人資産1.2億ドル)。ロシアのルクオイルで幹部を務めた経験をもつ。アグロ・マネジメント・グループ創業者で、ロシアおよびルーマニアに石油権益ももつ。

4.アレクサンドル・ピンチェフスキー(個人資産1億ドル)。1956年生まれ。「エリート5グループ」社長。建設・不動産、消費財および自動車輸入販売業など。

5.ヴァシーリー・キルトカ(個人資産9,000万ドル)。1958年生まれ。「ダーク・ゲルメス・グループ」社長。自動車および情報機器輸入販売業。

6.ガブリエル・スタチ(個人資産7,500万ドル)。1976年生まれ。「スタチ・ホールディング」社長。1位のアナトル・スタチ氏の息子。

6.ユーリー・ドルッケル(個人資産7,500万ドル)。米国との二重国籍。米国に登記されているWJグループの副社長であり、その子会社の「フロアリャ・ソアレルイ」会長。モルドバ農産物・食品の輸出を手がける。

8.オレグ・ヴォローニン(個人資産7,000万ドル)。1962年生まれ。ウラジーミル・ヴォローニン元大統領の息子。フィンコムバンクの大株主であるほか、建設業、鉄道輸送業を手がける。

9.イオン・ストゥルザ(個人資産3,000万ドル)。1960年生まれ。1999年に数ヵ月間モルドバ首相だったことがある。Rompetrol-Moldova社長を経て、Fribourg Investmentsを創設。

9.ヴラジーミル・フィラト(個人資産3,000万ドル)。1969年生まれ。タバコ・ビジネスのRoMold Trading、不動産業のKapital Investを経営。2009年9月25日にモルドバ首相に就任し現在に至る。

 モルドバでの長者番付作成は前例がないため、『ジェーラ』誌は現地「ロゴス・プレス」の協力も得ながら、苦労して本ランキングを作成したとしています。なお、モルドバからの分離独立を主張している未承認国家「沿ドニエストル共和国」のビジネスマンは、本ランキングの対象になっていません。『ジェーラ』誌によれば、沿ドニエストル共和国のイーゴリ・スミルノフ大統領の息子であるヴラジーミル・スミルノフ氏が「シェリフ」という企業を経営しており、同氏の資産はモルドバの長者たちのそれに匹敵する可能性があるとのことです。


 

 

Copyright (C)服部倫卓 本ホームページに掲載されている情報の無断転載はお断りします