日立のあゆみ

 交通の便も悪い日立市に日立製作所が誕生したわけは、日立製作所の創業者である、栃木県出身の小平浪平は。東京帝国大学電
気工学科を卒業し,久原房之助が設立した久原鉱業所日立銅山に招かれて入社した。その後、電気機械の国産化の必要を痛感してい
た小平浪平は、工作課長として、国産初の電動機(モーター)をこの小屋で開発し(1909年),この成果もあって、小平浪平は国産を前提と
した電気機械製作事業を企画.。そして、翌年には房之助の許しを得て日立町芝内(現日立市)に工場を移した(1910年)のが、日立製作
所のはじまりです。もともとが日立銅山の機械の修理工場から始まったのです。
 大規模になってからはすぐ、本社は東京に、中央研究所は国分寺に、生産技術研究所は横浜市戸塚区に、と便利な場所にと、主要
な部分の多くを移しておりますが、確かに、「交通の便が悪い」ので日立市やひたちなか市から、東京の本社等まで、片道四千円近くか
かると社員はこぼしているようです。

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日立自慢の製品は、

 わかりやすくお話しすると、「日立」は大戦前後の時代から、飛行機(零戦)のモーターを作って、財閥化しました。その分野は、
十八番だったので冷蔵庫が得意と聞いたことがあります。昔の日立の冷蔵庫は、現在の日立のマークではなく、白熊のマーク
がついていました。現在では、そこから派生したのかどうか分かりませんが、エアコンに"白くまくん"と名前がつけられています。
 その他は、東芝や富士電機と並んで、重電機関係では強いと聞いたことがありますし、家電においてはDVDレコーダーが最近
目新しいですがHDD技術の後押しで(IBMのHDD事業を買収した)これから前に出てくるかと思います。家電以外では建設機械、
エレベーター、PCのハードディスク、半導体、軍事ものいろいろとやっている会社です。
 番外では、原子力発電とかパチンコ関係もあるみたいですよ。

日立製作所が就職人気ランキングに上位なわけ。

 巨大で福利厚生に厚く、採用数の多い老舗企業の名は強いですね。やはり寄らば大樹なのでしょうか。しかし、本当のところはどう
なのか?
 知人に日立製作所の人がいるので聞いてみました。
イメージと実際の社内は全然違う。かけ離れすぎ、なんでこの企業が学生に人気なのか不思議でたまらないそうです。
IBMからハードディスク買収して赤字だし。会社のPR効果でしょうか、それとも、世界不思議発見の影響がおおきかったのでしょうと思
います。長い番組だし、ミステリーハンターも面白い!
 ハワイにある、モンキーポットという木をモデルにしたあの有名な歌である「このー木なんの木、気になる木〜」やはり寄らば大樹なの
でしょう、というのが一番の理由なのかもしれません。

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